西の琉宝、東のめんそーれ、都賀のよさこい vol.7
たぶん、今回の話はかなり長くなる。灘と南西諸島の形而上的な関わりに触れなければならないからかもしれないし、単に年末年始と私事で忙しいから1回あたりの原稿量が短くなるというだけのことかもしれない。
ちょっとだけ深い思いがあることは確かだ。
▼ 水道筋商店街を東に抜け、都賀川を越えたすぐのところ。少し前まで橋の浜側の東詰に、赤い看板に「しんちゃんぎょうさ」と書かれた、朽ち果てたトタン屋根の小さなバラックがあった。今はどうなっているのか知らない。更地になっているという話も聞いた。市有地だったのか、それとも市有地にするのかで、所有者が立ち退きを渋っていたと聞いたことがある。
▼ 「よさこい」という、どちらかというと貧乏人や学生が集まる小さな中華料理屋だった。地域には、この店をどことなく蔑んでいる人と、親しみを持って受けとめている人が混在していた気がする。5年前まで、「しんちゃん」という主人がこの住宅兼店鋪に住んで鍋を振っていた。彼が帰らぬ人になってから、建物はしばらくそのままになっていた。
▼ 2002年6月に亡くなったとき、しんちゃんは70歳を超えたばかりだった。奄美でいうニラヤカナヤ、あるいは沖縄でいうニライカナイの神は、労働と酒に明け暮れた波瀾の人生の幕引きと見たのだろう。願いどおり、生まれ育った灘の仕事場で、酒と友に囲まれあっけなくあの世に行った。
灘⇔沖縄 通い船対談 vs naddist様
「出勤前の小夜子ママ、たまにお会いすることがあります。
お孫さん、そんなに大きいのですか。
でも「灘のおばあ」なんていったら怒られませんかねw
ネーネーとは言わないまでもせめて灘のアンマーくらいでw」
たしかにめんそーれのママは、おばーというには若々しすぎ
ますかね。かなり苦労されているのにね。
きょうからはじまる話の主人公「しんちゃん」は、生きていれば
文字どおり「灘のおじー」なんですが。
生きていてほしかった沖灘人のひとりです。
ところで、しんちゃんって王子動物園にもいませんでしたっけ。


(継続中) - 11月23日
11月29日

しんちゃん=神ちゃんですね、チンパンジーの。
よさこい、結局入店できずじまいでした。無念です。
今、都賀川界隈で「しんちゃん」を襲名しているのはここです↓w
http://www.nadatama.com/modules/wordpress7/index.php?p=36
Comment by naddist — 2007年12月8日(土曜日) @ 10時46分16秒
いよいよ「よさこい」ですねー!w
当方はどんどん思い出せることが減って来ています…
続編楽しみにしております!
Comment by komatsu — 2007年12月11日(火曜日) @ 14時30分09秒