2007年 10月
« 9月   11月 »
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  
ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
最近の投稿
2010年12月21日(火曜日)
底抜け!痛快!!船成金の館(75)
2010年12月19日(日曜日)
底抜け!痛快!!船成金の館(74)
2010年7月19日(月曜日)
底抜け!痛快!!船成金の館(73)
2010年6月28日(月曜日)
底抜け!痛快!!船成金の館(72)
2010年3月28日(日曜日)
底抜け!痛快!!船成金の館(71)
灘建築夜話 月別過去ログ
灘建築夜話 カテゴリ一覧
灘建築夜話 最近のコメント
最新の灘イベント情報
予定なし

2007年10月6日(土曜日)

底抜け!豪快!!船成金の館(16)

カテゴリー: - dr-franky @ 16時58分16秒

 山下は、銀次郎の困惑をよそに話を続けた。「戦争になれば、船価は
跳ね上がる」
 「しかし、わしは持ち船を国の徴用船に差し出すことにしたンだ。徴
用船は割がいいからな」。
 
 「そうですか・・・」。
 亀三郎は、同郷の陸軍軍人・秋山真之と交流をしていた。亀三郎の日
露の情勢分析は、秋山からもたらされた情報に基づいていたことを、銀
次郎はこのときに走る由も無かった。
 車座になった参加者の中では、日露の情勢が当然の事ながら話題とな
った。しかし亀三郎は先刻とは打って変わってそ知らぬ顔をして、相手
の話に耳を傾け、時には大いにうなずいたりしていた。「・・・なぜ、
俺には話しを打ち明けたのだろうか・・・」銀次郎はぼんやりと考えて
いた。 宴はお開きとなり、銀次郎と亀三郎は再会を約して別れた。

 明治37(1904)年2月、外務大臣小村寿太郎は露西亜国大使クローゼ
ンを外務省に呼び、国交断絶を通告。数日後には、日本海軍が旅順港を
急襲し、ここに日露両国は戦争状態に突入した。

 銀次郎は、しかし淡々と日々の商いに没頭していた。もちろん、心の
中では、次第に海運への情熱が頭をもたげてきていた。だが、船を買う
には金が要る。今は中古のボロ船を買うにも、足元を見てふっかける手
合いがいるとも聞く。皆が船に殺到する今は、新参者が足を踏み入れる
場面ではない、という思いから、今は銀次郎は船主になるために備えに
徹しようと心に決めた。
 あるいは、従軍記者に憧れる銀次郎ではなかったが、自分の取引先と
大いに関係のある中国東北部が主戦場であるので、戦況に一喜一憂して
いたのではなかっただろうか。         (この項、つづく)          
 


TrackBacks

このコメントのRSS

TrackBack URL : http://www.nadatama.com/modules/wordpress3/wp-trackback.php/51

この投稿には、まだコメントが付いていません

コメント

投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。

30 queries. 0.023 sec.
Powered by WordPress Module based on WordPress ME & WordPress