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2008年10月1日(水曜日)

摩耶の女

カテゴリー: - library @ 10時00分27秒

摩耶の女


摩耶の女(コロムビアレコード)
発売:1968-12/定価:¥370

もう出尽くしたかと思われた灘のご当地ソングだが、ナダタマ読者からのタレコミで
至極の1枚がネットオークションで発見された。
もちろん即入札でゲットしたのは言うまでもない。
昭和43年にコロムビアレコードからリリースされた青山和子の『摩耶の女』。
青山和子と言えば「マコ…甘えてばかりで ごめんね ミコはとっても しあわせなの」
でおなじみの大ヒット曲『愛と死を見つめて」でブレイクしたシンガー。


その4年後に世に出たのが今回紹介する『摩耶の女』。
摩耶山に関するレコードに関しては『奥摩耶音頭』『摩耶小唄』が灘クミンの間では
知られていたが、歌謡曲が存在したことを知る人はそういないだろう。ひょっと
したら水道筋にあったレコード店「摩耶レコード」で販売されたかもしれないのだ。
特筆すべきは、やはり昭和歌謡ライクなジャケットだ。
摩耶の樹海を行く「摩耶ロープウェー」の勇姿。
そして背景には出船入船で賑わう神戸港。
チーママチックな青山和子がフレームインし、にっこり微笑むというデザインは、
灘マニアでなくても心を揺さぶられるはず。

ジャケットをもう少し詳細に見ていこう。
毎月第三土曜日にはリュックサックマーケット参加者で賑わう摩耶ロープウェー
だが、当時のカラーリングは神戸市交通局が経営していたので白地に濃い緑という
神戸市バスの「菊水デザイン」を踏襲したシブいものだった。
まさに「空飛ぶ市バス」といった味わいだ。

おそらく山寺尾根あたりから撮影されたのであろうか、火災に遭う前の旧摩耶山
天上寺の塔頭も見え、昭和40年代の摩耶山の風情を伝える貴重な写真である。
この塔頭の南には摩耶山の主としてあがめられた巨木「摩耶の大杉」があるはずだ。
掬星台に設置されたライブカメラで現在の摩耶山と比べてみるのも一興だ。

実はこのレコードが発売される1年前の夏、神戸を集中豪雨が襲った。
いわゆる「昭和42年7月豪雨」で摩耶山も大きく傷ついた。
摩耶観光ホテルは廃業に追い込まれ、ホテル奥摩耶山荘も営業を中止する。
そんな時代背景の中、この『摩耶の女』は摩耶山復興の機運を盛り上げるために
リリースされた摩耶山応援ソング…ではなかった。

一部歌詞を紹介しよう。

 逃げて弱気になるなんて
 流れ花でも女なの 摩耶の摩耶の夜霧に
 恋をかくした みじめさを
 抱いてわたしわネ 生きてゆく

 流れ花でも心から
 愛を捧げた人がいる 生まれ生まれ変わって
 清い体で 逢えるなら
 妻と呼ばれたい この神戸(まち)で

女人高野とも呼ばれ、お釈迦様の生母、「摩耶夫人(ぶにん)」から名付けられた
摩耶山とはかけ離れたデカダンな歌詞。
どちらかというと敏馬あたりの花街のイメージである。

実は青山和子が摩耶山を歌うのは2回目だった。
昭和38年に発売された神部一郎とのデュエット曲『青い山脈』は国鉄の車窓から
見た六甲摩耶の山並みがモチーフになったと言われている。
同じ摩耶をモチーフにしながらも明るく健康的な青春歌謡が5年後にドロドロの怨歌に
なったわけだ。

と、ここまでつらつらと適当なことを書き連ねてきたが、まだこのレコードを
聞いたことがない。
なぜなら、当店にはレコードプレーヤーがないのだった。

…あそうだ
今度リュックサックマーケットのジューク屋さんでかけてもらうことにしよう。
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