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商店街よ、踊り出せ 灘ノオト
第3回水道筋ミュージックストリートは本日午後1時スタート。
昨年と違い、準備の過程をここナダタマで詳報・告知することは叶わなかったが、
(特に事情があったわけではなく、ひとえに私の怠慢のため…)
3つの店が新たに加わって全8会場となり、今年から始めた前売りも好調、エルナードの秋祭りと同日開催…と、
昨年以上にお客さんが来て頂けそうな予感がしている。
岡ちゃん、ちっち氏、Bonちゃんらと、夕方から各店セッティング&サウンドチェックに回ってきた。
ライヴ仕様は初めて見た[ゑみや洋服店]は、さすがテーラーだけあってスタイリッシュな趣。
最も西端の会場であり、水道筋に面したガラス越しにライヴの様子が見えるので、
王子公園駅から歩いてきた人には、「ここから商店街は踊り出すのだ」と目印になる。
 
水道筋交番を目印に、縦筋の灘センター街を山側へ少し歩くと、灘中央市場の入口。
Y字路を左手に進めば昭和レトロな乗り物遊具が見えてくる。
その横の階段を3階へ上がると、オキナワン市場テイストな[通い船]。
神棚とシーサー(ではなく狛犬なんだけど)に見守られた異色のお座敷ライヴ会場。
今年は照明が入り、さらにシブ味を増している。沖縄おでんと泡盛もぜひ。
 
そのまま灘中央市場を東へ歩き、灘中央筋へ抜けた正面が[ぺけひゃく](カフェハンドレッドタイムス)。
水道筋ミュージックシーンではおなじみのアットホームライヴハウス。
灘中央筋を浜手へ下りれば、突き当たりが[NA-YA](うどん な也)。
商店街ライヴの先鞭を付けた説明不要の旗艦店。チケット販売やパンフレットなどのブースもここに。
そこからアーケードを東へ行くと、畑原市場の入口が。
入ってすぐ右手にあるのが、今年初めて会場となる[酒庫 汽笛亭]。
界隈の市場バーでは最古参、シックな雰囲気のある空間。
その奥左手に見えるのが[チンタ醉宵食堂]。
スタッフにミュージシャンがいるので、どんな展開になるかが見もの。
その先のT字路を右へ折れると東畑原市場。まっすぐまっすぐ行くと、
懐かしいETの巨大ぬいぐるみが目印となる[新家(あらたや)]。
コンパクトで家族的な温もりのある会場。こちらも今年が初。
市場を出て、水道筋1丁目に戻り、さらに東へ歩けば、東端の会場[Café P/S]。
開放的で、明るくて、天気さえ良ければ楽しさ倍増のロケーション。
そう、天気だ。夜半から降り出した雨音は、いまも窓の外に聞こえる。
たしか、昨年も、一昨年も、前日の天気や予報は芳しくなかった。
でも、当日になれば、なんとか保ってくれて、ホッと胸をなで下ろしたものだ。
準備を終えた帰り道、[な也]の前を通ったら、岡ちゃんが「ほら」と軒先を指差した。
てるてる坊主が3つ、青い服を着て、灯の消えた商店街に揺れていた。
心憎いことをサラリとやってのけるSMSの大将である。
まあ今年はすべて屋内会場だから、仮に雨が降ってもノープロブレム。
皆さん、商店街で、市場で、心おきなく踊ってください。
 
     ※タイムテーブルはこちらでチェックを。もちろん会場周辺でも配布します。
●今日の灘ノオト:Basin Street Blues / Louis Armstrong
  不肖・私、[NA-YA]にてイベントの開幕ステージを務めさせていただきます。というわけで、
  予告選曲。「夢のストリート」を歌う大好きなこの曲を、水道筋バージョンでお届け致します。
其の88 水道筋ミニFM公開放送の巻 灘道中膝栗毛

タマ「いよいよ今週末16日は水道筋ミュージックストリート!ワクワクするなぁ!」
ナダ「そだな…」
タマ「あれ?なんだか盛り下がってますね」
ナダ「エルナードの告知看板のミニFM公開放送のとこ、みてよ…」
タマ「ミニFM公開放送…DJ中村よお…うつみけんいち
   ん?誰ですかこの『うつみけんいち』って言う人」
ナダ「オレ…」
タマ「うわ〜本名で書かれてやんの!」
ナダ「せめて『naddist』とかにして欲しかった…」
タマ「なんだかマヌケですね。市会議員に立候補したショぼい泡沫候補みたい」
ナダ「そうだろ。よおさんは有名人だからいいけど『うつみけんいち』はまずいな」
タマ「誰なんだこいつは〜!って感じですね」
ナダ「字ヅラにオーラがないだろ」
タマ「売れてないピン芸人みたいっすね」
ナダ「子どもに支持されていない児童文学作家っぽいともいえる」
タマ「字ヅラ的には『いっぽんでもニンジン』を歌ってた頃の『なぎらけんいち』みたい」
ナダ「あ、それいいな、なぎらに変えちゃおうか」
タマ「だめだってそんなことしちゃ」
ナダ「中村&なぎら、東西2大酒場コラムニストの競演」
タマ「確かにホンモノだったら夢の競演だけど」
ナダ「もうホッピー飲みながら『都賀川にバッタを見た』とか歌っちゃうんだから」
タマ「まさしく『バッタもん』ですね」
11月16日(日)に水道筋で開催される「水道筋ミュージックストリート」
今年も超ナロー放送局、FM NADA(81.0MHz)の生放送を行います。
昨年に引き続きましてパーソナリティは中村よおさんとnaddistです。
赤玉スポーツ(水道筋3丁目)となりの特設ブースから
ディープな音話、灘話、水道筋話、そして沖縄民謡ライブなど
盛りだくさんの内容でお送りいたします。
お聞き逃しなく。
放送時間:13:00〜13:50 中村よおのトオリヌケ水道筋 パート1
     14:00〜14:30 沖縄民謡ライブ(ちむ美ら三線高良倶楽部)
     14:30〜14:50 中村よおのトオリヌケ水道筋 パート2
     15:00〜15:30 甲南大学チアリーダー
場  所:赤玉スポーツ隣特設ブース(水道筋3丁目)
周波数 :81.0MHz
聴取エリア:水道筋3丁目近辺
      (ブース前では音声をPAで流します)
     
     
灘にあった南西諸島連盟 第2部その2 沖声灘語

▼ 1946年3月、兵庫県奄美連盟は沖縄人連盟に合流すべく発展的解消されることになり、連絡事務所が神戸在住沖縄県人連絡取扱事務所代表の大城清蓮方に置かれることになった。一方で奄美連盟は同月に連盟結成報告会を行ない、兵庫区御崎町に神戸支部を置いた。さらに奄美大島連盟神戸支部が尼崎の奄美連盟との合流を視野に「親米の精神に則り」長田区で結成された。4月になると、奄美連盟兵庫県連合結成大会が神戸市兵庫区の吉田国民学校で結成され、事業として相互援助を図るため協同組合や図書館の設置、機関誌発行を申し合わせている。この段階で、神戸市内で「奄美」を名乗る団体が少なくとも3団体はあったことが想像される。それぞれが掲げる「沖縄人連盟に合流」「親米の精神に則る」「協同組合などの事業」といった言葉に注目しておきたい。
 
▼ 4月には、奄美連盟から「急告奄美出身者へ」という案内広告で、兵庫県下在住奄美出身者は四月十九日尼崎本部に於ける決定に拠りて総て奄美連盟兵庫県連合会に結集」が呼びかけられている。この記事で特筆されるのは、「現在巷間に流通する奄美連盟マーク及び身分証明書は本連盟制定のものに非ざればその効力と認めず」という文言があることだ。なぜマークや身分証が重用視されたのか。その効力とは何だったのか?
 
▼ この奄美連盟は、帰還事業で8月に神戸新聞で「奄美大島ヘノ帰還希望者ヘ急告」という案内広告を出している。「故郷へ御帰り希望の方は帰還期日の割当の都合がありますから来る9月5日までに必ず申込下さい。帰還証明書の発行その他の帰還事務を取扱っております。奄美連盟」としたうえで、取扱所として本部(神戸市生田区三越百貨店6階)、東部支部(灘支部が解消、葺合区大日通1)、西部支部(長田区西尻池)、尼崎本部、尼崎東部本部、明石支部をあげている。この中の、「灘支部が解消」という文言も覚えておきたい。
 
▼ 沖縄人組織の動きはどうか。先に当時の「町の義人」として紹介した大城清蓮が路頭に迷う悲惨な同胞沖縄県民のため1946年1月に生田区元町7丁目の大城方に設置した神戸在住沖縄県人連絡取扱事務所が、3月17日に結成大会を行なうことになったと神戸新聞は報じている。「全国大会決議事項として政府に対する請願事項である引揚人稼働者に対する賃金、要生活援護者、学生、疎開児童への支給金、県人経営中●工業諸賃金等十項目の発表を行なったのち今後の連盟事業として民主主義による平和日本建設への貢献、引揚民、避難民、学童、学徒、徴用工、復員者の生活安定、沖縄本島への帰郷出郷、通信、送金の自由、大衆に愛される治安隊ならびに挺身隊の結成等を決議し十七日その結成大会を催すことになった」。冒頭の兵庫県奄美連盟が沖縄人連盟に合流すべく連絡事務所を大城方に置くことになったのは、このときである。(●は不明の文字)
 
 
▼ 一方、やや遅れること1946年8月、県下に21支部あった沖縄県人会が尼崎に集まり、沖縄人連盟兵庫県本部を結成した。副会長に大城清蓮が就任している。大城は、神戸と尼崎の沖縄人組織の両方に絡んでいる。資料でわかる範囲では、大手とおぼしき団体は少なくとも神戸に奄美系組織が2団体、沖縄系組織が1団体、尼崎に各1団体が組織的な活動の根をおろし始めたようだ。そしてもうひとつ、奄美と沖縄のハイブリッドともいえる南西諸島連盟が中間地点の灘に発足するのだ。(つづく)
 
カウントダウン 灘ノオト
11月。灘は怒涛のイベント月間に入ったそうだが、
よその街にかまけて、灘ライフをおろそかにしているうちに、
俺にとって最重要のイベントがすぐそこまでやってきた。
(関係者の皆さん、ほんますいません)
水道筋ミュージックストリートである。
第3回目の今年は11月16日(日)。あと10日。カウントダウンに入った。
自分の関わっているいくつかの雑誌に告知記事を押しこんだものの、
やはり灘濃度ナンバー1メディア、ナダタマで詳報しておかねばなるまい。
今年は会場となる店が8店に増えたが、
参加ミュージシャンの数が飛躍的に増えたのも大きなトピックだ。
ソロ、デュオ、トリオ、バンド、セッションユニットなど計30組。
一人のミュージシャンが、あの店ではソロでやり、この店では別の歌手と組み、
次の店ではバンドを従え…と、さまざまな形で見られるのがいい。
昨年も書いたとおり、予定していなかった顔合わせや思わぬ共演が
そこここで生まれるという楽しみもある。
固定したセットで決まった枠で予定の時間だけカチッとやる…という
お仕事的イベントとは違う、なんかこう軟体動物的な、
水道筋を人体とすれば、その体内で細胞が融合したり分裂したり、
バトルロイヤル的というか、スワップ的というか、
ともかく、さまざまな個性と持ち味のミュージシャンが
緩やかなつながりを保ちながら、入り乱れるさまが抜群に面白いのだ。
これはいわば、象徴だ。
プライバシーだ、安全安心だ、同一所得水準だ、ゲーテッド・コミュニティだとか言って
人の間に壁を作ることばかりに腐心する、コンクリートジャングルな街とは対極の、
水道筋という場所のありようを、このイベントは図らずも表しているのだ。
 
街でもう見ていただいただろうか、
今年もチンタのシンちゃんが絵を手掛けたポスターは、
いろんなミュージシャンや動物や音符や掛け声や血しぶき(?)が飛び交い、
「赤塚不二夫追悼か」と思わせる、躁病的カオスに満ちている。
これは、いわば予言だ。
15歳のティーンエイジ・ブルースガールから、インディーズで話題の若手ミュージシャン、
関西ライブハウスシーンの牽引役である中堅どころ、日本ブルース界・ロック界を代表するベテランまで、
あらゆる人たちが水道筋というステージで出会い、化学反応を起こすであろうことを、
シンちゃんは予言しているのである。
そして、最後の最後、このカオスを一つにまとめあげるのが、
な也で行われるフィナーレの司祭たる牧師シンガー・川上盾さん。
バラク・オバマ当選できっとテンションも上がっているに違いない盾さんの
猛獣使いの腕前を、俺はいまから楽しみにしている。
ほんまに皆さんお楽しみに。
会場やタイムテーブル、前売り情報などの詳細は公式HPでぜひチェックを。
●今日の灘ノオト:(1-2-3-4-5-6-7)Count the Days / Patti LaBelle & The Bluebells
  「1日、2日…あなたに会える日を数えるの」と可愛らしく歌うパティ・ラベル。
  いまや女帝となった猛女の若かりし頃。水ストも、この歌でカウントダウン。
摩耶山で本を読んだ日 灘文化堂
・・・摩耶山でゆったりと過ごす・・・
摩耶山リュックサックマーケットと同じような、山の過ごし方提案イベント
「山の図書館〜摩耶山で本を読む日」を11月1日と2日の両日、摩耶山上で
開催しました。
まあ、思った通りのユルいブースになりました。
なんせただ「山で本を読んでください」というイベントなのですから。
ゆるいのなんのw
山上の貸本屋「摩耶山文庫」では103冊の灘の本、山の本を用意。
村上春樹、稲垣足穂、竹中郁、久坂葉子、島尾敏雄、
そして中村よおさんの酒場本などの灘ゆかりの作家の灘本、
新旧とりそろえた六甲山のガイドブック群、
近松門左衛門の摩耶本などを1日限り無料で貸し出しました。
流石山上だけあって人気があったのは、古い六甲山のガイドブック
『六甲山ハイキング』。
著者の大西雄一氏の名文がたまんない。
これが摩耶山や六甲山に行きたい気持ちを増幅させてれる文章なんです。
「わ〜これ持ってたわ〜!」
「ようこんなん持ってるな〜兄ちゃん」
「懐かしい〜!」
「ぼろぼろになるまで持ち歩いたなあ」
「ワシが就職したときに出た本や」
など、ハイカーの皆さんから本にまつわるエピソードも聞くことができました。
この本は昭和38年に発行されたのですが、神戸市民必携の六甲山ガイドブックと
いっても過言ではありません。かなりの率でご家庭にあるのでは?
あと、意外と人気があったのが
『落ち葉で調べよう どんぐりのいろいろ』『どんぐりノート』『どんぐりのいろいろ』の
子ども向け絵本。
子どもたちに引っ張りだこで、三冊あった本は常に貸し出し状態。
ひろってきたどんぐりの種類を絵本で確かめたり、
ハンモックに寝転がってユラユラ読書したり、
お母さんの読み聞かせが始まったり。
パラパラと立ち読みして立ち去って行く大人たちが多い中、子どもの方が
このイベントの主旨を理解してくれているような気がしました。
そう、摩耶山って意外とせかせかしている人が多いのですよ。
本を勧めても「先を急ぐので」とか「何時にどこそこに到着しないといけないから
そんな暇は無い」とか…
リュックサックマーケットのときも感じましたが、ハイカーって結構せっかちなんすね。
ハイカーにとって掬星台ってゆったりする場所ではなく、通過点なのでしょう。
もったいないなあ。
そんな中、何人かの参加者の方から感想をいただきました。
「山の上でゆっくり本を読むのって気持ち良いですね」
ありがとうございます。
それと、やっぱりハンモックの実力に恐れ入りました。
いやこれで本読むの、むちゃくちゃ気持ちいいっす。
真っ青な空と色づきかけた木々、心地よい秋風、そして本。
ハンモックに寝転びたいから本を借りた人もいたくらいですから。
レンタルハンモックを掬星台名物にしてもいいかもしれませんね。
夏は星空が眺められますから。
ということで、今月11月15日(土)の摩耶山リュックサックマーケットで
再び摩耶山文庫を開店することにしました。
もちろんハンモックも持って行きますので。
今回来れなかった方も是非お立ち寄りください。
秋の1日、摩耶山でゆったりと本を読む。
皆さんのご来店をお待ち申し上げます。
「摩耶山文庫@摩耶山リュックサックマーケット」
日時:11月15日(土)11:00〜16:00
場所:摩耶山掬星台 リュックサックマーケット会場
第70話「寺口町」 灘の旅人

行事や仕事に追われて、ふと気がつけば、だいぶ深いところまで秋が来ていた。
日頃の運動不足のせいもあって、坂の多いエリアにはなかなか足が向かないのだけれども、
ここはひとつ、小さい秋でも見つけようかと、気張って寺口町に向かった。
寺口町は、巨大な陸橋ができて久しい高羽の交差点から始まる。
新幹線のボディの曲線を思わせる陸橋の足下には、「右一王山」の小さな道しるべがこっそりと佇む。
寺口町の坂道を上がったり下がったりしながら、
この町を表す言葉を考え見たけれど、どうにも思いつかない。
細い坂道を上ったあたりに新築の建物が建ち並んでいたり、
古い文化住宅が斜面にへばりついていたり、突然空き地が広がっていたりして、
独特な雰囲気を持った場所だと思うのだけれど、、
細くランダムな階段のせいで、フゥフゥと息があがるばかりで、
そのうち周りを見るのもしんどくなってきた。
とにかく寺口町には、味のある坂道や階段がたくさんあるということだけは間違いないのだけれど、
ヨソ者を受けつけない、山城のような雰囲気に包まれているような気がしてならない。
次回は徳井町の予定。
摩耶山文庫開設のお知らせ 灘文化堂
灘区もズルズルと秋めいてまいりました。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。灘文化堂店主です。
今回は今週末連休に開催される灘文化堂がらみのイベントのご案内です。
最近山で本を読んでいますか?
え?山なんかで本読まないって?
だまされたと思って摩耶山で本を読んでみてくださいよ。
とてもすがすがしいですから。
本好き灘クミンならリュックサックに文庫本を入れて摩耶山に登り、
山上のベンチで寝転がって青空の下、本を読んだことが一度はあるはず。
市街地からすぐの天然の書斎、摩耶山で読書を楽しんでいただく企画が
今回開催する「摩耶山文庫〜摩耶山で本を読む日」です。
摩耶山中には素敵な読書スポットがたくさんあります。
山に点在するベンチやテーブルを山の書斎として使ってみようという試みです。
桜谷の川沿いのベンチ、明るい掬星台のベンチ、360度パノラマの天狗塚
湖面が美しい穂高湖畔のベンチ、雄大な景色がのぞめる夕陽ケ丘や天上寺金堂回廊…
どうぞ気に入った場所でのんびり本を広げてください。
また摩耶山文庫ブースでは、灘ゆかりの作家や灘が舞台になった小説、
めずらしい昔の六甲山ガイドブックなど灘区にまつわる本を貸し出しいたします。
文化堂店主は2日とも山上におりますので、ぶらりとお越しくださいませ。
「摩耶山文庫〜摩耶山で本を読む日」
日時:11月1日(土)・11月2日(日)11:00〜16:00
受付:摩耶山掬星台 摩耶山文庫ブース(アートフェスティバル摩耶山:掬星台会場)
参加費:無料
主催:灘区役所
協力:灘文化堂(ナダタマ)
●レンタルハッンモック
読書用のハンモックをご用意いたしました。
お好きな場所でおくつろぎください。
●萩原珈琲のサービス
摩耶山文庫をご利用のお客様にはあたたかい萩原珈琲(灘区・城内通)
をサービスいたします。
●摩耶山読書スポットマップ
灘文化堂おすすめの山中の読書スポットを紹介するマップも用意いたしました。
お好きな場所へお出かけください。
(山上の移動はシャトルバスおよび電動アシスト付き自転車をご利用ください)
灘イベント情報でもお知らせしています
摩耶山文庫〜摩耶山で本を読む日(11/1)
摩耶山文庫〜摩耶山で本を読む日(11/2)
NADA LUNCH 200@畑原市場 私を市場に連れテッテ!
最近食事をデジカメで撮る人が多いのですが、これ、見ていてあまり気持ちの
いいものではないですね。(私もやっちゃうんですがね)
もう、グルメ番組に出てるイケメンタレントの不細工な箸の持ち方くらい気に
なる。お皿の上の料理はいわば生き物の屍であって、それを「いただきます」
の前にバシャバシャカメラで撮るというのは不謹慎でして、せめて撮影は
「いただきます」の後にしたいものです。さらに撮ったものをブログで、まき
散らすのもきわめて下品な行為なんじゃないかと思うわけです。
ということで昼ごはんを撮ってアップする、当ナダタマの昼ごはんデータベース
「灘の昼ごはん」も実は相当行儀の悪いコーナーなのです。
なので、撮られた食事に対する供養の意味をこめて、100食アップされるごとに
イベントをすることにしています。
「NADA LUNCH 200」
灘区で採取されためくるめくランチを「アテ」に飲むというイベントを、去る
10月21日(火)に八百万の食の神が宿る市場の中で開催しました。
昨年の100食越えの時は、1〜100食のランチを紹介しましたが
今回は101〜200食を紹介。
暗闇に映し出されるめくるめく昼飯。
そしてその昼飯をとりまく様々な物語の生語り。
このイベントのキモはこれです。
ウマいだの、マズいだの、自然食だの、体に良いだの、
お口の中でとろけそうだの、爽やかな香りが鼻腔をくすぐるだの、
コシがしっかりしてるだの、肉汁がジュワっとだの、食感がシャキシャキだの、
そんな陳腐なグルメ系ウンチクをいくら語っても
な〜んにもおもしろくないのですよ。
それよりも昼メシの周辺で紡がれる笑いあり涙ありのメシ物語の方が
断然おもしろいのではないか。
そんなこんなで、昼メシのまわりの「オカズ(メシ物語)」を「生で語る」という
トークイベントスタイルが確立されたわけです。
メシ話(街話)のおもしろさはネットだけでは絶対に伝わらないのです。
場所はやはりめくるめく食材が売られている市場が合います。
今年は昨年の汽笛亭に引き続き同じく畑原市場の「チンタ醉宵食堂」で開催。
当日の参加者は19名。
何回も書きますが、ウマいマズいという評価軸はナダタマではどうでもいいのです。
誰がなんと言おうとオレはフナフナのかきあげが好きだとか、
コシのない麺にこの上ない慈悲を感じるとか、
初めて灘区で食べた思い出の店だとか、
オレも引っ越ししてきた日にその店で食ったっス!とか
店員の素っ気なさがステキだとか、私は苦手ですとか、
どこそこの大将は亡くなったけど奥さんががんばって味を守ってるだとか、
マスターは無愛想だけどそれをおぎなうママのホスピタリティにメロメロだとか、
ボクそのマスターのモノマネできますとか。
そんなメシ話の向こうにぼんやり立ち上がってくる灘の街。
めくるめくメシ話に恍惚としながら、気がついたら終了時刻を大幅に
オーバーしていましました。チンタさん、すいません。
そしてナダタマの下品なコーナー「灘の昼ごはん」は300食を目指します。
ログイン後どなたでも投票できますので、どしどし投稿してください。
もちろん撮影は「いただきますの」後で。
(写真提供:ちゅーやんさん)
底抜け!痛快!!船成金の館(57) 灘建築夜話
気がつくと、平成20年の世の中は10月も終わろうとしているのであった。
10月は土曜日にステアリングを握って遠出する週末が続いたので、つい金曜
日の夜なべを避けてしまいがちだった。
読者の皆様、筆者の筆不精をどうかご容赦願いたい。
震災直後は、デマに踊らされた自警団によって朝鮮半島出身者が虐殺されたり
あるいは憲兵隊の甘粕中尉が大杉栄一家を惨殺するという陰惨な出来事が起こ
った被災地であった。が、秋風が吹く頃にもなると、ようやく京浜の地でも日常
を取り戻そうとする動きが人々の間で本格的になってきた。
 神戸からの救援物資の配給に没頭していた儀作と銀次郎も、そろそろ区切り
をつけるとき、と悟った。残務整理に取り掛かって、関係先への挨拶廻りをは
じめた。
 儀作は、現地入りしてまもなく、一台の自動車を用立てた。物資配給に使う
ためで、荷が到着する芝浦と市中の交通にフル稼働させた。しかし、震災で悪
路と化した市中の道に、さしもの「馬なし車」も足回りがだめになってしまっ
た。儀作は求められれば誰かれとなく自動車に便乗をさせたのことも、車の酷
使に拍車をかけたかもしれない。
 「しかし大したものだ。この自動車も、よう働くのう」銀次郎が感心したよ
うにつぶやく。
 銀次郎と儀作は自動車で横浜へ向かっていた。2人を乗せた2台目になるこ
の車も、そろそろ足回りから不吉な騒音が聞こえ始めている。
 
 横浜商工会議所の仮事務所へ出向いた。会頭の有吉忠一が出迎えた。有吉は
元兵庫県知事。2人とは旧知の仲である。「いや、皆さんの奮闘振りに、われ
われもどれほど助けられたことか」。無償で立ち働いた2人を、有吉会頭は労
った。
 「ところで」有吉会頭は少し目を伏せがちに切り出した。「実は震災の起こ
る少し前に、アメリカから横浜港に自動車が25台届いたのだが、震災で買主
が亡くなってしまって行き場を失っているのです。どなたか、引き取ってくだ
さるような方の心当たりはないですか。」       (この項、つづく) 
 
第69話「鶴甲 後編 」 灘の旅人
鶴甲2丁目の下りのバス停から少しあがったところに、
「鶴甲山団地」と書かれた札がある。
大阪ガスの施設のようだが、詳しくは分からない。
詳しくは分からないが、鶴甲山の気配を残した貴重な表札だ。
そこから一気に、六甲ケーブル下駅から東に向かう脇道を登る。
翠光園、長寿の里、きしろ荘、鶴寿園、千山荘と鶴甲5丁目の老人ホーム団地を抜けると、
油こぶしを経由して六甲山頂方面に向かう登山道の入り口がある。
このあたりの標高は約300m前後なのだが、かつての鶴甲山の標高は327m。
山頂はちょうど神戸大の発達科学部あたりだったようなので、
ここからの景色に立ちふさがるように、鶴甲山が聳えていたのだろう。
今では木が生い茂り、すっかり景色は見えなくなってしまったのだが、
10年ほど前は、実によい眺めだったのでお気に入りの場所のひとつだった。
ケーブル下駅から昭生病院の方へ下ると大土神社がある。
水車が絞った菜種油の輸送安全を祈願するために建てられたという云われを持つ。
石垣に囲まれた独特の雰囲気を持つ神社だ。
ちょっと前まで、石垣の石を組んで作られた通り道があったのだが、
今では塞がれてしまっていて残念。
土山神社から、いったん炭山橋まで下りて「あじさいの道」の階段を上がると、
田崎真珠の「六甲台あこや工場」がある。六甲台とは言うものの、鶴甲3丁目である。
真珠を見極めるための「光」を選んだ結果、この場所に辿り着いたそうだ。
山側から入る安定した光が、真珠を見極めるのに最適だということで、
加工のための作業場はすべて山側に面しているのだとか。
最近、工場の北側にもマンションが建ってしまったが、
真珠を照らす「光」に変わりはないのだろうか。
次回は寺口町!
灘にあった「南西諸島連盟」第2部その1 沖声灘語
路地裏カフェの市場スイーツ 私を市場に連れテッテ!
其の87 においおこせよもくせい花の巻 灘道中膝栗毛
其の86 敏馬の浦ではっぱふみふみの巻 灘道中膝栗毛
畑原のバリカタ木綿 私を市場に連れテッテ!
第68話「鶴甲 前編」 灘の旅人
山麓の汽笛 灘ノオト
摩耶の女 灘文化堂
六甲道で「命どぅ宝」 沖声灘語
底抜け!痛快!!船成金の館(56) 灘建築夜話
第67話「土山町」 灘の旅人
其の85 暑さ寒さも彼岸までの巻 灘道中膝栗毛
摩耶ノオト 私を市場に連れテッテ!
第66話「高羽町 後編」 灘の旅人
9月になったから 灘ノオト
其の84 摩耶山アジア化計画の巻 灘道中膝栗毛
第65話「高羽町 前編」 灘の旅人
其の83 フェニックスプラザ味泥の巻 灘道中膝栗毛
底抜け!痛快!!船成金の館(55) 灘建築夜話
灘にあった「南西諸島連盟」 その8 沖声灘語
六甲道番外地〜富士映劇 永遠の六甲道
子パンダ天国へ ZOOマニア
第64話「高羽字滝ノ奥」 灘の旅人
底抜け!痛快!!船成金の館(54) 灘建築夜話
其の82 摩耶山ビアガーデンの巻 灘道中膝栗毛
沖縄戦の手りゅう弾、灘へ 沖声灘語
【灘ニュース速報】灘パンダ誕生! ZOOマニア
底抜け!痛快!!船成金の館(53) 灘建築夜話
第63話「高尾通」 灘の旅人
灘にあった「南西諸島連盟」 その7 沖声灘語
リユニオン 灘ノオト
其の81 ハチのムナシは死んだのさの巻 灘道中膝栗毛
底抜け!痛快!!船成金の館(52) 灘建築夜話
水脈は枯れず 灘ノオト
市場の夏 鱧皮の夏 私を市場に連れテッテ!
52日目 桜口の映画館、六甲映画劇場 永遠の六甲道
灘にあった「南西諸島連盟」 その6 沖声灘語
第62話「曾和町」 灘の旅人
其の80 摩耶山にUFO降臨の巻 灘道中膝栗毛
51日目 ええとこええとこ六甲東映 永遠の六甲道