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2007年3月2日(金曜日)

ニシナダ春景色

カテゴリー: - library @ 17時00分42秒

『南野陽子 ナンノ・ボックス(DVD付)』

灘も卒業式シーズンを迎えた。
区内の各学校でも悲喜こもごもの別れの風景が繰り広げられる。
やはり灘の卒業式シーズンには「灘の卒業ソング」をご紹介したい。
また南野陽子かよ、という声が聞こえてきそうであるがお許し願いたい。
扇千景も八千草薫も山田スミ子も楠本美枝子も朱里エイコもアンルイスも網浜直子も
鈴木杏樹も藤原紀香も戸田恵梨香も卒業ソングは歌っていないのだから。
今回紹介する13枚組の「ナンノ・ボックス」のDISK1のタイトルは「春景色」
おそらく彼女の灘時代(松蔭高時代) を歌った、ファーストアルバム『ジェラート』の
一曲目「春景色」からの命名。
ちなみにこの曲の作詞はナンノ本人ではなくイノ・ブランシュこと平中悠一氏。
余談だが、彼は関学出身で大江千里の後輩にあたり、阪神間の雰囲気を良く知る作家である。
彼の代表作「She’s Rain」は、芦屋出身の白羽弥仁監督(彼は灘にもゆかりがある)
によって映画化された。
震災前の阪急沿線で撮影され、今となっては貴重な作品だ。
またまた余談だが主役の小松千春の通う学校の制服は松蔭ライクな白のワンピース。
しかしロケ地は甲南女子大学(東灘区)。
脱線しすぎた。このあたりはまた別の機会に。

『春景色』

「あなた待つホームから見える景色は遠い海
 春めく風に誘われる神戸線 のどかに 」
   >もちろんこののどかな神戸線のホームは阪急西灘駅(当時)。
    ナンノが眺めた海は、ビルの海に隠れて本当に遠くなってしまった。
    阪急西灘駅で待つ彼氏というと神戸高か葺合高生だが、その辺りの
    男子は相手にされるわけがない。

王子公園ホームより

「紺色の詰め襟のあなたは少し照れた風
 ドキドキするわ生意気なあなたなの いつもは」
   >紺色の詰め襟といえば灘区的には(私)六甲高校でろうか。
    やはりアカぬけない公立校生では詩にならない。  
    ちなみに文化祭でナンノと知り合い、いっしょに映画を見に行ったことがある
    という滝川高生は灘クミン(烏帽子中卒)である。

「坂道を上りきり 見下ろせば ほら船の影
 優しくわたし包んでる この街 いつでも 」
   >のどかな春の灘が感じられるくだり。
    ちょうど葺合区との区界の坂道あたりであろう。

区界の坂道

「ジェラートをなめても やっぱり あなた元気ない。
 『嫌われても仕方ない』と思ってる ばかなの」
   >本来はジェラートではなく「ぷらっとむ」のクレープか
    「青べー」のタマゴロールかと思われる。
    この歌詞中の『ジェラート』がファーストアルバムのタイトルになるのだが、
    灘的に忠実にいけば『タマゴロール』というアイドルとしてはとんでもない
    アルバム名になっていたかもしれない。

「制服にさよならして 電車の駅が変わって
 4月からあなたより1つ上級生になる 」
   >彼女が芸能界入りして堀越に転校した後、阪急西灘は
    阪急王子公園という味も素っ気もない名前に変わる。
    阪神西灘との混用を避けるためだというが、やはりこの駅は
    王子公園などという官製の名前ではなく「ニシナダ」であって欲しいと思う。

昨日3月1日、松蔭高校では卒業式が行われた。
灘の春はもうそこまで来ている。



2006年12月6日(水曜日)

貧乏神は照れ屋さん

カテゴリー: - library @ 11時05分24秒

「桂 枝雀 落語大全 第八集」
「上方落語 桂枝雀爆笑コレクション〈4〉萬事気嫌よく 」

天才落語家、桂枝雀こと前田達さんは灘区中郷町のブリキ店で生まれた。
疎開を機に灘区を離れるも、彼はまた灘区に戻ってくる。
神戸大学文学部入学。
しかし、
「大学いうところがだいたい分かりました」
といって1年で灘区を去り、桂米朝師に入門。
前田さんが灘区にいたのは合計7〜8年くらいかもしれない。
でも彼の体の中には脈々と灘DNAが流れていたはずだ。

六甲山麓の明るい坂道を転げ落ちるかのような楽しげな仕種。
急斜面を流れる川のように突然あふれ出す切れ目のないまくしたて。
破天荒と言われ、賛否両論だったオーバーパフォーマンスは、
伝統の浅い港町特有の軽やかなモダンさに通じる。
定評のある酒噺は、灘の杜氏の霊が降りてきたとしか思えない。
でも、本当は控えめで照れ屋さん。
前田さんはやはり灘区が産んだ偉大な落語家、いやパフォーマー
だったんだと、あらためて思う。

奥ゆかしい前田さんが、唯一自分の出生をマクラにした噺が
今回紹介する書籍、DVDに収録されている「貧乏神」。

「ご承知であろうと思いますが、神戸市灘区中郷町2丁目3番地に、
 エー、私が生まれたんでございます。
 昭和14年8月13日でございますがね…」

前田さんには灘の街は、どう映っていたのだろう?
やはり買い物は八幡市場なのか、それとも地蔵市場なのか?
水道筋には行ったのだろうか?
「貧乏神」に出てくる実家の神棚の神さんはどこの神様なのか?
やはり徳井神社だったのか?
ご存命であれば是非一度いろんなことを尋ねてみたかった。

「徳井には『こぉ〜〜んな』大きなだんじりがありましたのでございます。
 お祭りの日ィは、朝から『コンチキチ〜ンコンチキチ〜ン』いいましてェ、
 その道中の陽気なことォ〜!」

少し照れながら、坊主頭を撫でつつ、
いつものオーバーパフォーマンスで灘噺を語ってくれたに違いない。


2006年10月24日(火曜日)

ウルトラ警備隊、灘へ

カテゴリー: - library @ 16時11分57秒

「たいへんや!たいへんや!」
「どないしたん?」
「タ、タカバシでポ、ポインター見てん!」
「うそつけ〜」
「ほんまや!ダンもアマギものっとったんや!」
「ホンマか!で、どっち行った!?」
「海の方に行った!」
「どこにかいじゅう出んのやろ!」
「まや山の地下から出てくるんちゃう?」
「いや、なだ浜やで!海からゴボゴボって!
 あっこ石油タンクあるで!コワー!」
「コワーコワー!」
「コワーコワーコワー!」

昭和43年のある日、灘っ子たちに衝撃が走った。

ウルトラ警備隊が灘の街に…

当時、子ども達のハートをしっかりつかんでいた、超人気番組
「ウルトラセブン」。その中に出てくる「ウルトラ警備隊」は
灘っ子達にとっても憧れの的であった。
「ポインター」はウルトラ警備隊の誇る水陸両用高性能カー。
日本中の子ども達の人気を一身に受けた、超人気スーパーカーで
ある。
そのポインターが、なんと灘の街を走ったのだった。

ウルトラセブン第14・15話「ウルトラ警備隊西へ」は昭和42年頃
神戸でロケが行われた。もちろん灘区でも。

=地球がペダン星へ観測用ロケットを打ち上げた。
=侵略と勘違いしたペダン星人は地球へスパイを送り込んだ。
=それに気付いた地球防衛軍は、
=六甲山にある防衛センターで国際会議を行うことになった。
=ウルトラ警備隊もポインターで西へ向かった。
=シークレットハイウェイルート9を通って。
=♪ワンツー、スリフォ、ワンツー、スリフォ…

「シークレットハイウェイルート9」を疾走するポインターの撮影
は開通間もない六甲トンネルで行われた。
六甲トンネルの開通は昭和42年3月25日。まだ真新しく未来的な六甲
トンネルは日本を縦貫するシークレットハイウェイと呼んでもおか
しくない最新鋭のトンネルであった。そして基地の手前にあるこれ
また完成ホヤホヤの「新六甲大橋」をポインターは颯爽と駆け抜け
て行った。

=ペダン星のスパイは神戸に潜入した。
=ウルトラ警備隊の隊員達は灘区内に配備についた。
=アマギ隊員は「神戸つくばね会」に扮装し、六甲山へ。
=ソガ隊員は「マドロス」に扮装し、摩耶埠頭・摩耶大橋へ。
=アンヌ隊員は「ミカゲレーヌ」に扮装し…残念ながら北野町へ。

摩耶大橋は昭和41年6月2日、その後42年3月に摩耶埠頭が完成した。
もうおわかりだろうが、先ほどの「六甲トンネル」「新六甲大橋」
「摩耶大橋」「摩耶埠頭」、完成がすべて昭和41〜42年に集中して
いる。当時の助役(後市長)宮崎辰雄氏がTBS、いや円谷プロと癒
着があったかどうか定かではないが、ポートアイランド建設の序奏
として、神戸市が最新土木技術のプレゼンテーションのためにタイ
アップしたとも考えられる。
円谷プロ側としても、神戸が、いや灘区が世界に誇る、できたて
ほやほやの近代的土木構造物が、ウルトラセブンの近未来的設定に
ぴったり合致したので、ロケ地として選んだのであろう。

そして、作品中最も印象深いシーンへ。

=地球人が悪いのか?ペダン星人が悪いのか?
=侵略とは?平和とは?悪とは?正義とは?
=ついに、ペダン星の英知の結晶、
=スーパーロボット「キングジョー」が神戸港に現われる。
=目の前にはポートタワーが…。
=危うし!神戸…いや、灘区!
=セブン!頑張れ!神戸…いや、灘区のために!!

この作品が放映されたのは昭和43年。
アメリカのベトナム侵攻、沖縄の日本返還問題…。
とても子ども向け作品とは思えない、ぶ厚く重いテーマがシナリオ
の底辺を流れる。

…しかし、灘っ子達はそんな大人達の思い入れなんておかまいなし
なのだった。
ロケの次の日…

「見たで!見たで!ポインター近くで見てきたで〜!」
「うそ!ええなあ!どんなんどんなん?!」
「ポインターなぁ…近くでみたらなぁ…ブリキでできとったで」
「ブリキ?ポインターはブリキなん?」
「そうや、ポインターはブリキやねん」
「なんや、ブリキ…か…」
「そうや…」
「そうか…」

明けの明星が輝く頃…
灘っ子の見果てぬ近未来の夢は、アイスラッガーでぶち切られ、
灘の空に散っていった。


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