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2009年5月23日(土曜日)

底抜け!痛快!!船成金の館(63)

カテゴリー: - dr-franky @ 12時00分30秒

 大正天皇の崩御から一ヶ月余り。国会では震災手形損失善後処理法案
が審議されようとしていた。
 もともとは関東大震災の混乱で、決済が困難となった手形を救済する
ための法律だったが、期限の3年が目前になっても金融情勢は悪化する
ばかり。
 回収不能に陥っている手形に係る日本銀行への融通を行い、今後回収
の見込みありとされる手形の回収を進める、という内容。しかし、対象
の手形2億6千万円分のうちの約50%が台湾銀行関係とくれば、当然、
野党サイドから見れば「政商」鈴木が与党と結託した結果では、と映る。
世間も疑惑の視線を震災手形法案に注いでいた。
 
 国会での急先鋒は、鐘紡出身の武藤山治。クリーンさを身上に、代議
士に転じた武藤は、法案の問題点を追及。これに片岡直温大蔵大臣が猛
然と反論するなど論戦はエスカレートした。だが、武藤以外の野党は、
党利党略での駆け引きで与党側の足を引っ張った。その中で、厭が応に
も、台湾銀行の最大の取引先・鈴木商店の存在が浮き彫りにされる結果
となった。
 第一次世界大戦中、デンマーク向けのチャーター船が、こともあろう
に敵国独逸向けと朝日新聞に誤報されたことがあったが、事あるごとに
負のイメージでマスコミは鈴木商店を、これを庇護する格好の政府・与
党を攻撃した。世論も、この動きに乗った。

しかし、震災手形法が対象とする残りの半分は鈴木以外の企業の手形
なのだから、冷静に考えればこの法案の成立そのものは日本経済の立て
直しには不可欠なものであった。しかしこうした大局的な視点を、当時
の政党人は持ち合わせていなかった。

 昭和恐慌の導火線に火をつけたのは鈴木商店だったかもしれない。し
かし、燃え進む火を止めようとする「足」を引っ張ったのは、政党の無
益な争いとそれを囃し立てるマスコミ、そしてほかならぬ民衆であった
(情勢は異なれど、このことは今の政党政治とマスコミ、世論の関係に
通じるところがあると思うのは私だけだろうか)。
 
 カタストロフは、目前に迫ろうとしていた(この項、つづく)           


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