寒空の下に響くもちつきの杵音が、年の瀬を感じさせる頃となった。


子どもたちは、クリスマスと年末年始というビッグイベントが控える冬休みを、指折り数えているだろうか。

高羽川が二号線の下を潜って、海側にひょいと出てきたあたりから友田町は始まる。
友田町の南端は昔の西国街道・・・だという。

友田町、記田町、浜田町、深田町のいずれも、旧八幡村の字名から付けられた町名なのだが、
由来についてはどうにもはっきりしていない。


二号線沿いに桜口の交差点に近づいていくと、
金融保険機関の支店が一つ、二つ、三つと並んでいることに気がつく。

ナダのウォール街・・・なんてのは言いすぎだけれど、「100年に一度」の衝撃は、
このあたりのローカルな金融システムにも大きな影響を与えているに違いない。(と想像してみる)




二号線の山側にあるイタリア広場を囲む高層建築群を映すグランド六甲のガラスの壁。

震災を経た後も、遊び場としての形を追求し続けた結果、今の姿になったのだろう。
夜遅くまで、若者たちがたむろする新しい形の「盛り場」なのだろう、と思う。


9月10日

いやぁ、このあたりまさしく私が神戸時代うろついていた界隈です。
震災でいろいろなものがなくなりましたが、ボウリングのピンは健在ですね。
Comment by Mizo — 2008年12月14日(日曜日) @ 20時47分54秒
震災の直後六甲ボウルの大きな看板のピンが2号線の上に転がっていて、思わす不謹慎にも「ストライク!」と思ってしまいました。あれから13年もたつのですねぇ。
Comment by 海を渡る握手 — 2008年12月14日(日曜日) @ 21時30分54秒
松井ベーカリーはやっぱり三角パンだぜ!
Comment by naddist — 2008年12月15日(月曜日) @ 21時36分16秒
友田町と言えば「もり屋日之出食堂」でしょう。
膨大なメニューと、そこらのマンガ喫茶を凌ぐ蔵書数の多さは
ハンパではありません。
彦磨呂風に言えば、
「これはまさに大衆食堂の”ディ○ニーラ○ドや〜」
って感じます。
Comment by 金やん — 2008年12月16日(火曜日) @ 03時26分05秒
グランド六甲
まだ三宮東門筋など歩いたこともなかった頃
夜中(といっても10時ごろ)
高校生でも息抜きに行ける場所でした。
グランド六甲もそうだけど
二国を挟んで向かい側の桜口町5丁目にあった店にも
いろいろな思い出がありますね
肉系が抜群にうまかった定食屋
Gパン屋
古本屋!
御馳走として出前を頼む寿司屋
いまは全部ないですが
Comment by pon — 2008年12月20日(土曜日) @ 01時55分52秒
>不謹慎にも「ストライク!」
不謹慎ながら、私も思わず笑ってしまいました。
Comment by Mizo — 2008年12月21日(日曜日) @ 17時28分49秒