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2007年2月24日(土曜日)

13日目 面影ない・・・

カテゴリー: - heart-angl @ 02時41分23秒

こんなに面影がないところも珍しいかもしれないですね。
左手に商店街があることと山の稜線ぐらいが唯一の共通点でしょうか・・・

今の写真を見ても想像できない、第一、道幅が違う。
正直この道幅のときの記憶はないんですが、この雰囲気は思い出のなかに
うっすらとあります。

高層ビルも少なく、散歩してて青空がいっぱい見えてた気がする。
お店に行けば、レジもバーコードもなくて、そのかわり会話があった。

じゃり道が多くて、ホコリっぽかったけど、空気は澄んでいた。
ほんの25年ほど前のことだけど。

旧写真の風景+今の道だったら裏にかすかに残っている。

生協さんからの帰り道、宇宙軒に、あるいは南天荘に行くため六甲道駅北口に向かうとき、見た風景。フォレスタの北の神若線は今以上にもっとメインストリート感があったような・・・・

道幅が変わり、ビルが建ち、商店街のアーケードも変わり、道ゆく人も変わる。遠くに見える山の稜線は変わっていない。
諸行無常をまちの一角にて思う。

 永手郵便局前あたりから東向き(昭和40年代半ば)

現在の同じ場所。


2007年2月10日(土曜日)

12日目 六甲道北限?

カテゴリー: - heart-angl @ 23時08分55秒

勝手に北限などとつけてしまいました。
僕の中では、これ以上北は「阪急六甲」であり「六甲」やという認識なのです。

そのぎりぎり六甲道から、六甲道駅の方を眺めてみると。

沿道の建物は大きく変わってますが、坂の傾斜ぐあい、その先の商店街、核になる雰囲気は今までで一番変わってないのかもしれない風景に出会えました。
六甲道人にとって今もむかしも、阪急六甲からの帰り、「帰ってきたなぁ」「あと少し」と安心する(?)スポットでしょう。

いまは沿道にビルが林立してますが、当時は「生協さん」の建物がひときわ目立っていたんですね。

つぎはぎだらけの舗装もなつかしい香りたっぷりです。

写真左:2007年の同じあたり(人通りが多く、このショットを撮るのに苦労しました)

写真右:昭和40年代半ばの六甲本通商店街を北側から臨む(日尾町?)


2007年2月3日(土曜日)

11日目 長かったアーケード

カテゴリー: - heart-angl @ 23時24分44秒

神若線を隔てて続く商店街のアーケード。

今は、北側しかありません。

今ではなにやらフォレスタの「横」を歩いている感じがしてしまいますが、
アーケードがあった当時はこちらが「メインストリート」

備後町の家から、阪急六甲へ行く。はじめは阪急は遠いから嫌いだったけど、
アーケードを通って、にぎやかなお店とお店の間を通ると、気がつけば山手幹線が見える。

以外に近いのか、退屈しないから近く感じられるのか。

阪急からの帰りも「アーケード」が見えれば、なぜか安心してたなぁ。
これは今でも変わらないですね。

変わったまちと変わらない思い。六甲道にかえってきたなぁ〜

短くなってしまったけどアーケードの入り口を見るとそう思うのは今もむかしも変わらない。

左:昭和40年代半ばの六甲道商店街アーケードを神若線北側より。
右:現在のほぼ同じ場所。


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