▼ 終戦翌年の1946(昭和21)年4月29日付神戸新聞に、次のような広告が掲載されている。
「南西諸島帰還者へ告ぐ 帰還者にして兵庫県在住沖縄・大島人は左記連絡事務所へ申し込まれたし。南西諸島連盟
兵庫県本部 神戸市灘区篠原南町三丁目一七 但し市電将軍通終点二丁上ル
長田支部 神戸市長田区久保町二丁目三六
中部支部 神戸市生田区中山手通1丁目九五ノ三、生田神社前喫茶店アンデス武 哲義方
葺合支部 神戸市葺合区宮本通三丁目九 碇山久輝方
灘支部 神戸市灘区畑原市場内 前田久吉方
西宮支部 西宮市高木字石訳四一 老山?人方
但し、芦屋・御影・住吉・本山・魚崎・淡路・明石方面在住者は直接、兵庫県連合会へ連絡相成度」
▼ 南西諸島連盟!なんと強引なネーミング。本部は灘区篠原南町3丁目17、市電の将軍通駅を2丁上がったところとあるから、春日神社を西に行って六甲登山口から将軍通交差点に伸びる広い道と交差するあたり。校区では六甲小−長峰中校区で、たしかに昔から人情や顔だちに南のにおいが香るエリアだ。ちなみに、このタテの道は戦前にはすでに今の広さに整備されていた。
▼ 灘の篠原で南西諸島が連盟していた。なんだか血湧き肉踊る話だ。「灘支部 神戸市灘区畑原市場内 前田久吉方」というのも、「沖声灘語」の読者でその筋の人には非常に気になるところだろう。都市社会学的で堅い話になるだろうが、次回からは「南西諸島連盟」のナゾを中心に、戦前戦後の灘および神戸で繰り広げられた南西諸島出身者や沖灘人の風雲録を、ぼちぼち追っかけていく。
※沖灘区事務所のネット環境にトラブルが発生しているため、掲載が遅れたことをお詫びいたします。
灘⇔沖縄 通い船対談
vs よねちゃん 様
今年の夏休みは琉球エクスプレスに乗って沖灘区の事務所に行くぞ!!!
沖灘区事務所は極めてアナログな環境で、いつどんな生態系トラブルが
発生するかわかりませんが、ぜひぜひお越しください。
安謝新港にて、紅型に花笠姿でお待ちしております。 by 沖灘人


(継続中) - 11月23日
11月29日

いよいよ「南西諸島連盟(南諸連)」のナゾに迫るワケですね!
楽しみです。
Comment by naddist — 2008年6月6日(金曜日) @ 10時51分28秒