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2006年12月14日(木曜日)

第一夜 花筵王の館 新家のカウンターで突き出しに箸をつける

カテゴリー: - dr-franky @ 00時00分00秒

 善治郎が、更なる商材「鮮魚」を扱おうと思ったのは、単なる金儲けだけが目的ではなかった。商売で身を立てるにしても学は必要だ。草花の行商も、元はといえば勉強のための書物を読みたい、というのがきっかけであった。
 彼の父は、ごくごく平凡な百姓だった。善治郎が農閑期に学校へ通うことを認めてくれたのは、「百姓に学問なぞ不要」という考えが当然とされた時代に、昔気質の父親が見せた、息子への精一杯の理解の証だったのか。
 だが、そのの父も、少し前に五十五歳の人生を終えていた。葬式が終わり、百ヶ日・・・と時間がたつにつれて、善治郎の胸の底には新たな欲求が芽生え始めていた。
 東京へ行って、勉強してみたい。
 噂話もめったに聞かない、世界に門戸が開かれた大都市・東京。是非新しい知識を身につけて、未知の世界へ打って出てみたい。そんな野望が、善治郎の背中を押して越後を目指させていた。
 
 村を出てどれくらい歩いただろうか。越後平野に入ってしばらくすると、水平線の向うに蒼いものが見えた。「あれが『海』なのか」、初めての大海原を目にして善治郎の心は昂ぶった。
 浜で、漁師からしょい駕篭一杯の魚介類と、途中の町でご当地名物の飴も若干仕入れて、夕方には、再び長野の町を目指し善治郎は歩き出した。汗まみれになりながら、ずんずん山道を登って、森を抜けて、夜を徹して善治郎は歩き続け、夜明け近くには長野の町へ入ることが出来た。

 「さあさあ、浜から持ってきた生きの良い魚だよ」。長野の町の人々は目を見張った。なにしろ生まれてこの方、生魚など触れたことが無い人がほとんどだったから。だが、それからは大変、仕入れてきた魚も、飴もあっという間に売切れてしまった。善治郎の手元には、越後へ出発した時に手にしていた蓄えが倍以上の売り上げになって還ってきていた。今でこそ、「産直」は物流業界では当たり前だが、それを人力でやりきるところが、善治郎の真骨頂だった。

 「いざ、東京へ」、その思いを秘めて、善治郎は肉体的にはきつい魚の行商を続けていった(この項、つづく)。


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