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2007年7月18日(水曜日)

海の日にアイススケートin 沖縄

カテゴリー: - utinadanchu @ 02時54分14秒

沖縄で感じる灘 FEEL NADA IN OKINAWA 01「スケート」



沖縄の白い恋人達。こけまくる元気おじーを横目に快走する中学生たち
(沖縄県南風原町、サザンヒルスケートリンクにて)

▼ 昨日(7月16日)は海の日。
正午に、安謝新港(神戸行きフェリーが出ているところ)で、一斉に汽笛が鳴るのが聞こえた。
神戸でも鳴ったのかなー、と思いながら家を出て、向かったのはコバルトブルーの瀬底ビーチではなく、白銀の南風原サザンヒルスケートリンク。 気の合う沖灘人仲間6人で納涼スケートに来た。

▼ 実は沖縄には、真夏でもやっているアイススケート場がある。
沖灘区から車で15分。ここは、沖縄で最も冬の灘を思わせる空間。南西諸島で唯一、吐く息が白い場所だ。しかも、うちなーんちゅの子供たちが元気よく滑っていて、みんな上手いのである。昨年の冬に来たときなど、地元の首里中学校の女生徒たちがスカート姿で滑っていた。灘でも夏にスケート場をオープンしていたら、きっとこういう光景だったろうに。

▼ この日もTシャツ短パン姿、野球ユニフォームの子供たちから、半パンジャージの女子中生、普通のスラックスにワイシャツ姿でこけまくっている元気おじいまで、真夏の沖縄の「白い恋人たち」が舞っていた。鬼ごっことかしておおはしゃぎする子や、フィギュアスケートの練習をしている女の子たち。なぜか、おばあはいなかった。たぶん、沖縄でもっともおばあがいないゾーンである。



アイスカチャーシーに興じる沖灘人たち。
中は銀盤輝く白銀の世界、外は沖縄の灼熱の太陽が照りつける

▼ 灘の子供時代、近くにスケート場があった。長峰校区の生徒はヨワタンが多かったが、あの坂とあのスケート場のおかげで逃げ足の早さとスケートのうまさは灘はおろか神戸で群を抜いていた。他校が襲撃をしてきたら長峰坂を駆け上がり、ゲリラ戦で応酬した。スケート場ではこっちから他校の連中にやりたい放題だった。
ただ、よく来ていた烏帽子中の女子には一目おいていた。上手だったし、かわいかったのだ。阪神パークや大阪のラサまで遠征に行くと、地元女子中学生が逆ナンしてきて、かえってびびったものだ。

▼ 久々のスケートについ当時と時代錯誤してしまい、ビールマンスピンからイナバウアー、そしてアイスカチャーシーと、すっかり14歳に戻った気分だった。危うく地元の中学生に声をかけそうになったが、我に帰って自粛した。ちなみに流れる音楽は、「唐船どーい」や「かぎやで風」ではなく、名前のわからない普通のポップスだった。たしかに「唐船どーい」だとみんなこけまくりだし、「かぎやで風」だと前に進まないだろう。自分のころは桜田淳子か山口百恵だった。悪くはなかったが、中学生としてはシルバーコンベンションとかEW&Fなどソウル系のダンスナンバーをかけてほしかった。


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