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2007年12月30日(日曜日)

第40話「篠原伯母野山町」前編

カテゴリー: - aiai @ 09時00分29秒

伯母野とは、日当たりのいい山間の平地を指す地名だという。

建築家の安藤忠雄センセーは、そんな地名の由来を知って、
「六甲の集合住宅」プロジェクトをこの場所に決めたのだろうか。
(ちなみに第鬼は前回紹介した「篠原」エリアのようです。)

灘の住宅地エリアの最上部で、六甲の山際とせめぎ合うように開発が
進められてきた篠原伯母野山町では、六甲グランドヒルズ、ジークレフ六甲の丘、
松蔭女子学院、六甲学院と、巨大なマンションや学校施設が立ち並んでいる。

(天候不順と筆者帰省のため、写真がありません。。。)

ところで、このあたりの大規模マンションには、
必ずと言っていいほど「六甲」または「六甲台」という名が冠せられている。

阪神電車の沿線あたりまで下ってくると、
急に「灘」なんて名前が付いたマンションが増えてくるし、
少し西に行けば「摩耶」とか「高尾」なんて名前が付いたマンションが
意外とたくさんある。

だから、このあたりにも「叔母野山ヒルズ」(?)とか、
そんな名前の大きなマンションがあってもよさそうなものだが、
そういうわけにはいかないということだろうか。

(後編に続く)


2007年12月23日(日曜日)

第39話「篠原」

カテゴリー: - aiai @ 09時00分29秒

神戸市の住民基本台帳によれば、2007年11月現在16世帯38人ほどの人口が
あるとされる篠原地区(小屋場山、シル谷、仲山)。

北でも南でも本でも中でも伯母野山でもなく、「篠原」である。

六甲山の山中は、基本的には旧村の入会地(薪炭や茅を採取するための村の共有地)
で構成されているため、等高線が込み入った山腹あたりを
地図でよく見ると「高羽」「畑原」「五毛」などの旧村名が
「字」として残されている。

「篠原」は、篠原村のかつての入会地だったエリアなのだろうけれど、
谷沿いに山の中腹まで開発が進んだ結果、
入会地が部分的に売られて宅地化が進んだということなのだろうか。

で、このエリアにアクセスするために六甲川の支流、日柳川の上流部を目指す。
途中、海星病院の西側にある道路には、こんな看板。

約3m弱の道路の中央1m部分だけが公道、両脇の1mずつが私道ということになっているようだ。

迷惑にならないように、ソロリソロリと谷沿いの坂道を上がっていく。

寂しい山道の孤独な雰囲気に負けず、やーやーと突き進んでいく。

でも、そのまま行くと誰かの家の庭先に入ってしまいそうなので、
ちょっと挫けて、スゴスゴと引き返してきた。

さらにこの奥地に進んでいくと、
「篠原隠小屋山」という地名があるらしい。

行ってみたい・・・。


2007年12月9日(日曜日)

第38話「鹿ノ下通」

カテゴリー: - aiai @ 09時00分54秒

鹿ノ下通っていうぐらいだから、
ちょっと上の方には鹿さんがいてるんですかねぇ。
でも、周りを見渡したって、何にもいやしませんて。

おいおい。鹿はだいぶ東の方や。
鹿とちゃうけど、国道の山側に鶴ならおるで。

はぁ、なるほど。

そしたらここは鶴ノ下通なんて名前になりませんか?

ほやけど、この南にも鶴がおるなぁ。。。



下手な落語みたいな話をしてしまいましたけど、
鹿ノ下通の由来は、イマイチよく分からないままでした。

鹿の付く酒は西宮の白鹿だけでなく、金鹿、春鹿、北鹿と、
これまたたくさんあるようです。

でも、鶴の方が酒との相性は良さそうで、
たくさんの鶴が酒の名前に使われています。

そんなこんなの鹿ノ下通ですけど、(?)
今じゃあの大正銀行の建物もすっかり消えてなくなって、
ただのマンション建設現場になってしまいました。

都賀川を吹き抜ける冷たい風が身に凍みます。

ゴルフ喫茶「ニシオカ」さんの店構えだけは、
いつまでもフォーエバーでお願いしたいところです。
(ルー語?)

都賀川沿いの公園まで歩いてみれば、
すっかり秋も終わったような顔をしていました。

都賀川の改修記念碑には、西郷町と西灘村の名前が刻まれています。
大正15年から昭和2年までかかった都賀川の改修工事の記念碑だそうです。


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