新しい銀次郎の住まいのお披露目もひと段落が着いた。
銀次郎は、現場監督の平太郎を家に招いた。
「長い間、ご苦労さんやった」。2年以上、膝詰めで普請の相談を重ねた
間柄、余計な言葉はない。
「おかげさんで、こんな立派な家が出来上がった。芳も義理の母も大層
喜んでいる。これは、私達から平太郎さん、あんたへの気持ちの印や」。
銀次郎は、平太郎に金一封を手渡した。
「私のような未熟者が、なんとかこのように仕事をやり遂げさせていただ
けたのも、勝田様のお陰です。日頃からお心遣いをしていただいた上に、
このように過分な・・・」
「いや、平太郎さん、あんたの立派な仕事振りに、私はほれたんじゃよ」
銀次郎は、未着工の客殿の部分は、手をつけないことを心に決めていた。
流石の銀次郎も、本業の経営が抜き差しならない状況にある中では、これ
以上の「贅沢」は、取引銀行のことを慮ると、「強行突破」は良くないと
思ったのだ。
平太郎も、それまでの銀次郎のとのやり取りの中で、言葉の端々から、う
すうすはそのことを感じ取っていた。
そして平太郎が一人立ちするのに充分な経験を積んだことを、武田先生以
上に銀次郎自身が認めたのだ。
金一封に、銀次郎は平太郎へのはなむけの「気持ち」をしっかりと詰めた
つもりで居た。
「時に平太郎さん。これからどうされるつもりじゃ」銀次郎が尋ねた。
「一度、吉野へ戻ろうと思っております。かれこれ10年以上になりますから」
「そうか。あちらへ戻っても、達者で」。
銀次郎は、辞して坂道を下りていく平太郎の姿が見えなくなるまで、見送った
のだった。 (この項つづく)