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2008年4月30日(水曜日)

第1回都賀川シーミー会

カテゴリー: - utinadanchu @ 17時36分37秒

 
沖灘唄三線を奉納する沖灘人女性たち


▼ 新暦の4月5日は、二十四節気の「清明」。沖縄県では、5日からゴールデンウイークにかけての土日に、親族や各家庭で清明祭(シーミー)という行事が行なわれる。沖縄特有の大きな墓の前に一族や家族が集り、持ち寄った重詰などの料理を祖先に供え、宴を開いて先祖とともに楽しいひとときを過ごす。灘区の摩耶山ハイキングやソマ谷の飯ごう炊さんに匹敵する、沖縄のピクニック的行事だ。

 
供え品。手前はヒラウコー(平御香)、ウチカビ(紙銭)、菓子類、塩

▼ 沖灘区でも陽気に恵まれた4月27日午後、灘区のヘソにあたり、灘三線の聖地である都賀川で「第1回清明会」が行なわれた。今回は4月10日に亡くなった王子動物園の諏訪子を故郷インドへ送り出すこと、神戸港で生まれた「通い船」「懐かしき故郷」など阪神間で沖灘区ゆかりの民謡を数多く作詞作曲した普久原朝喜・京子夫妻生誕100年を祝いを兼ねて行なわれた。即席の沖灘笛講習会も行なわれた。

 水道筋の逸品を集めた重詰料理

▼ 沖縄小禄村・高良門中の血筋にあたる水道筋在住の沖灘民謡師範(上野中OG)が、加古川での舞台もそこそこに駆けつけ集まった沖灘系住民とで唄三線を披露した。お供えには大黒正宗、オリオンビール、沖縄の菓子、紙銭、平御香に水道筋の逸品を集めた重詰料理という、沖縄式と灘式が混ざった品々が飾られた。現地で生けツバスや沖永良部島の「日本一早い新ジャガ」が炭火で焼かれ、春のおだやかな1日を沖灘式料理と唄三線で過ごす楽しい1日となった。夕方からは、GW明けにオープン予定の「通い船」(東畑原市場近く)2階で懇親を深めた。

 ツバスを仕込む沖灘職人



灘⇔沖縄 通い船対談

vs naddist 様
「残念ながら、琉宝が閉店したと聞きました。
沖灘の名店がまた一つなくなるかと思うと
心が痛みます。
沖灘の歴史で煮染められたような風情を
しっかりと記憶に焼き付けたいと思っています。
琉宝の思い出を募集してみてはどうでしょう?」


先日、店を訪れてみました。
ドアは閉まっており、ガスメーターの使用中止の
タグを見て閉店を現実のものと確認しました。
本当に残念で、思い出が与那国馬灯のように
頭の中を駆け巡ります。
確実に時代が移り変わっているのですね。
いよいよ「通い船」ナダ東畑原店、ナハ天久店も
開店することですし、沖灘区新時代かも
しれないですね。 by 沖灘人


2008年4月23日(水曜日)

生まれくる? 沖縄の「兵庫」(紅型編)

カテゴリー: - utinadanchu @ 03時15分55秒



▼ 琉球王朝時代、首里城につながるメインストリートは、今はない中山門から守礼門まで、現在の日本における最古の舗装路だった。しかも香を交えた珊瑚石灰を敷き詰めていて、道は崇高な香りを放ちながら白くまばゆく輝いたという。その中山門のあったところに、「琉染」という紅型工房がある。沖縄の町並みでも珍しい、合掌造りの木造建築だ。

▼ 沖縄戦で焼き尽くされた沖縄本島で、いちからの文化復興が始まった。紅型は技術力が低下しており、化学染料に頼るようになっていた。だが色落ちが避けられず評判を落としていった。沖縄の本土復帰前、この状況について京都の山岡古都氏が相談を受けていた。すでに友禅染めの大家であり、草木染めの第一人者だった。

▼ 復帰翌年(1973)、沖縄の紅型に伝統的な草木染めを復興すべく、山岡氏が私財を投げ打って立てた工房が「琉染」だ。紅型の復興の全身全霊を投じたが、京都の染色プロであっても「他所もの」ゆえ長期間にわたって地元では「紅型」を名乗らせてもらえず「琉染草木染め」「琉球友禅」といった名称を使わざるを得なかった。

 さんご染め

▼ 地元の紅型の作家や工房は政府から助成を得て今に至ったが、「紅型ではない」山岡氏は自力だった。紅型だけではなく、本土に買い漁られ流出していく沖縄の歴史遺産を友禅を売った金で買い戻すなど、独力で文化保護に努めた。沖縄ブームの中で政府から出る助成金をあてこんで沖縄にやってきて一儲けを狙う現代の本土企業とは、全くの対局にある。

▼ 沖縄文化のすばらしさが万人に評価される時代になった。山岡氏の尽力が語られることはないが、彼がいなければ沖縄の文化の今はないという人も少なくない。残念ながら2年前に亡くなられた。京友禅の大家として知られるが、兵庫県淡路島の出身だ。沖縄戦直前に死を覚悟して赴任し、県民の救済に尽くして殉職した戦前最後の沖縄県知事、島田叡氏とともに沖縄の兵庫人としてもっと評価されてよい。

▼ 琉染は現在、娘夫婦が継いでいる。天然の草木染めによる紅型や、山岡氏が編み出した「さんご染め」が4月のうりづんの風が薫る首里にさわやかに揺れている。

 紅型



灘⇔沖縄 通い船対談

vs naddist 様
(「そうめん編」について)
「タシヤーでもプットゥルーでもありませんが、
夏になると東畑原市場に灘目そうめんを使った沖灘メニュー
『灘目ひじゅるーそーみん』が登場しますよ」


をををおー、それはぜひ沖灘料理の定番にしなければ。
後日広報しますが、沖灘区那覇事務所が4月末に移転し、
「通い船那覇店」も併設することになりました。
といっても近所の人や沖灘区民が集う非常設の
縁側ゆんたくカフェみたいなもんですが。 by 沖灘人



2008年4月15日(火曜日)

生まれくる? 沖縄の「兵庫」(そうめん編)

カテゴリー: - utinadanchu @ 23時45分27秒



▼ 現代沖縄料理のひとつに、そうめんを野菜やポークで炒めた「そーみんチャンプル」がある。「現代」とつけたのは、昔はそうめんをチャンプルとして油だけで炒めたのではなく、「そーみんタシヤー」すなわち水気を多めにして炒めるのが主流だった形跡があるからだ。チャンプルになったのは、米軍に占領されてからステーキやポーク缶が入ってくるなどして油で強火で炒める料理が強調されたせいか。

▼ かつては台風が近付くと、そうめんのストックが家庭の関心事となったらしい。台風通過中は商店から生鮮食料品が消えるため、ありあわせのものを入れてそーみんチャンプル大会になったようだ。今はいたるところに大型スーパーができ、食糧供給が豊かになった本島ではそういうこともないだろうが、離島では台風になると昼からそーみんチャンプルにビールだ。非常食的な側面も、タシヤーからチャンプルに移行した原因かもしれない。通常のダシで食べるそうめんの方が手軽にできるだろうに、やはりチャンプルなのだ。

▼ そんな県民食のそうめんは、ほぼ100%県外依存である。県内業者が出しているものもあるが、県産かどうかは疑わしい。そして、数あるそうめんの中で、そーみんチャンプルに使われる最も人気が高い最高級そうめんは、兵庫県産「揖保の糸」である。スーパーにずらり並ぶ各県産そうめんの中で、最も高価だ。神戸で買ったことがない(そうめんはもらいものと相場が決まっていた)ので、写真(那覇市内のスーパーでのもの)を神戸市内での小売価格と比べてほしい。

▼ 灘目そうめんでないのが返す返すも残念だが、沖灘区ではぜひ灘目そーみんを正統派のタシヤーで味わいたい。価格はいったいいくらになるだろうか。最高級沖縄料理に格付けされるのは間違いない。



灘⇔沖縄 通い船対談

vs naddist 様
「最近、琉宝が店を開けていません。
閉店したという情報もあるのですが、何かご存知でしょうか。
そうだとしたら、諏訪子に続き残念なことです」


まじですか!
こないだ帰灘したとき、行っとけばよかった。
何度も前を通ったのに。
もし閉店なら、「よさこい」以来の衝撃ですね。
なは号、兵庫沖縄友愛スポーツセンター、諏訪子と、この春は
悲しい別れが続きますね。 by 沖灘人



2008年4月8日(火曜日)

生まれくる? 沖縄の「兵庫」(さんぴん茶編)

カテゴリー: - utinadanchu @ 00時22分38秒



▼ うちなーむん(沖縄モノ)の神戸誕生話をもう1話。これも灘発信ではないのが残念だが。
 沖縄で愛飲されているお茶といえば、いまやすっかりおなじみとなった「さんぴん茶」。普通のジャスミン茶だ。中国語では「茉莉花茶」(もーりーほわつぁ)以外に「香片茶」(しゃんぴぇんつぁ)とも呼ばれているそうで、それが琉球王国時代に首里に入り、外来語の沖縄方言としてさんぴん茶の名前で定着したようだ。

▼ 植物としては「茉莉花」が方言化して「ムイクワ」「ムリカパナ」と呼ばれたジャスミンは、かつては沖縄の家庭で植えられ、花を摘んでお茶に浮かべたり、お茶が手に入らない時代や地域では、お湯に浮かべて香りを楽しみながら飲まれた。沖縄戦後、例によってアメリカ化、日本本土化する中で、80年代には年配の方しか飲まなくなった。93年、そんな逆風に対して果敢にヤンバルに工場を持つ沖縄ポッカが缶入りで発売。「年寄りが飲むもの」「アイスでは飲めない」と当初は見向きもされなかったが、徐々に売れ始め、2000年代に入り大化けした。

▼ 後発商品の中で、神戸から沖縄に向け販売されているものがユーシーシー上島珈琲の「さんぴん茶」。マルちゃん「沖縄そば」同様、製造地元の神戸市内では一般的な小売向けには販路を設けていないと思われる。神戸で生産されるのは、原料が中国から入荷しやすいからか。ちなみに沖縄ではジャスミンの栽培は極めて少なく、沖縄で販売されるサンピン茶のほとんどが中国産。市販される中国物産も沖縄より神戸の方が安い。不安感が高まる一方の中国産品だが、サンピン茶に関しては産地にはほとんど無頓着に飲まれている。


4月に沖縄の各家庭で行われる先祖行事「清明(シーミー)」にも



灘⇔沖縄 通い船対談

vs naddist 様
(木戸食品のNo1ソースについて)
「うちでは一時『A-1ソース』がはやりました。
ちょうど『ブーンドレッシング』がはやった頃でしょうか。
土井のコロッケにかけて食べると、一気にブリティッシュ系になりました。
『灘ソース』とブレンドしてお好みソースにするという荒技もありました。
スパイシーすぎてどうしょうもなかったですけどw


A-1とNo1、うちでも「プリンセスどろ」と合わせたりして「沖灘ソース」
として使ってます。やはりハンバーグとか安いステーキなどのプレートものに
合う気がしますね。ホウレンソウ炒めとかにもいけますねー by 沖灘人



2008年4月2日(水曜日)

生まれくる? 沖縄の「兵庫」(ステーキソース編)

カテゴリー: - utinadanchu @ 23時46分31秒



▼ 前回の誕生ネタついでに、もう1回。灘発ではないのだが、神戸エリアで生まれ沖縄で多く消費される意外なうちなーむん(沖縄もの)がある。

▼ 「DREAM No.1ステーキソース」。沖縄では、米国統治時代に入ったイギリス製のA1ソースとともにスーパーに並ぶ定番商品で、A1ソースよりやや高級。A1ソース同様、沖縄のステーキには欠かせない、酸味がくせになる味だ。アメリカ製品を思わせるパッケージデザインだ。

▼ 製造は、木戸食品合資会社。明石にある。同社は戦後まもなく、食酢とソースの製造販売でスタートした。沖縄への思い入れがあるのか、この会社はほかにも「ゴーヤチャンプルの素」というソースを作っている。



灘⇔沖縄 通い船対談

vs naddist 様
(マルちゃん「沖縄そば」について)
「う〜ん深江(ヒガシ灘)か〜残念w
ソーミンチャンプルー用の灘目そうめんを逆輸入という
可能性はありますか?(あれも今は北区で作っていますが…)
OEMモノとか調べてみるのも面白そうですね」


その件は次回以降に掲載しましょう。
残念ながら灘目そうめんではないですが、
ぜひ実現してほしいアイテムです。 by 沖灘人



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