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2007年9月6日(木曜日)

底抜け!豪快!!船成金の館(12)

カテゴリー: - dr-franky @ 00時00分00秒

 ある日、京町の東にある税関まで書類を届けに行った帰り、銀次郎は
海岸通をとぼとぼ店までの帰途を急いでいた。
 其の頃の税関は、今でいえば、「ハーフミラーの行灯ビル」関西電力
神戸支店ビルの西側、神戸地方合同庁舎の場所にあった。神戸開港から
間もない明治7年に建設された洋風の「異人館」で、前面のガラスのサ
ンルームから「ビードロの家」とも呼ばれることもあった。
 
 当然の事ながら、モータリゼーションの洪水があふれる遥か以前の海
岸通は、松並木が植わった土手もあって、格好の散歩道、憩いの場とな
っていた。
 その路傍で、神戸ではまだまだ珍しいゲダレオを三脚に据えて幕に首
を突っ込んでカメラを除き込んでいる男がいた。
 幕から顔を出す其の顔は、まだ幼さの残る顔立ちだ。
 「写真師というには若いなぁ」と銀次郎が思っていると、若い男は、
助手と思しき初老の男にあれこれ指図をしている。
 「失礼ですが、どちらの写真師の方で」銀次郎が、鳥打帽をとって挨
拶した。男は、「私は写真師じゃないよ」と笑った。「これは趣味でや
っているのさ」。
 銀次郎は目を丸くした。庶民にとっても写真など一生に一度撮影をし
てもらえるかどうかの高嶺の花。それにしても写真を撮られたら「魂を
奪われる」という迷信がまことしやかに言われていた時代に、写真撮影
を「趣味」にしているなんて、一体ぜんたいドンナ奴だ・・・。銀次郎
の困惑の表情を見て取ると、「私は光村利藻という。県庁の近くに住ん
でいる。」そうか、こいつがあの光村弥兵衛の一人息子か・・・。銀次
郎はある意味、納得してしまった。
 西南戦争でひと財産を築いて神戸に居を定めた光村弥兵衛は、銀次郎
が神戸にやってくる4年前に亡くなっていた。
 現在の貨幣価値に直せば数十億円規模ともいわれる莫大な遺産を受け
継いだ利藻は、元町通の写真師・市田左右太に弟子入りし、写真術を師
事。こうして神戸各地に撮影のため出没していた、というわけだ。
                       (この項、つづく)     
  


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