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2010年4月24日(土曜日)

[報告]沖灘区訪問

カテゴリー: - nada @ 16時00分15秒

もずく取り

去る4月16日から19日まで、沖縄で行われる「清明祭(シーミー)」に
あわせて、7名の灘クミン使節団が沖灘本区を訪問した。清明祭は本土
のお盆にあたる行事で、この日は親族が集まり祖先の墓参りを行う。
沖縄の幹線道路では「清明渋滞」が起こるほどの一大行事だ。

4月16日夜に沖灘本区に到着した一行は[かんから・カン](沖灘本区
小禄)で催された歓迎レセプションに参加、沖灘区長との意見交換を
行った。沖灘区名物「豚のしっぽ」や銘酒「舞富灘」などが振る舞われ、
長峰中生が沖灘に修学旅行に来るようになった話題などに話が弾んだ。

翌17日は沖灘中部の泡瀬干潟を視察。
泡瀬干潟は昨年水道筋で開催されたイベント「泡瀬の海を見てみよう」
沖灘海人(うみんちゅ)の宮道成彦氏から報告があった豊かな自然が
残る広大な干潟だ。泡瀬干潟を守る連絡会の前川氏の案内でクビロミドロ
などの希少生物を観察した。

泡瀬干潟

泡瀬干潟を後にした一行は、本部半島へ向かった。
この時期、沖灘では潮に手足を浸して不浄を清め、健康を祈願して楽し
く遊ぶ「浜下り(ハマウイ)」という伝統行事がある。現在でも重箱を
持って家族で海へ遊びに行くピクニック行事として受け継がれている。
灘区ではこの日、思い思いの食べ物を持って摩耶山へ遊びに行く
「山上り(ムイアガリ)」行事であるリュックサックマーケットが開催
された。灘区は山へ、沖灘区は浜へ。身近な自然を大事にする両クミン
の心が通う行事が1000kmはなれた両区で同時に開催されたことは感慨深い。
灘区民たちは遠く摩耶山に思いを馳せながら、B瀬崎でモズク取りに
いそしみ沖灘のハマウイを楽しんだ。

18日は本部半島から伊江島に渡り、灘区の「なだ桜まつり」の姉妹イベ
ントである「おきなだ百合まつり」を視察した。会場の伊江島リリー
フィールド公園には一面のユリの花が咲き誇り、灘クミンは沖灘名物の
「血イリチャー(豚の血炒め)」や「伊江島牛バーガー」に舌鼓を打った。
4日間の短い滞在であったが、両区の深い絆を確かめることができた有意義
な訪沖灘であった。(おもろまち恵憲)

ゆりまつり

今回の沖灘で収穫した沖灘モズクは水道筋の沖灘料理店[通い船]で4月23、24日に
「もずく小鍋」(要予約)として、また伊江島名物のボイルジーマミ(落花生)は
4月25日に水道筋で開催される[水道筋ビートルズナイト]で供される。


2010年4月8日(木曜日)

沖灘区一行、センバツと都賀川花見を堪能

カテゴリー: - utinadanchu @ 17時52分31秒

沖灘区にある興南高校が、ついにセンバツ優勝戦に進出した。
当日は沖灘区からチャーター便が飛び、本区の灘区民の人々や
沖灘区営飲食店「通い船」のお客さんとともに、甲子園の3塁側
アルプス席で声援を送った。
区民の大声援にこたえ、興南高校は見事に紫紺の優勝旗を手に
沖灘区に凱旋した。

報徳・金村VS京商・井口の投げ合いのころからの沖灘高校野球
ファンという西域系灘区民、慈平さんは、
「あのころも興南高校はマイク仲田(その後阪神)や竹下(その後
大洋)といった好投手を擁して強かったが、決勝進出なんて夢の夢
だった。ほんまにようやった」
と満面のカザフスタンスマイルだった。
また、仕事で声援にいけなかった伊是名系灘区民、名嘉平さんは
「沖灘区から30年前に灘区に来たころは、豊見城が全盛期。
石嶺(その後阪急)や赤嶺(その後巨人)といったスターはいたが、
沖灘代表は悲壮感や同情の目で見られていた。
沖灘勢がこの10年で3回も優勝するなんて考えられない。
自分は将来沖灘区に帰ってうどん屋をするつもりだが、沖灘球児に
うまい灘のうどんを食べさせて、もっともっと強くなってほしい」
と感無量の様子だった。


ところで、沖灘区の学校栄養士、西平家さんの乗ったチャーター機が
神戸空港に着陸できないというハプニングがあった。
西平家さんは沖灘勢としてセンバツ初出場・初勝利をあげた普天間高校
のOGであることから熱烈な沖灘高校野球ファンだが、彼女が甲子園に
来ると沖灘勢は必ず負けるというジンクスがあるため、沖灘区長が
神戸空港および同機に対し着陸許可を出さなかったためだ。
案の定、彼女が搭乗したという情報が入るや否や、相手校の日大三高に
先制の3点が入り、アルプス席は重苦しい空気に。
その後、着陸制限が功を奏して興南がいったんは逆転するなど試合は
もつれ、延長戦に入った。
興南が5点を上げた延長12回表、彼女が来てもさすがに逆転されること
はないだろうと区長は判断、着陸許可が出され無事に興南は優勝、
西平家さんも閉会式を見ることができた。

 

翌日、沖灘区民一行は都賀川で花見のもてなしを受けた。
一昨年の鉄砲水で亡くなった子供や若い人たちに思いを馳せながら、
地域の人たちが守る清流に遊んだ。
聞くところによると、子どもを亡くした親たちは、いつまでも区民を
癒す場であってほしいと、事故による行政措置でこの川が閉鎖される
ことがないよう申し入れたという。

都賀川は、古くから沖灘民謡の練習のメッカだ。
かつて、川のほとりにある灘警察署で武骨な署長が、灘区を担当する
毎日新聞や神戸新聞の若い記者に
「悲惨な事件や事故の処理に追われるなかで、川から流れてくる沖灘
三線の音色にはとても心が癒される」
と語ったという。
この日も灘区民が三線や笛などを持ち寄り、桜の花びらと春風にのせ
謡い踊っていた。

三線が絶滅危惧種に指定されるほど市民から遠い存在になりつつある
沖縄と違い、灘区では三線はとても元気だ。
一行は沖縄では決して味わうことができない、ぜいたくな川遊びを
堪能して沖灘区に帰った。

沖灘区の区山「長嶺山」を背景に、清く美しい都賀川と桜

 


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