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2007年5月3日(木曜日)

第一夜 星屑を見上げながら「追憶」を歌う

カテゴリー: - dr-franky @ 00時00分00秒

 昭和7年の春、善治郎は糸子夫人と共に墓参のため郷里の安茂里村
に在った。
 長い不況にあえぐのは、この信州の山村もまた同じであった。
 善治郎は、思い出多い小学校の前を通りかかった。もちろん、善治
郎が学んでいたのは六十余年も前のことなので、校内の様子は変わっ
てはいた。しかし善治郎は驚いた。たしかに自分が学んでいた時も、
建物は立派とはいい難いところがあった。しかし、目の前にあるのは、
柱の根元は朽ち、屋根は所々痛んだ草臥れきった老朽校舎だった。
 神戸の町には、大正時代から鉄筋コンクリート造の学校建築が建ち
始めて、旧市街地の小学校では鉄筋化が終わろうとしていた。それな
のに、わが故郷は・・・。
 善治郎は塚田村長と面談した。村長も小学校校舎の改修の必要性は
勿論認識していたが、村の財政は最低限の補修すら許さない状況に追
い込まれている、とため息をついた。
 
 善治郎は、塚田村長にこう申し出た。
 「ここは一つ、私に小学校の改築費用全額を寄付させていただきた
い。それも同じやるなら鉄筋コンクリート造で」。
 村長はあっけにとられた。いや仰天した、といったほうが正しいか
ったかもしれない。木造建築であれ何であれ、学校建築の新築には莫
大な費用が必要である。それを、鉄筋コンクリート造などという、長
野や松本の中等学校に建つかどうかという極めて高価な建物で新築す
る、というのだから。
 しかし、塚田村長は、嬉々として善治郎の篤志に応えるために、全
力を尽くすことを善治郎に約束した。
 すぐさま臨時の村議会が召集され、村役場の会計への寄付の受け入
れと小学校改築の議案が付託され、それらは満場一致をもって可決を
されたのだった。               (この項つづく)


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