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2007年7月3日(火曜日)

沖灘語で解く新在家ー東明「那古の浦」

カテゴリー: - utinadanchu @ 17時47分16秒

沖灘地名学演習(4)「ナゴノウラ」


沖縄の「名護の浦」。民謡にも出てくる名勝の地

▼ 徳井の南に東明という地域がある。行政区分上は東灘区御影塚町だが、区界でみると灘区であってもおかしくなく、急進的naddist論者の間では帰属をめぐり「灘の竹島」といわれ領土問題化している。というのもこのエリアは乙女塚、伝統的建造物「武庫の郷」、御影に属するが独立系の東明だんじり、酒心館をはじめとする地酒産業、ゴンチャロフ工場、阪神電車の高架車庫、高羽大橋など灘資源の宝庫であるからだ。東明だんじりは、美女が乗ることでも脚光を浴びる。

▼ この海岸沿い一帯は、かつて「那古の浦」と呼ばれていた。万葉集には「名児の浦」で姿を見せる。石屋川の西、新在家あたりまでが「那古の浦」だったろう。現在、かろうじて町内にある「那古の浦パークマンション」と、先述の「こうべ甲南 武庫の郷」で開催される甲南カルチャー倶楽部の「那古の浦陶芸教室」に名を残すくらいである。

▼ 南島地名研究センター「地名を歩く」によると、全国に「ナゴ」およびそれに近い読みの地名は71カ所存在する。名護をはじめ県内各地に「ナゴ」がある沖縄県を筆頭に、西日本の湾状の海岸沿いに多い。最も東は千葉県館山市の鏡ケ浦周辺のようだ。富山県新湊市の湾が万葉集で「奈呉」と書かれており、「ナゴ」の北限か。また、名古屋周辺には10カ所ものナゴ地名があるという。

▼ 「ナゴ」の「ナ」は、黒潮系海洋民族の古代語で穏やかさを表わす。和語の「なごやか」「薙ぎ」なども、この「ナ」から来ている。「ゴ」「コ」も海岸沿いの地名によく使われる。沖縄なら「辺野古」「津波古」など。「我如古」など丘陵地にも見られることから、平坦さを表わす言葉のひとつかもしれない。また、沖縄に多い地名のひとつ「兼久」(カネコ、カニク)が砂浜を表わすことから、砂の多い地を意味する可能性もある。

▼ 那覇(沖縄南部)、名護(沖縄北部)、名瀬(奄美)、中村(高知)、那賀(徳島)、那賀(和歌山)、那智(和歌山)、名古屋(愛知)、そして灘(兵庫)。こうしてみると、比較的著明な「ナ」地名だけをあげても、南西から東北に45度の角度でほぼ一直線に連なっている。大分県南東部の佐伯市には名護屋湾があり、そこにも灘の地名がある。

▼ 私たち沖灘民族のルーツ、古代黒潮系海洋民族の灘での痕跡を巡る旅。次回はいよいよ「灘」について。

(つづく)



【沖灘地名学演習 補講】

「 西求女塚は、大塚山と呼ばれていたようです。

異常に標高が低い、大阪の天保山みたいなもんですかね。

知られざる灘の山です」とのコメント。

大塚山という名前から推察すると、そこは墓であるという認識はあったけど、

もはや山でしかないという感じだったんでしょうね。

古代、敏馬の泊に出入りする船は、敏馬神社の崖と大塚山に気持ちを新たに

したことでしょう。


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