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2008年12月26日(金曜日)

灘にあった南西諸島連盟 第2部 その5

カテゴリー: - utinadanchu @ 23時18分50秒



▼ 沖縄人連盟兵庫県本部は、大山朝繁会長を中心に関西本部の名称変更の真意と兵庫県本部の対応策について検討を重ねた結果、南西諸島連盟への名称変更を求める関西本部の申し入れを拒絶し、同本部を脱退することを決定した。理由は、(1)南西諸島という薩南諸島から八重山群島までを総称するための組織名称では、総ての運動で主体性と迫力が著しく減退すること、(2)背後に沖縄人連盟とはまるで次元の異なる目的を持つ政治団体の加盟員とシンパの関係にある沖縄人連盟関西本部の事務局長と神戸の南西諸島連盟会長が共謀し、利権獲得と党利党略の足場作りを企んだ絶対に許せない行為であるから、というものだ。その後、大阪の南西諸島連盟関西本部は名称変更後ほどなく「南西諸島連盟」と「沖縄人連盟近畿本部」に分裂し、紛糾する。やがて東京の総本部の裁定により「沖縄人連盟近畿本部」は解散、「南西諸島連盟(大阪)」は沖縄人連盟関西本部に名称を戻すことで決着がついたという。
 一方、「所属政党」の勢力拡張を目指す「フラクション活動家」(上江洲氏の言葉から)は沖縄人連盟兵庫県本部に伸張し、1947(昭和47)年5月に社会党から尼崎市議に当選していた上江洲氏は同年7月に辞任した。1カ月後に上江洲は沖縄青年同盟兵庫県本部(沖縄県人会兵庫県本部青年部の前身)の執行委員長に推挙され、青年部組織で組織闘争が継続される。これで、沖縄県人会兵庫県本部35年史で上江洲氏が力を込めた「党利党略」「所属政党」の意味がようやく明らかになってきた。社会党から出馬した上江洲氏にとってのフラクション組織が共産党であろうことは、想像できる。

 

▼ 神戸における沖縄出身者の中心は、沖縄人連盟兵庫県本部副会長を兼ねる大城清蓮が代表を努める「神戸在住沖縄県人連絡取扱事務所」だった。実は、同事務所の相談役は1923(大正12)年に大阪で関西沖縄県人会を作り、戦後に東京で全国組織の沖縄人連盟創設にも関わった沖縄出身の活動家、井之口政雄だったという。井之口は1947(昭和22)年4月、戦後初の国政選挙で共産党所属として兵庫2区から立候補(落選、2年後の総選挙で雪辱)している。一方、代表の大城は、日本最大のスラムといわれた葺合区の「新川」を救済した社会運動家で宗教家の賀川豊彦と接点があった。そう、神戸では泣く子もサンライズ(メロンパン)を食う、灘神戸生協(コープこうべ)の産みの親だ。先に挙げた1946(昭和21)年1月の神戸新聞記事「悲惨な沖縄同胞に同情 街の義人が連絡事務所を開設」で「神戸在住沖縄県人連絡取扱事務所」設置に関し大城は「(沖縄人連盟は)東京に本部があり全国各地に支部があることはあるのですが、徒らに寄付金を集めるのみで何等仕事をしてをりません」と語った。そして、少年工を中心とした沖縄出身者の惨状に「賀川先生に御願ひして沖縄の事情もきき連絡をつけてやりたいと思ひます。しかし実際問題として生活に苦しむ人々に就職の斡旋をしてやり、悪への凋落を防ぎたいのです。神戸在住の沖縄県人は速やかに当事務所に連絡していただきたい」とコメントしている 。

 

▼ 当時、日本共産党は沖縄・奄美群島の米国占領を「日本からの解放」とし、占領軍を「解放軍」と捉えていた。さらに「沖縄人は日本人ではない」とする東京の全国沖縄人連盟に呼応していた。1946年2月の党大会で、日本共産党は沖縄人連盟あてに「沖縄民族の独立を祝う」というメッセージを採択している。東京の沖縄人連盟の「在日沖縄人」などの表現や共産党との関わりについては、総会でも混乱した状況にあった。しかしながら、沖縄人連盟兵庫県本部は、沖縄を日本として扱うことを主張している。一方、先にあげた神戸新聞記事で奄美大島連盟神戸支部が「親米の精神に則る」としていたように、奄美系組織にも共産党の流れがあったようだ。奄美系団体および神戸の沖縄系団体は親米派すなわち独立を目指す共産党系で、尼崎の沖縄人連盟は本土復帰派すなわち社会党系だったのか。つまり神戸の南西諸島連盟は共産党系で、この共産党系の進出により沖縄人連盟兵庫県本部は混乱に陥り、上江洲が辞任するなどの混乱があったのではないか。ちなみに占領下にある沖縄本島で1947年に発足した非合法沖縄共産党(沖縄人民党)は、日本復帰ではなく沖縄独立を掲げていた。同じ時期に結成された奄美共産党も、米国に弾圧されるまで「奄美人民共和国」の樹立を掲げた。(沖縄、奄美の共産党については諸説あり)

 

▼ 昨日12月25日クリスマスは、そんな奄美群島が沖縄より19年も早く本土復帰を果たしてから55年目の節目だった。
(つづく)
 
 

 


2008年12月20日(土曜日)

灘にあった南西諸島連盟 第2部 その4

カテゴリー: - utinadanchu @ 00時22分53秒



▼ 「問題は神戸市灘区で、南西諸島連盟という鵺(ぬえ)的組織が結成された事で始まりました。徒花のようなこの組織は看過できない重大な側面をかかえて、否応なく沖縄人連盟(大阪・兵庫)を渦中に巻き込み、組織の存立にかかる大混乱に陥れました。
 この奇怪な組織(数年も経ず消滅しましたが)は、奄美出身のNとMが共謀し、援護物資の払い下げを目的にでっちあげた組織であることは明白でした。彼らがこのような邪道に走ったのは、沖縄人連盟兵庫支部連合会(兵庫県本部)の、兵庫県からの援護物資払い下げに、目が眩んでの暴走であったのは疑う余地がありません。
 沖縄人連盟の援護物資払い下げは、日本政府宛マッカーサー覚え書に依拠して行った組織行為であり、国内に母県を持つ奄美連盟等奄美出身者の組織が、マ覚え書の適用外であったのは止むを得ないことでした。然し私利私欲の利権に目が眩んだ前記NとMやその一味は、南西諸島の呼称と被せて組織名とし、沖縄出身者も総て包含していると偽り、兵庫県に援護物資の払い下げを申請しました」。

 

▼ 上江洲によると、沖縄人連盟兵庫県本部の発足当初、奄美大島の関係者によって組織された南西諸島連盟との合流問題が持ち上がったという。敗戦後も沖縄とともに日本から行政を分離された奄美大島は沖縄と同じ運命にあり、共同歩調をとることについて異論のあろうはずはなかったが、一つの組織として合流してしまうということになると問題は別だとした。日本から行政上分離されているとはいっても立場が異なる、というのだ。沖縄は県ぐるみ無くなってしまったのだが、奄美大島の場合は鹿児島県という母県を持っている。完全に統一した運動を組みにくい。どこかで食い違いが生じるだろう。同じ組織の中で意見の食い違い、とり組みの違いが出てくるとうまくいかなくなる。分裂せざるを得なくなる。それよりは、あくまでも別の組織で、お互いを尊重し合いながら連帯して運動にとり組んだ方がより建設的である−−というのが沖縄人連盟兵庫県本部の言い分だった。

 

▼ 沖縄人連盟兵庫県本部は、神戸ではすでに東神戸、生田、西神戸の三地区に沖縄人連盟兵庫県本部の傘下支部が結成され積極活動しており、生田支部内には用地を確保して活動拠点の建設を目指していたという。県や神戸市、尼崎市をはじめ各行政機関との関係も円滑に進展しており、「局地灘区の南西諸島連盟は、もう当方には些かも妨げになる存在ではありませんでした。やがて消滅するのは明らかでしたので、同組織の存在は、完全に眼中から消えかかったのです」(上江洲)。
 ところが、大阪では沖縄人連盟は南西諸島連盟に合流してしまった。大阪沖縄県人会連合会の記録では、「こうした困難な情勢の中で県人の生活と権利を守るために県人会づくりがスタートした。昭和21年2月21日、東京都共立講堂において全国沖縄人連盟を結成、同年4月には大阪市中之島公会堂において南西諸島連盟大阪本部(資料によっては関西本部)を結成し、大阪の各地区に支部を設けた」とあり、「名称については、同じ占領下にあった奄美諸島も加入していたので、幾多の経過をたどり、今日に至った」としている 。上江洲は「神戸にあった南西諸島連盟の方は、そこで『我々は沖縄をも含めた南西諸島の団体である』というふれこみで、われわれと同じように、兵庫県庁に向けて救済物資の払下げ交渉に入ってしまった。現に、南西諸島連盟の役員に沖縄出身者がいたから、話はますますややこしくなって、兵庫では大きな混乱が生じてしまったのだった」と語っている。

 

▼ 先の1946年8月の神戸新聞記事で奄美連盟の灘支部が解消されたこと、神戸在住沖縄県人連絡取扱事務所の代表者である大城清蓮が尼崎の沖縄人連盟兵庫県本部の副会長に名を連ねていること、多くの沖縄人名士は灘南や脇濱に住んでいたことなどから、南西諸島連盟は奄美連盟から合流した一派と神戸で沖縄出身者の窓口となっていた大城らが立ち上げたのではないだろうか。特に神戸には神戸製鋼や川崎製鉄勤務者に代表される、尼崎とは異なる階層の沖縄県出身者が多くいたことで、後で述べるように南西諸島連盟が戦前からのプロレタリアートの流れを組んでいる可能性も否定できない。
 南西諸島連盟は他地域では見られない奄美と沖縄のハイブリッド組織である。神戸では、同じ中国系が多い横浜などでは絶対にありえないことだが、華僑組織や華僑学校は大陸系と台湾系のハイブリッド組織になっている。奄美と沖縄のハイブリッドも、神戸らしいボーダーレスな一面かもしれない。実際、神戸には沖縄出身者と奄美出身者が結婚して生まれた琉球ハイブリッド2世は多い。(つづく)
 
 

 


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