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2007年9月26日(水曜日)

沖灘化する灘 その2「かりゆしウエア」

カテゴリー: - utinadanchu @ 02時35分24秒

帰灘特集 灘で感じる沖縄 vol.3 FEEL OKINAWA IN NADA





灘中央筋商店街にて。「今、売れてます」
手ぶれですんません。

▼灘区中央筋商店街といえば沖灘区の灘事務所があり、区内の沖縄・奄美関連のクオーターバックである。戦後まもなくは、米軍に占領された同胞の救済拠点として「南西諸島連盟」が置かれたこともある。東側の市場には、戦後沖縄出身者が帰還船で帰るまで配給物資で闇市を開いたところもあった。のちの「奄美市場」、改め「東畑原市場」界隈だ。

▼この沖灘の聖地には、なんの変哲もない商店街の紳士服屋に「かりゆしウエア」が置かれている。かりゆしウエアとは、沖縄県内で縫製されデザインに紅型風の柄や沖縄の自然が施されているもの。アロハと似ているが、生地も柄も異なる。国内の75%の米軍基地を押し付ける引き換えにクールビズ運動で宣伝してあげますよーと、前々首相や小池百合子がテレビの前で数回羽織ったあれだ。

▼盆だったが、在庫は数着しかなかった。中堅世代の男性によく売れたという。自分はその世代だが、商店街で服を買ったといえば、中学時代に赤玉でプーマのジャージを買ったくらいだ。水道筋にかりゆしウエアを買いにくるワーカーが結構いるとは、まち好きな神戸新聞の記者もmeetの編集者も気づいてはいまい。さあ、あなたも灘中央で買った「かりゆし」を着て新家や汽笛亭、チンタに繰り出そう!


naddistさんから「アカバナー確かに増えてますね。マリーゴールドを駆逐する勢いがあります。
特に城の内通(グスクヌンチ)方面に増えている様な気がします」とのコメント。
そうすると城の下通は「グスクヌシチャ」、天城通は「アメグスク」ですね。
篠原北町は「シノバルイリマチ」なわけですな。
マリーゴールド、もうあまり見ない気がするなー


2007年9月18日(火曜日)

沖灘化する灘 その1「アカバナー」

カテゴリー: - utinadanchu @ 12時09分37秒

帰灘特集 灘で感じる沖縄 vol.2 FEEL OKINAWA IN NADA



青空と六甲の緑とJRの高架に映えるアカバナー


灘の軒先にて

▼今夏に帰灘した時は、かつて経験したことのない暑さを味わった。マンションが異常なほど日中の熱をためこんでしまい、日が暮れてもコンクリートがためこんだ熱は放出されず、窓をあけても全くの無風で石焼きビビンバ状態だった。地域全体に温室ガスが充満しているようだった。沖縄本島や沖灘区の方がはるかに涼しいと感じたものだ。

▼温暖化の一面だろう。気温だけではなく、動植物の南方化も気になった。クマゼミやシロオビアゲハが増えたことは、かなり前から感じてはいた。沖縄ではそこらじゅうにあるランタナ、ヤドリフカノキも、灘のあちこちの庭先で見るようになった。今夏の灘で目についたのは、アカバナーだ。

▼アカバナーは、中国南部原産のハイビスカス。灘駅北側などでアカバナーは見られた。今年は、これまでにない鮮烈な赤い色のアカバナーをあちこちで見た。沖縄をしのぐ太陽の照り返しがある風景にぴたりあてはまる感じだ。同じ南方中国原産のサルスベリやフヨウもよく目についた。車も少なくどこかのんびりした灘の町の方が、渋滞だらけで歩ける道も少ない那覇より南方の花が映える気がする。

▼もともと灘は海に向かう南向き斜面に沿って、白っぽい壁が並ぶ明るいロケーションだ。震災で、被災者の足元しか見ない住宅メーカーが大量にネズミ色した工業製品の住宅を持ち込んだことでぶち壊されたが、本来的には南の樹花が似合う土地柄だ。観賞用としてトックリキワタやアリアケカズラ、有用種のゲットウやジャワナガコショウもいけるのではないだろうか。花葉で脱セキスイ、そして灘の沖灘化だ。


2007年9月11日(火曜日)

沖灘化する灘 序章「阪急六甲夫人のミンサー」

カテゴリー: - utinadanchu @ 23時55分23秒

帰灘特集 灘で感じる沖縄 vol.1 FEEL OKINAWA IN NADA




盗撮と間違われないか(実際、盗撮なんですけど)びくびくしながら撮った、
阪急六甲夫人のミンサーバッグ

▼「最近よー見るやん」といわれればそれまでだが・・・。先月、帰灘していた時の話。阪急六甲から電車に乗り、何気に前の婦人のバッグに目をやると、「何時の世も一緒に」のテクスチャーが。八重山のミンサー織りで知られる絣の文様だ。ちなみに「沖声灘語」のタイトル横にも使われている。朝ドラ「ちゅらさん」でお馴染みになった。思わず「沖縄の人?」と声をかけそうになったが、よく考えれば旅行者の方がよく持っている。

▼阪急御影のローソンのアルバイトの名札に「伊波」と見つければ「沖縄のどこ?」と声をかけそうになり、六甲道の商店で荷積みをしている佐川急便の後部扉にある名札に「津嘉山」とあれば「がんばって」と声をかけそうになってしまった。灘生まれでも沖縄に住んで沖灘人になれば、こういう同胞意識が強くなるのはなぜだろう。絣文様と同様に名前で本拠地を識別されるのは、なんだかうらやましい気がする。

▼自分が灘人であることを表出する方法は、今のところ使えもしないのにさりげなく「六甲道−大阪」の文字が入ったICOCAを出すか、三線のケースに貼られたnaddistのロゴステッカーくらいしかない。「見れば灘人」とわかるテクスチャーは作れないだろうか。さりげない「灘絣」みたいな文様が欲しい。ハンカチやTシャツ、楽器を入れる布袋、パソコンの画面などに使いまくりたいので、灘のみなさん、どなたかデザインしてくだされ。


2007年9月4日(火曜日)

糸満にひるがえる「六甲」

カテゴリー: - utinadanchu @ 08時00分00秒

沖縄で感じる灘 FEEL NADA IN OKINAWA 



いとまんファーマーズの「六甲」


▼ いつだったか、首里城の南側の坂道にある「マンション六甲」を本稿で
紹介したことがあったと思う。沖縄で「六甲」に出会える場所が、近くにも
うひとつある。那覇の南、糸満市にある「いとまんファーマーズ」だ。

▼ 海人の町、糸満。糸満漁民といえば数百年前からサバニ(小型の木造帆
船。「小舟」の沖縄方言)を駆ってインド洋まで出漁したことで有名だが、
農業も盛んだ。農園でワインも作っていて、ここでも売られている。

▼ その糸満ワインの棚の横に、「JA兵庫六甲」と書かれた幟と神戸ワイン
が並んでいる。JA糸満と提携関係にあるらしい。他県でなら実に他愛もない
ことだろうが、沖縄では砂漠で旅人に会ったような気持ちになる。

▼ 沖縄では、沖縄以外の日本はすべて「本土」「ヤマトゥ(大和)」「ナ
イチャー(内地人)」で一括りにされる。そんな中、「六甲」という文字が
自己主張しているようで嬉しい。うちらは本土とか大和とちゃうで、灘やで、
神戸やで、と。


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