山下は、 やや表情を曇らせて、
「だがな、あいにく、ウチはついこの間、暖簾を上げたばかりで、
なかなか人を抱えて、という余裕はないんだ」。と事情を伝えた。
 「なあ銀次郎さんとやら、横浜は開港場だが、主だったところ
は毛唐が先取りして、こっちはおこぼれに預かるのもやっとの状
態だ。それよりも、大阪や神戸を目指したほうが賢明かも知れん
な」。
 「大阪・・・ですか」。銀次郎の表情は沈んだ。せっかく新天
地を求めて東上したにもかかわらず、西へ戻るというのは、銀次
郎といえども、踏ん切りがつかないところだった。
 銀次郎の当惑を見透かすように、山下は続けた。
 「大阪と神戸にも居留地がある。だが、帝の許しがなかなか出
なかったこともあって、開港が遅れた。大阪はそこへ来て、洋船
が天保山あたりまでしか入らない。だから外国人は、古からの良
港である神戸へ移って行っているらしい。」
 「毛唐にあごで使われるよりも、大阪の日本人の店に入ったほ
うが修行には向いているぞ。悪いことは言わんから、大阪へ行っ
てみな」。
 銀次郎は、「そこまで言われるなら、大阪へ行きます」と告げ
た。「銀次郎さんよ、もうおそらく会うことも無いだろうが、大
阪で名を挙げる日が来ることを、祈って居るよ」。山下は笑った。
 
  だが、後年、互いに「戦友」とでもいうべき間柄となるまでに
至ることを、山下も、銀次郎も、このとき知る由も無かった。
                    (この項つづく)    


