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2011年10月31日(月曜日)

冬が来る前に坂

カテゴリー: - library @ 21時00分23秒

坂の細い道を 夏の雨にうたれ…

早いもので今年ももう秋…というか冬がそこまで来ている。
フォークデュオ、紙ふうせんのヒット曲『冬が来る前に』の歌詞に出てくる
坂道は、実は灘区内の坂道だったという灘的スクープ記事が先週末の産経新聞に
掲載された。
灘区で冬が来る前にすることといえば、六甲山小学校のストーブ火入れ式か、六甲
高山植物園の小便小僧マント着せ儀式が思い浮かぶが、そうではなかった。
『冬が来る前に』は、冬を迎える前の秋の歌だと思われがちだが、冒頭で紹介した
歌詞のように物語は夏から始まる。
記事によると、紙ふうせんの後藤悦治郎氏がパートナーの平山泰代さんに王子動物園
で結婚のプロポーズをしたが断られ、失意のうちに下りた「王子動物園と葺合高校の
間の坂道」の光景を詩にしたらしい。
王子動物園の正門は原田線に面しているので、動物園を出て西の坂道を通って帰る
という経路はいささか不自然ではあるが、そのあたりのナニな事情はよしとしよう。
そんなエピソードがある坂道なのに「王子動物園と葺合高校の間の坂道」では
あまりにも味気ないので、ナダタマでは仮にこの坂を「冬が来る前に坂」と呼ぶことにする。
ちなみに2番の歌詞は秋で、王子動物園南の市電筋の歩道に積もる落ち葉がモチーフに
なっているようだ。


昭和初期の王子公園付近の様子。赤線部が現在の「冬が来る前に坂」


「冬が来る前に坂」は昭和4年まで、神戸市の市境だった。
旧関西学院のチャペルだった灘文学館の敷地内には当時の境界石が残っている。
坂の西が神戸市、東は神戸市に編入される前の西灘村があり、坂をはさんで神戸
高等商業学校(現神戸大学)と関西学院が対峙していた。
学生街としてにぎわいを見せた界隈には学生目当てのカフェや本屋が並ぶ、文化の
香り高い街だったという。(それと比べると、現在の灘の学生街である阪急六甲
周辺の状況はいささか寂しいものがあるが)
加納町にある神戸最古のバー[アカデミー]も、実はこの坂道から少し西の上筒井
6丁目にあった。
三宮乗り入れ以前、阪急神戸線の終点だった上筒井からは「冬が来る前に坂」を
経由して摩耶ケーブル駅までバスが走っていた。

上筒井〜摩耶ケーブル間を結んでいたバス(写真:灘百選の会)


稲垣足穂、竹中郁、谷崎潤一郎などの文人も闊歩したかもしれないこの坂道は、
紙ふうせんの『冬が来る前に』以外にも詩のモチーフになっている。
坂道の北にある松蔭女子出身の南野陽子の自伝的一曲『春景色』には、
「坂道を上りきり 見下ろせば ほら船の影」
とこの坂道から見える風景とおぼしき表現があるし、松蔭の南隣の海星女子大学
出身の平松恵理の『南町から』には
「真っ赤な六甲を背に港へ続く道歩いた 黙ったまま」
というこの坂道を彷彿とさせる歌詞がある。
「冬が来る前に坂」は、昔も今も詩的で絵になる坂道なのかもしれない。

区界の坂道


[参考記事]
紙ふうせん「冬が来る前に」 神戸・王子動物園界隈(産経新聞 2011.10.29夕刊)


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