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2001年7月30日(月曜日)

[010730-97]灘のヤギミルク【なンナンだ11】

カテゴリー: - nada @ 14時11分42秒
...n  a  d  d  i  s  t
...010730-97
...
...naddism Edit.

■CONTENTS==================================================

・なンナンだ11      ▼灘のヤギミルク ・なだっちゅーの76(読者お便りコーナー)      ▼六甲ツアー報告 ・naddist NEWS(naddistからのお知らせ)      ▼地蔵盆ツアー開催!

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今回は、久々に読者の皆様からnaddistに寄せられたナダ疑問をご 紹介する、「なンナンだ?!11」をお送りします。

================================================なンナンだ11

読者の方からこんな灘疑問が寄せられました。

●かめライダー様(現クミン)

先日、おばあちゃんが大石北町に住んでいるという知人と話をして いた時、43号線の近くに住んでいると、やはり大気汚染が原因で 喘息などのアレルギーがでやすい、という話をしていました。彼女 (知人)のお母さんはその43近くの家で生まれ育ったのですが、 やはり体が弱く、喘息気味でした。喘息を治すために一時期空気の きれいな場所に行って直すということは聞いたことがあり、彼女の お母さんもそうしたことがあるとのことです。さらに話は続き、そ のお母さんが住んでいた家には庭があり、なんとそこでヤギを飼っ ていたというのです。ヤギのミルクは栄養が豊富で、彼女のお母さ んも体を強くするためにヤギのミルクを飲んでいたそうです。この 話は今から40年前くらいの話だそうですが、その時代はこの辺り でヤギを始め、ヤギのような動物が日常に飼われていたのか、すご く興味を持ちました。そこで、このnaddistを購読されている方々 にぜひお聞きしたいのです。

(1)43号線などの大気汚染が原因で、喘息等のなったときに、 ヤギのミルクを飲んだことがありますか?またはそんな話はありま すか? (2)ヤギを始め、ヤギのような動物(馬とか牛とか普段ペットと して飼わない動物)を飼ったことがありますか?またはこんな動物 を飼っていたという話を聞いたことはありますか?

ちなみに、私が小学生の頃(約20年前)、友人宅ではニワトリを 飼っていました。毎日1個か2個のたまごをうみ、それを調理して 食べているという話を聞いて、とてもうらやましく思ったことを覚 えています。

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いかがでしょう皆様? 私も小児喘息でした。当時相当空気の悪かった灘を離れて長田の高 取山に避難していた事はありますがヤギのミルクは飲んだ事ありま せん。が、タカバシ東の日米珈琲の珈琲豆運搬箱を改造した小屋で ニワトリは飼っていて朝はいつも目玉焼きでした。 馬や牛といえば、昔(ってつい最近のような気がするのですが)は 灘の市街地にもけっこうたくさん「牧場」や「養鶏場」がありまし た。水道筋ダイエーの北、現在「ハウス六甲のおいしい水積出し所」 があるあたりに六甲牧場があったと聞いています。石屋川車庫も一 時牧場だったとか。烏帽子中の近く、NTTの社宅かなんかあったあた りには「馬場」があったとか。43沿いにも馬小屋がありました。 牛はやはり乳業、馬は酒蔵地区の運搬や、町中の屎尿運搬用だった みたいです。

なんといっても私が小学生の時びびったのは都賀川のJR近くにあっ た「上河原路地奥狭小牧場」。河原児童館へ行く途中、小さな木造 住宅街の路地の奥から、いつも「モ−」とか「ブヒ」とか聞こえて くるのです。気になっていたのですが、何か恐ろし気で夜も気にな って寝られない日々が続きました。ある日友人と勇気を出してその 細い路地に入ってみることにしました。すると奥が少し広くなって いるけどやっぱりどうみても狭い空き地があって…小屋の下で、牛 と馬が仲良く「モ−」「ブヒ」していたのです。恐ろしくて走って 逃げました。そしてまた恐ろしくて寝れない日々が続いたのでした。 そしてTVで「ハイジの夏の家」を見る度に私は「上河原路地奥狭小 牧場」を思い出すという不幸な少年時代を送ったのです。

みなさんはそんな不思議な「灘モ−ブヒ体験」ありませんか? 「灘のヤギミルク」と合わせて情報お待ちしています。

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naddistに頂いた、皆さんからのご意見ご感想や灘情報を ご紹介する「なだっちゅーの!」を、お送りいたします。 メールを下さった皆様、ありがとうございました。

=========================================なだっちゅーの! 76

去る7月20日に行なわれました「夏休みはもう終わり〜DECOと行 く六甲青春ツアー」報告です。 朝から猛暑の中17名の読者の方にお集りいただき、なかなか盛況 でした。阪急六甲をスタートし、まずはヌーベル六甲へ。 ヌーベル六甲では、ヌーベルの生き証人「禄山」の奥さんの話を伺 いつつ、六甲幼稚園下おベンツロードを東へ向かい疑惑の「阪六ガ レージ」へ。再び駅前に戻り、夏が似合う「びっくりしたなあもう 御影風小道」を抜け、灘天然記念物指定間近の「彦六寿司」を経て、 六甲のオアシス八幡神社で小休憩。蚊と鳩と亀の呪い攻撃をうけな がら、金森隆&ルーマーズの『六甲道』、喫茶カウボーイソノシー ト『西部の詩』鑑賞。そして伝説の店「喫茶カウボーイ跡」で合掌 しつつ、いよいよ六甲道「さら灘」地区へ。さら灘作者DECOさんに よる「クラブ○レ−跡」での店内レイアウト説明の後、モリナカの 「六甲山幹アイス」で涼をとり新装オープンした「喫茶L」へ。 「旧柴橋ビル前」でちょっぴりセンチになりつつ、すっかりさら地 になってしまった宮前市場に一同涙。西日が眩しい旧六甲東映前を 通り美人姉妹の「喫茶店H」へ。そして宮前商店街アーケード下で 記念撮影。冷房の効いたフォレスタへ逃げ込み、一般クミンの奇異 の目にさらされながら、再開発前六甲道北口名店位置確認。六甲道 開かずの踏切から六甲センター街入口を東へ入り「焼鳥道場」〜ア ーケードのなくなった八幡商店街〜灘温泉を経て店内に『マシュケ ・ナダ』が流れる「ふくべ」で待望の生ビールと…こんな感じのツ アーでした。 今回は道すがらベテランクミンの皆様方の脳から湧き出る灘エキス たっぷりの町解説で、主宰者としてもとても勉強になりました。 お暑い中お集りいただいた皆さん。どうもありがとうございました。 ツアーの感想もいただきましたのでご紹介します。

●なっちゃん様

こういった会合(?)初めてだったんですが思い切って参加して良 かったです。とっても楽しかったです! 「USJ」よりいっぱい歩いたかもですがおかげ様でビールが美味しか った。また次回楽しみにしています!

●ナダレーヌ様(原クミン)

昨日は猛暑の中、六甲青春ツアーを主催していただいてありがとう ございました。綿密な準備と詳細な資料に感激しました。naddist の皆様と一緒に歩く六甲の町は、自分の住んでる町ながら、新たに 旅人の目で見直すような新鮮さがありました。ヌーベル六甲の「禄 山」さんが奥様一人となられてお店を一生懸命守っていらっしゃる ところなど、時の流れをしみじみと感じました。 でも、何と言っても圧巻は八幡神社で聴く「西部の歌」!あの何と も言いがたい味のあるヨーデルは一生忘れられないと思います。 本当にレアな音源をありがとうございました。また、クラブ・○レ ー跡地に立ってうかがったDECOさんのナマ解説も臨場感あふれ るもので、目の前に着物姿のママたちが見えてくるようでした。 そして、猛暑の中の三時間のツアーの後の「ふくべ」での生ビール のおいしさ!来年もこの時期にまたこのコースで、とリクエストし たくなるくらいのものでした! みなさまとゆっくり歓談できなかったのが、とても名残リおしかっ たです。たん吉さんのナマ三線、もっと聴きたかったです。(でき ればビギンの「涙(なだ)とうとう」などを聴いてみたいな)是非、 またの機会の再会を楽しみにしております。何から何まで準備して くださったnaddist様、本当にありがとうございました。

●ドクターフランキー様(北隣クミン)

カウボーイやミレー跡などは「つわものどもが夢の跡」ならぬ「灘 ものどもが宴の跡」という感じが、切なかったです。DECOさんの証 言も、ありがたかったです。 再開発前は、灘に目覚めていなかったので六甲道駅北界隈の下りは、 あんまり実感がわかなかったですが、駅南の方は、なんとなく洋風 応接室付き和風住宅のお宅なんかが、駅前なのにあった、という記 憶がわずかですが残っています。道も今ほど広がってなくて、確か 東側の方へ拡幅したのでしたっけ。

●きつねっこ様(元学ビクミン)

私は高校時代の元学ビクミンで、しかも隣の区の阪神沿線に住んで いるために、阪神三宮経由で2系統のバスに乗って通学という(三 宮までの定期が買えるので便利だと思っていた)非常に浮気的通学 をしていたために、灘での思い出の場所が高校近辺の銭湯(クラブ の合宿で利用)とか、王子公園駅南のクレープ屋さんとか、結構狭 い範囲に限られています。その私が、阪急六甲でもっとも思い出さ れる場所は、駅北東のビルにあった「コイン式カラオケボックス」 です。ツアー時にはどこにあったのか、場所を確定できませんでし たが、記憶では、そのカラオケボックスはたしか名前に「六」が入 っていたはずです。100円硬貨をじゃらじゃら投入しながらクラブ の仲間と歌ってました。 というわけで、私には古い記憶が少ないのですが、ツアー中は、参 加者の方から、歩きながら次々に「あそこに○○という喫茶店があ った」だの「そこの××によく買い物に行った」といった発言が飛 び出して、何となく自分も昔そこに住んでいたような気分になりな がら楽しませてもらいました。しかしカウボーイ鑑賞はなかなか強 烈な印象がありました。八幡神社の亀の呪いか、鑑賞中に、蚊に足 を集中攻撃されてしまったため、少し集中力に欠けましたが、あれ を本人の演奏で聞くのは、さぞかしエネルギーがいるでしょうね。 それでも全国にファンがいたというのですからその魅力に驚きです。 未だにヨーデルとカウボーイの接点はよく分かりませんけれど。

============================================================ ●          naddist NEWS            ● ============================================================

●    第二回ぼぼんぼんぼん、地蔵盆ラリー開催!    ●

昨年に続き、夏の定番、地蔵盆ラリーを開催いたします。 今年は阪神沿線大石〜岩屋間、灘浜の手の地蔵盆をはしごします。 昨年の8箇所をこえる事ができるか?な?

日時:8月24日(金)19:30〜21:00頃まで 集合:19:30 阪神大石駅改札 服装:浴衣、うちわ等があると盛り上がります。    スキンガード、ムヒ 注意:大人の方は各地蔵盆でお菓子をもらい歩く事は禁止します。    (子供さんはOKです)    また、お菓子を集めるためのポリ袋の持参も御遠慮下さい。    また、プラッシーのはしご飲みも御遠慮下さい。

参加ご希望の方は事前にnaddistまでメールでお知らせ下さい。

============================================================ naddist発行の「ゆきちゃん」は皆様からのメールです。 お気軽に「町話」「感想」お寄せ下さい。

naddistへ、ご意見ご感想、情報メールをお送り頂く時は、 ・「なだっちゅーの」(読者お便りコーナー)への転載の可否 ・転載の条件(匿名希望、ハンドル名等) ・現在住んでいる所(もしよろしければ) ・灘区との関わり(適当につけて下さい) (例)元クミン:元灘区在住    現クミン:現灘区在住    (クミン=区民ではないので、他地区の方大歓迎) 等を明記して頂ければ幸いです。

------------------------------------------------------------ クラブ○レ−には「長島茂雄」も来たらしい。 ------------------------------------------------------------

ご意見ご感想は eken@pp.iij4u.or.jp までお願いします。 ------------------------------------------------------------ naddist [Kapsel naddism] 0000009510

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2001年7月20日(金曜日)

[010720-96]灘ラーメンは太陽の味【一杯いっとく?04】

カテゴリー: - nada @ 14時13分01秒
...n  a  d  d  i  s  t
...010720-96
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...naddism Edit.

■CONTENTS==================================================

・一杯、いっとく?04      ▼灘ラーメンは太陽の味 ・なだっちゅーの75(読者お便りコーナー)      ▼篠原民家風渋ビリヤード情報      ▼さよなら○レ−のママ ・灘声灘語      ▼90年代のプロ野球を密かに彩ったnaddist選手たち ・naddist NEWS(naddistからのお知らせ)      ▼DECOと行く、六甲界隈ツアー本日開催!      ▼「八幡の夜店」復活!

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灘に数ある飲食店のとあるメニューから灘の町をあぶりだすグルメ シリーズ「一杯、いっとく?」 第4回目の今回は「正統灘ラーメン」です。

=========================================一杯、いっとく?04

■灘ラーメンは太陽の味

灘区出身のプロセイラーがいた。 プロセイラー…プロのヨットマンである。アマチュアではない。 日本では数少ないヨットだけで飯を食うプロである。彼はヨットレ ースの世界4大大会など数々のレースに出場し、太平洋の横断もや り遂げた海人(うみんちゅ)である。 彼は、灘区でおなじみの老舗中華料理店に生まれた。 しかも祖父は神戸市内で70余年、灘区内で50余年の歴史を誇るこの 中華料理店の創設者の一人だという。しかし彼は実家を継がずにプ ロセイラーの道を歩んだ。徳之島出身だという彼の祖母から受け継 いだ「海人DNA」が彼を海へと呼び寄せたのかもしれない。

そして彼は現在岩屋で「ゆうか亭」というラーメン店を営んでいる。 「らっしゃいっ」 「ラーメンの前にまずは、生ビール、それと…」 メニューに目をやると「ゴーヤチャンプル」「ソーキそば」などの 灘らしい魅力的な琉球サブメニューもある。が、「ひね鳥のもも塩 焼」というのが気になった。 「ひね鳥のもも塩焼…ちょうだい」 「あいよっ」 ひね鳥のもも塩焼…地鳥のような肉質で、シンプルだが生ビールに はドンピシャだという。 やがて熱々に焼上がったひね鳥のもも塩焼が出てくる。 「豪快にガブっと武者ぶりついて生ビールゴクっとやってな。口の まわりベタベタになるけどな」 言われたとおりに食べてみる。「ガブッ…ゴクッ…ベタ」 言葉は出ない。ただひたすら「ガブッ…ゴクッ…ベタ」 するとそのうちこれに「ニヤリ」が加わってくる。 「ガブッ…ゴクッ…ベタ…ニヤリ…」 するとそのうちこれに「シーシー」が加わってくる。 「ガブッ…ゴクッ…ベタ…ニヤリ…シーシー…」 私の場合はさらに「バリバリ」が加わる。 「ガブッ…ゴクッ…ベタ…ニヤリ…シーシー…バリバリ…」 陶酔のサイクルに我を忘れていた私に、主人が声を掛けた。 「うちはギョウザもいけるで。ミンチが他所と違うし、みそだれも 開発に1年半かけたんや。」

私は我にかえった。そうだここではラーメン食べないと。 そうこの店はラーメンがうまいのである。 「正統灘の支那そば」が食べられるのである。 私は塩ラーメンを注文した。 スープを飲む。 …うまい…あっさりとしているがしっかりコクのある鳥ガラベース のスープは限りなく優しい。そうあの「灘の支那そば」の味である。 「町の日常を愛せる味」とでも言ったらいいだろうか。 目を閉じれば…主人がかつて住んでいた道路拡幅される以前の国魂 線(水道筋3から南に下がる道路)のつげ義春的クネクネ路地感や、 出前ドンブリに張られたサランラップのふくらみ、割りばしにはさ まれたコショウ袋、を思い起こすこともできる。 「ええべべ着てどこいくんや?」 「市電乗って大丸いくねん!」 そんな町の会話も聞こえてきそうだ。

「うちのスープはおじいちゃんからの灘50年の伝統の味や。ほら、 お客さんもほとんど最後まで飲み干すやろ。もちろん俺なりに工夫 してるし。ちょっと違うやろ?」 そう、確かに伝統の灘味のむこうに感じられる懐かしいだけでない 新しい味があった。これからの灘の未来を予見させる新しくさわや かな滋味といってもいい。それは博多ラーメンでも札幌ラーメンで も神戸ラーメンでもない、灘ラーメンというジャンルの確立を予感 させる、うま味。

もしかしたら…それは彼が愛した南の海の太陽の味かもしれない。

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  +++ゆうか亭   +++灘区岩屋北町4-3-1 阪神岩屋駅から北東へ徒歩2分   +++881-6021   +++営業時間:1100〜1500 1700〜2130

「ゆうか亭」さんの灘エキスたっぷり各種ラーメンは450円から。 今回紹介した塩ラーメンが人気。女性には野菜たっぷりチャンポン もおすすめかも。ゆうか亭オリジナルみそだれで食べるぎょうざ、 冷し中華、ゴーヤチャンプル、ソーキそばもいいかも。

「どこそこのラーメンはかくかくしかじか…」というラーメンの楽 しみ方もあるでしょうが、私は、何気ない町の店の普通のラーメン が美味しい事にとてつもなく幸せを感じる質です。食べているうち になんだか町に住んでいる事や日々の生活がとても楽しくなってく る…皆さんはそんなことありませんか?それになにがしかの物語が 加わった日にゃもう、楽しくて「灘上10cm」に舞い上がってしま います。 ヨットがらみの余談ですが、むかしむかし、岩屋の浜、西郷川河口 の少し西あたりにハイソな「KRACボートハウス」があったのをご 存じでしょうか?現在の阪国バス停「浜岩屋」はかつて「ボートハ ウス」という停留所でした。灘にもボートやヨットなどがたたずむ 異国情緒あふれる時代があったのです。

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naddistに頂いた、皆さんからのご意見ご感想や灘情報を ご紹介する「なだっちゅーの!」を、お送りいたします。 メールを下さった皆様、ありがとうございました。

=========================================なだっちゅーの! 75

[naddist 010710-95]のなだっちゅーの!にてご紹介しました 「篠原民家風渋ビリヤード」に関して情報をいただきました。

●たん吉様(元下宿クミン)

篠原ヨシ葺き屋根のお家から、風呂屋経由で「副将軍ストリート」 に至る途中、お地蔵さん脇を通り、あのレトロなムードも懐かしい 篠原郵便局のすぐ下、四つ辻の向こう側だったと思います。ふつ〜 の文化住宅系のお家の2階に「ビリヤード」の看板が。「あり??」 と思って写真に撮ったかな〜?UZAKさんのおっしゃる通り、若者が 行く場所ではないなあ、あの雰囲気は。看板は古びているものの、 確かに「ビリヤード」とありましたので、今も営業していると思い ます。いや、思いたい!!

  ビリヤード確認しました。現在も営業中です。   将軍通を北へ阪急を越えてぐにゅっと曲がった先にある信号を   ピっと左に入った所ですね。とても灘な説明ですいません。   その名もBig1…がしかし…1Fがクリーニング屋さんで「木造   平屋建民家」ではなかったので前号UZAKさんの情報と同一の場   所かどうかわかりません。UZAKさんご指摘のビリヤードはまた   別なのかな?   -----------------------------------------------------nad

「さよなら○レ−のママ」投稿をいただきました。

●ナダレーヌ様(原クミン)

そういえば、一昨年まで山手幹線のちょっと上に住んでたのですが、 一目で只者ではないとわかる着物姿のマダムが(どうみても粋筋な のです)夕刻、スタスタと坂を下りてくる姿をしばしば目にしまし た。年の頃なら六十過ぎでしょうか。暑い盛りでも、しゃんと着物 を着こなし、そこだけ涼しい風が吹いているかのようなその姿には、 同性として思わず尊敬の眼差しを向けてしまったものです。 もしかしたらそれが、あまたの小道具を使い分けるという、伝説の カリスマ性溢れるマダムだったのでは?

  六甲口の美空ひばり、○レ−のママの姿ももう見られなくなり   ました。そういえば○レ−がなくなっただけでなんかあの辺り   暑苦しくなったような気がします。普通建物がなくなるとスッ   キリするはずなんですけどね。今年、灘が暑いのも○レ−がな   くなったせいかな?   -----------------------------------------------------nad

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ジャーナダリスト灘声灘語さんによる灘ネタ新聞風コラム「灘声灘 語」お送りします。今回は90年代のプロ野球を密かに彩った naddist選手たちにスポットがあたりました。 野球はイチローだけじゃない。

==================================================灘声灘語04

●灘声灘語様(ジャーナダリスト)

■90年代のプロ野球を密かに彩ったnaddist選手たち

少し前、東灘高出身のプロ野球選手、西投手にまつわる話が紹介さ れた。同時代を第1学区で生きた者として心打たれる、滋味のある 話だったと思う▼西投手は1984年、テスト生として南海に入団。当 時、東灘高のソフトボール部員だった友人ですら「そういえばけっ こういいピッチャーがおったらしいねえ」くらいの認識の、静かな プロ入りだったようだ。naddistで時たま話題になる神戸高の鎌仲 投手が3年後に中日にドラフト2位で指名され、全国紙の地域面に ニュースとして取り上げられるほど話題になったのとは対照的だっ た▼鎌仲投手は、上野中時代に京阪神3都市大会で完全試合を達成 して注目された逸材だ。その鎌仲投手が中日入りした年、西投手は オープン戦で活躍し、プロ野球ニュースで「今年の秘密兵器」と紹 介されていた。一軍戦初登板を果たしたものの、公式戦は2試合出 場のみ。翌年、練習生としてクビ同然になったが、努力で2軍復帰。 広島に移籍して2軍の最多勝を獲得したが、翌年は横浜で打撃投手 に。しかし95年に現役復帰し、97年4月に5番手投手としてプロ入り 13年目にしてついに初勝利をあげたのだった▼ところで西、鎌仲投 手がプロ入りした同じ時期、第1学区の公立高校からプロ入りし一 軍のマウンドを踏んだnaddist選手がもう1人いたことを知っている だろうか。86年、葺合高からドラフト外で阪急に入った小浜選手で ある。94年に引退するまで一軍に8試合登板し、1セーブを挙げてい る。95年、オリックスのフロント入りし、裏方として震災を乗り越 え優勝に貢献した。球団誌によると、現在は2軍のマネージャーで ある▼小浜選手を長男とする「大石の小浜3兄弟」は、野球がうま くて頭もいいと有名だったらしい。西郷小―烏帽子中のエースで神 戸市大会で優勝した三男の小浜選手は、甲子園を目指して県立を辞 退し神戸弘陵の4番を打った。甲子園出場を果たした時、私はセン バツ担当として取材した。温厚で聡明な選手だった記憶がある(ち なみに同大会にイチローが投手として出場していた)。次男の小浜 選手も東灘高を出て立命野球部員として活躍したと聞いた。大石市 場で昆布屋さんをやっておられたお父さんは、気さくな方だった▼ 80年代後半、野球不毛地帯とも言われる第1学区公立高からプロ入 りした3投手の戦績を改めて記しておく。

西清孝投手(東灘高→南海、ダイエー、広島、横浜) =登板数125試合、2勝5敗0S、投球回数128.3、奪三振63、  防御率4.84、99年引退(打撃投手) 鎌仲政昭投手(神戸高→中日、近鉄) =登板数2試合、0勝0敗0S、投球回数2、奪三振2、防御率13.50、  96年引退(打撃投手) 小浜裕一投手(葺合高→阪急、オリックス) =登板数8試合、0勝0敗1S、投球回数11、奪三振8、防御率8.18、  94年引退(フロント)

============================================================ ●          naddist NEWS            ● ============================================================

● 「夏休みはもう終わり〜DECOと行く六甲青春ツアー」開催!●

さら灘作者DECOさんと行く、六甲界隈ディープ&ノスタルジック探 検ツアー、いよいよ本日1400スタートです。飛び入りもOKかも。

日時:7月20日(祝)    1400〜1720 集合:1400 阪急六甲駅改札集合(場所変わりました) コース:阪急六甲〜ヌーベル六甲〜クリス〜御影風小道〜彦六寿司 〜六甲ヴィラ〜八幡神社(『六甲道』『遥かなる西部』鑑賞)〜ニ ュートン荘〜旧喫茶カウボーイ〜栄珍・旧久葉〜旧○レー〜喫茶L〜 旧柴橋ビル〜旧六甲東映〜宮前商店街〜旧東京苑・旧六甲一・旧南 天荘書店跡〜旧マルヤマ百貨店〜旧旅館街〜焼鳥道場〜旧伊藤ハム 本社〜新温泉〜旧ふくべ本店

●         「八幡の夜店」復活!         ●

灘の夜はやっぱ夜店。 六甲道の南にある八幡商店街にて震災後初めて夜店が復活します。 (えーっと桜口のパニエの東の縦筋です) 震災でアーケードはなくなったけど、どんまいどんまい。 なんてったって元伊藤ハム本社もあったんだもん。 家族、親戚、友人、知人、隣人、愛人、等お誘い合わせの上、ぜひ ご来場ください。ですって! 「裏ナダバッジ屋」出るかもよ。ナダバッジ売人(大阪万博の浴衣 着用)を見つけたらこそっと耳もとで囁いてください。「あの〜灘 バッヂ…」って。とってもとってもこそっと販売します。

日時:7月28日(土)午後4時スタート(雨天時は29日に延期) 会場:伊藤ハム神戸営業所周辺(JR六甲道駅南・旧八幡商店街沿道) 主催:桜口・備後町3丁目まちづくり協議会 内容:金魚すくい大会、ビアガーデン、各種模擬店など

============================================================ naddist発行の「一貫楼」は皆様からのメールです。 お気軽に「町話」「感想」お寄せ下さい。

naddistへ、ご意見ご感想、情報メールをお送り頂く時は、 ・「なだっちゅーの」(読者お便りコーナー)への転載の可否 ・転載の条件(匿名希望、ハンドル名等) ・現在住んでいる所(もしよろしければ) ・灘区との関わり(適当につけて下さい) (例)元クミン:元灘区在住    現クミン:現灘区在住    (クミン=区民ではないので、他地区の方大歓迎) 等を明記して頂ければ幸いです。

------------------------------------------------------------ 岩屋ビリヤードはプロが来るらしい。 ------------------------------------------------------------

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2001年7月10日(火曜日)

[010710-95]後日談〜あとがきに代えて【さら灘08】

カテゴリー: - nada @ 14時14分26秒
...n  a  d  d  i  s  t
...010710-95
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...naddism Edit.

■CONTENTS==================================================

・さらば愛しき灘よ  後日談 〜あとがきに代えて〜 ・なだっちゅーの74(読者お便りコーナー)      ▼東京パブオフ感想      ▼六甲界隈胸キュンスポット ・naddist NEWS(naddistからのお知らせ)      ▼DECOと行く、六甲界隈ツアー参加者募集!      ▼たくさんの神話を残してクラブ○レ−逝く      ▼ナダバッヂお陰さまで売れました 

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愛しき灘を書き綴った、naddist名物連載「さら灘」こと「さらば 愛しき灘よ」は、とうとう本当に本当にこれで最後の最後。 さようならDECOさん。そしていつかウルトラマンみたいに灘に帰っ て来て下さい。

============================================さらば愛しき灘よ

■後日談 〜あとがきに代えて〜

       TEXT:DECO様(元・学遊飲住愛憎喜怒哀楽クミン)

 阪神大震災の後、僕は東灘区の本山というところに移り住んだ。 その後また引越をして、今は同じ東灘区の西岡本というところに住 んでいる。結局、東灘には六年以上いることになる。  僕のアパートから灘までは、主要地方道長田・楠・日尾線(別称 ・山手幹線、俗称・ヤマカン)という道路一本でつながっている。 車で石屋川を越えるまで、わずかに五分。カサンドラ・ウィルソン が「テネシー・ワルツ」を歌い終わるかどうかという間に着いてし まう。かといって車で行ったのではお酒も飲めない。電車で行くと、 当たり前だが電車で帰らなくてはならない。途中で眠ってしまって 松井山手や大垣まで行ってしまっては大変である。だから仕方なく 今日も摂津本山駅前でビールを飲む。すっかり僕も東灘区民だ。今 では灘も東灘も同じくらい好きである。要するに、同じくらいひい きの飲み屋があるということだ。  さらば、愛しき灘よ―――。本来なら六年前に言うべきだったの だが、震災後のどさくさの中で、僕は情けないことに自分のことで 精一杯だった。そして灘のまちを出るということさえも意識しない ままに、引越をした。「別れの挨拶もなしなの」と、灘のまちが僕 を責めてくれればよかったのだが、シャイなのかクールなのか強が りなのか、「彼女」は僕の一方的な別れに対して表面上は無関心を 装っていた。あるいは僕の引越先がほかならない東灘であることに 腹を立てていたのかもしれない。

 クラブ○レーがその長い歴史に幕を閉じた。十年前、僕が極度の 緊張の中で触れた○レーの扉には、「会員制」と書かれたプレート に代わって「都市計画の為、閉店します。永らくのご愛顧、本当に ありがとうございました」という貼り紙があった。その達筆の文字 の間からは、六甲のまちを永年見続けてきた店だけが語りうる、深 い物語がにじみ出ていた。2001年、それはクラブ○レー閉店の年と して多くの人々の記憶に刻まれることだろう。  パット・メセニーは言う。変わり続けることだけがジャズの伝統 である、と。まちの歴史もまた、変わり続けることによってつくら れる。しかし、変わることは必ずしも過去を切り捨てることではな い。まちというものは、本来的に、原理的に、好むと好まざるとに かかわらず、記憶を引きずるものである。だからこそ、僕らはある まちのことを思い、その記憶の中の場所を、時を、人を、愛するこ とができる。それを切り捨てることはまちの自己否定であり、僕ら 自身の自己韜晦である。まちの自己否定を「制度」の問題に還元す る行為は自己欺瞞である。  クラブ○レーは山手幹線の一部に変わろうとしている。今の僕に 道路拡幅の是非を論じるだけの準備はない。けれども、変わること と切り捨てることを同一視する愚かさは知っている。もちろん、パ ット・メセニーの音楽が偉大な先達の音の記憶を決して切り捨てる ことなく変革の道を歩んできたということも。  振り返ってみれば、この陳腐な『さら灘』でさえまちの記憶にほ かならない。とはいえ、灘というあまりにも巨大な記憶の集合体に 比べれば、僕の記憶など氷山の一角に貼り付いた一粒の微細な氷塊 のようなものだ。でもその氷塊をみつめることによってはじめて、 僕はかつての○レーに出会い、柴橋ビルを思い出し、喫茶店Hの美 人姉妹に胸を熱くすることができる。そうすることによってはじめ て、僕は死者と向き合うことができるのだ。喫茶Lで知り合った松 田さんの命日が近づくたび、僕は彼を思い出してラーク・マイルド を吸う。そして毎年のように、またひとつ、松田さんの歳に近づい たなあ、と思う。  摩耶ケーブルは復活し、居酒屋ふ○べは健在だ。喫茶Lは店舗面 積を大幅に縮小しながらも営業を続けている。新温泉は六甲道灘温 泉として再スタートを切ってすでに久しい。一方、宮前市場は他の 多くの市場同様、再開発ビルへと変わろうとしている。摩耶埠頭が これからも摩耶埠頭でありつづけるという保証はない。焼鳥道場の 美酒は尽きないなどと、いったい誰に断言できるだろう。過去の記 憶に灘の「いま」が積み重なる。naddistはその録音装置であり、 再生装置なのだ。そんなnaddistに、『さら灘』という記憶をとどめ ることができたことをうれしく思う。naddistを通じて、まだ見ぬ あなたと語り合えたことをうれしく思う。これからもたくさんの記 憶が語り継がれることだろう。僕はひそかに待っている。幾多の記 憶の氷塊が空へと還り、やがて無数の雨粒となってこの渇いた世界 に降り注ぐ日のことを。

 いつか、あなたとこのまちで出会える日を楽しみにしている。僕 はどこかの居酒屋にいる。声をかけてほしい。「純米吟醸・磯自慢」 を前に、恍惚としている男を見かけたら、それが僕だ。  最後に、今日まで我慢強く連載をつづけてくださったnaddist編集 部の方々に改めてお礼を言いたいと思う。また、文中に登場してい ただいたかけがえのない友人・知人、ここまで目を通してくださっ た奇特な読者諸氏、そして灘を愛する全世界のクミンに感謝したい。

               2001年7月9日 東灘区西岡本にて

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DECOさん、最後の最後まで渾身のさら灘、ありがとうございました。 たくさんの素敵な物語楽しく読ませていただきました。 そしてまた是非帰ってきてください。

「まちは記憶の集合体である」私もつくづくそう思います。 naddist発行前に作っていたフリーぺ−パーnaddism(現在休刊中 http://parabolart.com/top/items/naddism/index.html参照) を見た人から当時こんな事をいわれました「脳の中の風景みたい…」 十数年前、愛しき灘をほっぽりだして「東へと向かう列車」に乗っ て行ってしまった私が震災後見た灘の町は、惨澹たるものでした。 私にできる事は、記憶を掻き集めて、現実と照らし合わせる事でし た。私にとってフリーぺ−パーnaddismは灘の町に贈った「木綿の ハンカチーフ」いや「小泉製麻のドンゴロス」だったのかもしれま せん。眼前の町が確かなものではない事を痛切に感じたのも、眼前 の町だけが町ではない(はず)と思ったのも、その時でした。 「本当の町」はきっと○○○○の煙突から出ている煙みたいに現実 やら記憶やらがフワフワしてて「なんかの拍子」にきゅっと固まっ て町になるんだと思います。どうぞ皆さんも地球上(もちろん東灘 区にも!東京にも!ニューヨークにも!モスクワにも!)の地上1m 50cm位にただよう世界一広くて楽しい町「灘ク」を見つけてあげて 下さい。 先週「あっ」という間に「クラブ○レー」が消滅しました。 でも「クラブ○レー」があった「事実」はなくなりません。 今でも地上1m50cm位の所をフワフワ漂ってますよ。きっと。

DECOさんの「さら灘」はこれで終わりですが、読者の皆さんもどし どしあなたの灘物語をnaddistまでお寄せください。新たな「さら 灘セブン」「さら灘エース」「さら灘タロウ」の誕生を期待してお ります。 なお、さら灘の最後をしめくくるイベントとして7/20(祝)に 「夏休みはもう終わり〜DECOと行く六甲青春ツアー」を開催いたし ます。いってみれば「さら灘ライブ」です。 詳しくは下記「naddist NEWS」をご覧ください。

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naddistに頂いた、皆さんからのご意見ご感想や灘情報を ご紹介する「なだっちゅーの!」を、お送りいたします。 メールを下さった皆様、ありがとうございました。

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去る6月30日に行なわれました初の区外イベント「東京パブオフ」 に関するコメントをいただきましたので、ご紹介いたします。

●すけちゃん様(籍クミン・杉並在住)

お忙しい中、開催していただいてありがとうございました。 年に一度ぐらいしか行けない 灘 をたっぷり頂いた気分です。 夏のボーナスもらったみたい。

●たか様(横浜在住)

路上での「カウボーイソノシート」鑑賞も、ちょっぴり恥ずかしか ったですが楽しかったです。カントリーとヨーデルの絶妙なミクス チャーに酔いしれました。 東京オフ、次回もぜひ参加したいです。気長に待っていますので、 また開催の折りにはよろしくお願いします。

  参加者は5名。横浜、世田谷、杉並、千葉からお集りいただき ました。4名の方がイベント初参加でした。最近の賑やかなイ   ベントもいいのですが、こじんまりとゆっくり灘話しができて   初期パブオフを彷佛とさせるなかなか味わい深いパブオフとな   りました。そして路上での「カウボーイソノシート鑑賞」。   イケナイものを見てしまったかのような東京の人達の視線が忘   れられません。また是非開催しようと思っています。なんとい   っても灘区内でやるときみたいにイニシャルトークにしなくて   いいのですから!とても楽しかったです。   今回は参加者全員の名前かかせてもらいます。すけちゃん様、   k2g様(ソノシート提供)、kas様、マミヤ様(デジカメ記念   写真提供)、たか様、ありがとうございました。   -----------------------------------------------------nad

[naddist 010610-92]で「六甲界隈青春胸キュンスポット」を募集 したところ、色々と寄せられました。まだまだ募集中ですので、ど しどしお寄せ下さい。

●UZAK様(2年前からクミン、元立ち寄りクミン)

(夏休みはもう終わり〜DECOと行く六甲青春ツアーについて) うー、残念です。毎度タイミング悪く参加することが出来ません。 もうかれこれ12〜3年前、学生の頃の話なんですけれど。 阪急六甲以北、篠原本町・中町辺りだったと記憶しています。 木造平屋建民家で玉突きやを営まれていたお店がありましたがご記 憶のある方おられませんでしょうか? ビリアード台は2台でしたか・・・、初老のご婦人がオーナーだっ たと思います。昼間お店に入ると、ご近所さんと思われるこれまた 初老の男性が楽しげに赤い玉と白い玉を突いておられました。 ビリアードをはじめたのがこのお店だったので、ボーリング場やゲ ームセンターの片隅という騒々しい中で遊ぶのは何かこう、しっく りとこないのです。もう、このお店は存在しないとは思いますが、 知ってる、とかよく行ってたという方と“懐かしみあいたい”と思 ってました。そこに、この企画。待ってましたのに、抜き差しなら ぬ都合で参加できません。知ってる人いるかなぁ・・・。

  ビリアードって流行りましたね。15〜6年前でしょうか?   灘のビリアードといえば「岩屋ビリアード」は知っているので   すが、さすがにここは知りませんでした。初老のご婦人がオー   ナーの平屋建民家のビリヤード屋で初老の男性が楽しげに赤い   玉と白い玉を突く…とっても物語な感じですね。   このビリアード屋さんをご存知の方情報お待ちしております。   -----------------------------------------------------nad

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● 「夏休みはもう終わり〜DECOと行く六甲青春ツアー」開催!●

今回のツアーは「さらば愛しき灘よ」の作者であるDECOさんを迎え て「生さら灘」さら灘ゆかりの場所の他、ヌーベル六甲探検など新 旧六甲道阪急六甲界隈を楽しむツアーです。その他ロッコウ界隈幻 の音源『六甲道』『喫茶カウボーイソノシート」も鑑賞いたします。 え、ウソでしょ!?ないはずの○レ−が…。摩訶不思議、なんと過 去の町があなたの目の前で蘇る、naddist特製「灘町歩きスコープ」 も間に合えば用意します。 このツアーを逃しては六甲は語れない… ツアー初心者、六甲界隈初心者の方もお気軽にご参加下さい。

日時:7月20日(祝)    1400〜1700 集合:1400 阪急六甲駅改札集合(場所変わりました)

まだまだ余裕あります。 ツアーアイテム作成の都合上、参加希望の方は「必ず」naddist までお知らせ下さい。追って実施要項詳細をお送りいたします。

●     たくさんの神話を残してクラブ○レ−逝く    ●

先々週末、ヤマカン拡幅工事に伴うクラブ○レ−の撤去工事がしめ やかに行なわれました。naddistも急遽近隣のクミンと現地調査を 行なってきました。戦後、灘区に米軍キャンプがあり、ヤマカンが 軍機の滑走路として使われていたころからの創業だと聞いておりま す。また灘の町にぽっかりと穴が開いてしまいました。   合掌

●       ナダバッヂお陰さまで売れました      ●

号外でもお知らせした通り。去る7/8(日)に稗田サブグランド で行なわれたフリーマーケットにnaddistはカンバッジ屋を出店し ました。当日は朝から暑いのなんの、神戸製鋼の溶鉱炉なみの暑さ。 これでは誰も来れまい…と思っていたのですが、ありがたいことに 読者の方が何名か来られました。お陰さまでカンバッジも27個買 っていただきました。ホントに暑い中ご来店いただいた方々、あり がとうございました。

ナダバッヂ売り上げベスト3 1 ナダスマイル、水道筋CLUB 2 極灘、アイラブNADA、ビワパンダ、ナダイタチ、ガントリーク   レーン、91系統石屋川車庫行き 3 クラブ○レ−、都賀川新橋、92系統石屋川車庫行き   灘中央市場、畑原東市場、六甲猪

============================================================ naddist発行の「磯自慢」は皆様からのメールです。 お気軽に「町話」「感想」お寄せ下さい。

naddistへ、ご意見ご感想、情報メールをお送り頂く時は、 ・「なだっちゅーの」(読者お便りコーナー)への転載の可否 ・転載の条件(匿名希望、ハンドル名等) ・現在住んでいる所(もしよろしければ) ・灘区との関わり(適当につけて下さい) (例)元クミン:元灘区在住    現クミン:現灘区在住    (クミン=区民ではないので、他地区の方大歓迎) 等を明記して頂ければ幸いです。

------------------------------------------------------------ naddistはこれからも「なんかの拍子」を探していきます。 ------------------------------------------------------------

ご意見ご感想は eken@pp.iij4u.or.jp までお願いします。 ------------------------------------------------------------ naddist [Kapsel naddism] 0000009510

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