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2008年1月5日(土曜日)

底抜け!痛快!!船成金の館(27)

カテゴリー: - dr-franky @ 20時15分22秒

新年、明けましておめでとう御座います。
本年も宜しくお願いします。

 大正5年1月、青山学院へ二万円という大金の寄付を申し出た銀次郎は、
その半年後の7月、高木院長に宛てて手紙をしたためた。

 銀次郎からの書簡を受け取った高木院長は、封を解いた。
 書簡の内容は、青山学院のために煉瓦造による永久建築の校舎一式と、院
長館に係る建設費用一切を銀次郎が青山学院に寄付をする、というものであ
った。
 驚きつつも、高木院長はとるもとりあえず、銀次郎に対して、寄付の申し
出に対する謝意を伝えるべく机に向かった・・・。

 それから数週間後。青山学院の臨時の理事会が召集された。
 席上、高木院長は学友・勝田銀次郎(在神戸)から、新校舎、院長館の
寄贈申し出があったことを報告した。理事会では銀次郎の申し出を受けて
新校舎と院長館の新築計画の実施を全員一致で承認した。

 理事会の結果は、いち早く銀次郎に伝ええられた。
 銀次郎側は、ただちに学院の事務方と、新校舎などの建設に向けた詰め
の協議を開始した。
 銀次郎としては、設計は辰野金吾の事務所にお願いをしてもらいたい、
という意向であった。東京停車場も竣工し、次は国会議事堂を手掛けよう
か、と老いても意気盛んなこの建築界の長老こそ、青山学院の顔となる新
校舎の設計を委ねるのに相応しい「アーキテクト」である、という思いで
あっただろう。ひょっとすると、既に辰野に新社屋の設計を依頼していた
山下亀三郎から評判を聞いていたせいかも知れない。
 依頼を受けた辰野建築事務所では、校舎館の担当に片岡安、院長館の担
当を葛西万司の両技師と定め、建設予定地の調査を踏まえ計画概略図と概
算工費見積書を作成し、まず銀次郎側に提示した後に、青山学院側に提出
した。
 学院では二度の理事会で、計画概要に検討を加えて修正意見を附した。
 最終的な設計が固まったのは大正5年も押し迫った12月のことだった。
 施工業者も、「神戸の業者に是非」という銀次郎の意向を受けて、神戸
に根拠を置く金田組工務店に白羽の矢が立てられた。同工務店は、西宮・
今津の出で、神戸の棟梁・岸本甚八郎の元で長らく下積みをしていた金田
兼吉が、明治41(1908)年に独立して開いた、当時としては中堅の請負業
者であった。                  (この項つづく)


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