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2008年4月21日(月曜日)

諏訪子49日インドカレー法要(案)

カテゴリー: - naddist @ 22時00分43秒

4月19日(土)低気圧の影響で若干荒れ気味の天候のもと、
動物園主催のお別れイベント「諏訪子のお別れ会」が開催されました。

諏訪子の縁で集まったたくさんの人。
実は、お別れ会ってあまり好きじゃないのですよ。

もちろん諏訪子は永遠に生き続けるわけではないですし、といってそれを
「いやあ、世の中は諸行無常なんだよね」なんてしたり顔でのたまう気も
さらさらないのですが。

観覧車より

でも、献花してサヨナラじゃあまりにも寂しい。
諏訪子と過ごした記憶を今後も大切にしていくのがクミンのつとめかと。

諏訪子てぬぐい

実は49日までは諏訪子さん、まだ灘区をウロウロしてるんですね。
てことで、早速ですが灘クミンによるささやかな諏訪子パーティを
開きたいと思っているのです。
(もちろん灘クミン=灘区民ではありませんのでどなたでも参加できます)
もちろんシメっぽい方向ではなく、こんな感じで。

マトンカレー

「諏訪子49日インドカレー法要(仮)」

インドで生まれ、インドの法道仙人が開いた摩耶山の麓、インド人も多く住む
灘で暮らしたインドゾウの諏訪子さんと、おいしいインドカレーを食べ
ながら、ゾウ舎の前で盛り上がろうというピクニック型法要です。
カレーはもちろん本格的なものを灘ゆかりのカレー屋さん製作していただく
予定です。もちろんクミンは効かせていただきます。
また、諏訪子ステッカーなどのオリジナルグッズも持参します。
(要参加申込み)

日時:5月25日(日)1300ごろから
場所:王子動物園ゾウ舎前
参加費:未定
要申込み→お名前、参加人数を記入の上postmaster@naddist.jpまで

※なお、本イベントは有志による勝手連企画ですので、くれぐれも
 王子動物園への問い合わせはしないように願いますです。ハイ。


2008年4月11日(金曜日)

[追悼]諏訪子、インドに帰る

カテゴリー: - naddist @ 17時00分01秒

2008年4月10日、午前5時50分。
西の空に明けの明星が輝く頃、一つの命が宇宙(そら)へ飛んで行きました。
インドゾウの諏訪子逝去。
享年65歳、人間なら100歳を越える齢。

諏訪子の死とともに散り始めた王子の桜。
摩耶山が泣いているような涙雨。
盟友の死を察したのか、奇声をあげるフラミンゴ。
主を失ったゾウ舎は立ち入り禁止。
前週の桜の通り抜けの喧騒が嘘のような
あまりにもひっそりとした最期の朝です。

   

  1943年にインドで生まれたゾウが1950年の9月に神戸市諏訪山動物園の2匹目の象として来園。
  諏訪山にちなんで「諏訪子」と名付けられました。
  しかし閉園が決まっていた諏訪山動物園には実は半年ほどしかいなかったのです。
  もうすこし来日が遅れていたら違う名前になっていたかもしれません。
  そして翌年の3月には伝説の「原田の森動物大移動」となります。
  この大引っ越しのトリを勤めたのがインドゾウの摩耶子と諏訪子。
  諏訪山〜山本通〜加納町〜布引〜王子動物園を歩いて移動させるというかなり強引な
  イベントだったようです。
  沿道を埋めた市民の数2万人。
  途中市電や車に驚き暴れだしたりとハプニングつづきで、最後は消防車、パトカーで取り巻いての
  行進という北京オリンピック聖火リレー顔負けの情景が展開されたようです。

  開園当初の王子動物園は設備も悪く諏訪子たちも仮設獣舎での暮らしが続きましたが、1953年に
  ようやくゾウ舎が完成、足に繋がれた鎖からも開放。
  しかし、1956年、姉貴分の摩耶子が亡くなります。
  タイの農家で買われていた摩耶子はおとなしくて頭がよく、芸もよく覚えたため獣舎建設の資金を
  かせぐため各地を「営業」させられ、それが寿命を縮めたのかもしれません。

  ひとりぼっちになった諏訪子ですが、やがて伴侶と出会うことになります。
  1957年、岡山の池田動物園から「太郎」がやってきます。
  「一目会ったその日から恋の花咲くこともある
   見知らぬあなたと、見知らぬあなたにデートを取り持つ、パンチdeデイト!」
  ま、こんな感じだったんでしょうか、2頭は鉄柵越しに鼻で挨拶をしたそうです。
  しかし脱走の前科まである太郎の気性が荒かったため、すぐには結婚にはいたらず
  交際5年、1962年にようやく「新婚さんいらっしゃ〜い!」となりました。
  結婚式ではもちろん三三九度の杯。
  「ここは一つ西郷の酒で!」
  といきたいところですが、さすがにそれは無理で、
  樽に入った黒糖水を2頭が鼻をのばして飲み干す、という「沖灘的作法」がとられました。
  結婚後の2頭は王子動物園のおしどり夫婦として…いや「インドゾウ夫婦」として人気を博します。
  たとえれば長門裕之と南田洋子みたいなもんでしょうか。(古)
  いや、 やんちゃな太郎をなだめる(時には叱責する)諏訪子という図式は
  京唄子、鳳啓介に近いかもしれません。(これまた古)

…私の諏訪子の思い出はこの結婚式以降です。
神戸市内の小学生は必ず王子動物園で写生大会というのがあって、
もちろん、人気者の諏訪子は太郎とともにトップモデルだったわけです。
ただ、当時の諏訪子はとても元気で結構激しく動き回っていました。
子どもたちは諏訪子にクレームを出します。

「ああもう!諏訪子描きにくいから動くなや!」
「諏訪子止まれ!」
「諏訪子動きスギ!」

あれから30年、諏訪子はほんとうに動かなくなったのです。
桜の季節、花見の喧騒も一段落しようとしていたころでした。

[ねがはくは 花のもとにて春死なむ そのきさらぎの望月の頃](西行法師)

「通り抜けのときに、私が死んだら桜を楽しんでいる人に迷惑かかるからねぇ」
孫のオウジも無事生まれた春の日、西行の歌のようにまるで死に時を選んだかの
ような諏訪子の大往生。
そう、大往生なんです。
インドから異国の地へやってきた諏訪子が、インドの法道仙人が開いた摩耶山にいだかれ
ふたたびインドへもどっていったのです。
もう、インドカレー食べてお祝いしたいくらいです。

おつかれさま諏訪子さん。
ナマステ(ありがとう)諏訪子さん。
摩耶子と太郎によろしくお伝えください。

私たちはここにくればいつでもをあなたを思い出すことができるはずですから。

日の出前にインドへ旅立った神戸っ子の諏訪子さん。
神戸らしく明るいスイングジャズで送り出したいと思います。

                               合掌



THE WORLD IS WAITING FOR THE SUNRISE(世界は日の出を待っている)
Benny Goodman and Red Norvo (1960)

ご存知、夢と希望に満ちたゴキゲンな、どスタンダードを
Benny Goodman and Red Norvoの演奏で。
諏訪子と太郎がつきあっていたころの映像。
グッドマンのクラリネットがなんとなく若かりし頃の諏訪子嬢の笑い声のよう。

公式お別れ会は4月19日に開催。
灘クミンによる「諏訪子送別会」はまた別の日に行います。
ナダタマイベント欄をチェックしてください。

[参考書籍]諏訪子と歩んだ50年(王子動物園)
[諏訪子関連ニュース]
「国内最高齢のゾウ 諏訪子死ぬ  神戸・王子動物園(4/10)」
「ゾウの諏訪子 神戸の歩み、市民とともに(4/10)」
「諏訪子安らかに、19日にお別れ会(4/10)」
「国内最高齢のゾウ 諏訪子の大往生、市民も悼む 神戸(4/11)」
「諏訪子に献花や記帳続々 王子動物園4/11)」
「ゾウの諏訪子に涙の別れ600人 王子動物園(4/12)」





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