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2007年5月15日(火曜日)

芳醇な残り香

カテゴリー: - mj-soul @ 09時30分00秒

「昭和の夢」の想像かき立てるアーチ窓の駅舎。蝉しぐれ降る路地裏に置き忘れたような寿司屋。
太いケーブルをゆっくり巻き上げるプーリー(滑車)。鉄鋼マンの心意気を伝える巨大高炉の威容。
灘を、神戸を知るほど、親しみ深く、誇らしくも感ずる情景がこの本にはいくつも刻まれている。
順に、JR灘駅、彦六寿司、摩耶ケーブル、神戸製鋼・神戸製鉄所。
< 白と黒=光と闇>だけで描き出すシャープなモノトーンの切り絵。行間から豊穣なイメージがこぼれる見事なエッセイ。成田一徹の真骨頂といえる1冊である。

成田さんと初めて会ったのは15年ほど前、元町の路地にあるバーだった。
僕は就職で神戸に来て間もなかった。成田さんが東京から帰るたび、その店で顔を合わせ、話をするようになった。そんなころ、僕は言ったことがある。
「神戸ってあんまり好きじゃないんですよね」
直前までお気楽な学生時代を満喫した京都に未練があったし、兵庫県、とりわけ神戸に根を張る当時の会社に「染まりたくない」という思いも強かったから、物を知らない若造は生意気にも言ってのけたのだった。
すると、いつも温厚な成田さんは心底不服そうな顔になり、「なんで?」と問うてきた。そして、自分はいま東京にいるが、いかに故郷の神戸が好きか、いかに趣のある街かを、静かに、しかし熱っぽく語り始めた。いや、正確には、いかに趣のある街「だった」かを。
数年後、震災が起きた。成田さんの好きだったバーや街の小さな風景が、いくつも消えた。3月ごろに会ったとき、成田さんは、震災の瞬間に神戸にいられなかったことを申し訳なく思う、と言った。「何もできない自分が歯がゆかった」と、作品展の売り上げを震災遺児のために寄託した。
さらに数年後、長いインタビューをさせてもらった。変わってゆく街への複雑な思いを語り、温めている企画があると話してくれた。
「神戸が神戸であったころの残り香を探して作品にしたい。どっしりと構える居留地の古いビル、山の手の名もない洋館、造船所に近い古びた飲み屋街。感傷に過ぎるかもしれないけど、消え行く風景へのオマージュ(献辞)を残したいんです」(※1)

想いは数年後、かたちになった。「神戸の残り香」という連載が新聞紙上で始まったのだ。(※2)
月に1度の帰郷のたび、絵心を誘う風景を求めて街を歩いておられた。ときどきお会いすると、「大変だよ」とこぼしながら、「でも、これは僕のライフワークだから」と、照れくさそうに付け加えた。そして、酔うほどに、話はやっぱり懐かしい神戸への思いと、いまの姿への嘆き節になる。いかに陰影に乏しい街になったか、便利できれいで安全かもしれないが、なんて薄っぺらな風景になったのか……。
「切り絵は、黒と白だけの陰影の世界。切り過ぎるとだめなんです。街も一緒だと思う。街のひだというか、文化の蓄積や生活のにおいを感じる部分があるからこそ、想像が膨らむし、愛着を感じる」
酒場のカウンターに並んで聞く“成田節”はいつも変わらず心地よかった。
夜の水道筋〜畑原市場にお連れしたときには、naddist氏らと、ここぞとばかり「灘にはこんなええネタもありますよ、あんな風景もありますよ」と売り込んだ。本に刻まれた灘区の風景は11。兵庫区と並んで2番目に多い。われわれの“泥酔セールス”は功を奏したのかどうか…。

昨日から、成田さんの神戸にまつわる作品を集めた個展が新開地で始まった。(※3)
「新開地音楽祭」の一環らしく、“音の流れる街角”とタイトルがついている。
モノクロームの世界に封じ込められた芳醇な残り香を味わいに行こうと思う。

(※1)2001・1・12付神戸新聞より。
(※2) 神戸新聞夕刊2003・4・3付「大阪商船三井ビル」〜2005・7・7付「ポートタワー」の50回連載。
    単行本化時に30点を加え、計80点を収録している。
(※3)神戸アートビレッジセンターで5・20(日)まで。火曜日休館。


2007年3月14日(水曜日)

ホワイトアルバム

カテゴリー: - mj-soul @ 15時00分00秒

BASS & VOICE
Music / 発売: 2004/09 / 定価: ¥2500
SALLY’S RECORDS
   ※Amazonでの取り扱いはないようなので、
    オフィシャルサイトにリンクしています。

すでに死語かもしれないが、きょう3月14日はホワイトデーだ。
バレンタインにチョコをもらったら、白いもの(マシュマロとか)をお返しすればいいといわれていて、
ロック聴き始めの、東北に住む12歳だった僕の周りでは
「ホワイトアルバムをあげたらいいっちゃ」などと、お返しする相手もいないくせに、おませなことを言うやつがいた。
ちなみに自分のことではない。僕はひそかにチョコをもらっていた。遠い過去のささやかな栄光であるが。
ホワイトアルバムとはもちろん、ビートルズが1968年に発表した真っ白なジャケの2枚組アルバムのこと。
名盤である。いや違うな。名曲満載の問題作というべきか。まあ、この際どっちでもいい。
こんな牧歌的な少年時代を思い起こしたのには理由がある。
“灘のホワイトアルバム”があった、と気付いたのだ。

天野SHO『BASS & VOICE』。
2004年秋に発表されたSHOさんのソロアルバム。
初の単独名義というだけでなく、文字通り「ソロ」作なのであって、
ここにはSHOさんの弾くベースと、SHOさんの歌しか基本的に入っていない。(※1)
ベース弾き語りという、ほかに類を見ないスタイルを震災の年から始めたSHOさんの
10年の歩みを刻む、愛と祈りに満ちたアルバムである。
太くまろやかな響きのアルペジオが、ゆるやかな大河のような音風景をつくる。
その水面を、抑えた歌い口の、しかし、熱情を奥深く湛えた歌がたゆたう。
編成はたしかにシンプル。けれどもそれだけでは語れない豊かなサウンドがある。
夜風に揺れるロウソクの灯が、煌々と輝く照明よりもずっとあたたかな幸福をもたらすように。

収録曲は、SHOさんがたびたびステージで演奏してきた、ロックやブルース、ポップスの名曲ばかり。
クラプトン・クラシックの「Wonderful Tonight」。B.B.キングのブルースバラード「Guess Who」。
ベイビーフェイスのスウィートな「Slow Jam」。映画『バグダッド・カフェ』のテーマ「Calling You」……(※2)
強力なイメージを持つ原曲をすべて「SHO’s World」として聴かせることができるのは、
“ベースと声だけ”という珍しさによるものだけでは決してない。
灘で生まれ育ち、40年近くベース1本、ロックやブルースに根ざした音を創り出してきた、
天野SHOその人の歩みがまるごと音に刻印されているからだ。

レコーディング場所を見てハッとした。「BLUE VALLEY STUDIO」とある。
ブルー・ヴァレイ……青谷ではないか。
そう、これはSHOさんの自宅スタジオで録られた作品なのだという。
灘人が、ホームグラウンドの灘で、自らの歩みを見つめ直した真っ白なアルバム。
聞き耳を立てるように、そっと耳を傾けたい。
ロック聴き始めの灘のローティーン諸君がちょっと背伸びして
「これあげるわ。聴いてみて」と、
ふだんはあゆやKAT-TUNを聴いている彼女にこのアルバムを手渡す。
そんなホワイトデーの校舎裏を想いながら。

(※1)曲によって、SHOさんの長年の仲間であるKAJAさん、HALKOさんらのコーラスのほか、
   ギターとシンセサイザーがほんの少し色を添えている。
(※2)ほかに、SHOさんのハードロック・ルーツを垣間見せるジミヘンの「Stone Free」、
    ドラマ「華麗なる一族」の挿入歌として再び人気を集めるイーグルス「Desperado」、    
    そしてビートルズの「Let It Be」など全11曲。


2007年2月14日(水曜日)

岩屋の出口を固めろ!

カテゴリー: - mj-soul @ 07時00分00秒

  「ヤツは阪神電車の地下線へ逃げ込んだッ」「岩屋の出口を固めて待ち伏せろッ」
  歯をむき出して受話器に怒鳴りつける特高の警部(※1)。
  追われる男は協合通信大阪社会部記者、峠草平。
  学生陸上の花形選手だった自慢の足で逃げる。真夜中の線路を三宮から東へ。
  「こ…この…重要文書のために…ドイツでも日本でもおれは…いつでも追われる身なんだ」

1938(昭和13)年の灘を駆ける逃走劇は、だが、ほんの序章に過ぎない。
自ら呟いたとおり、峠はその後も執拗に追われ、拷問を受け、職も住処も失い、あらぬ疑いで逮捕される。
重要文書。それは特高の見込みとはまったく違う、ナチス総統ヒットラーの出生の秘密を暴くものだった。
手塚治虫晩年の傑作『アドルフに告ぐ』は、この文書をめぐってアドルフという名を持つ3人の運命が交錯し、
急流のように破局へ向かっていくさまを熱く生々しく描いた大河ドラマである(※2)。
 
物語は神戸とベルリンを往還する。
ドイツ総領事館員の父と日本人の母を持ち、山本通に住むアドルフ・カウフマン。
元町にあるユダヤ人のパン屋「ブレーメン」の息子アドルフ・カミル。
幼いころ親友だった2人は、やがて国家と民族の「正義」に引き裂かれ、憎しみ合うようになる。
そしてもう1人のアドルフが、ヒットラーである。
峠の持つ文書は、ユダヤ人迫害に血道をあげるこの独裁者に、
ほかならぬユダヤ人の血が流れていることを示唆していた。
かつて実際に囁かれた説だというが、現在は否定されている。
過去のたった一片の情報をもとに、戦前戦後のほぼ50年にわたる壮大な物語を紡ぎ上げるのが、
手塚の天才的ストーリーテラーたる所以である。
正義とは、国家や民族や時代によって異なる相対的な価値観でしかないという主題。
ヒットラーという人間の中に、カウフマンとカミルを同居させる構図。
史実を巧みに取り込み、リアリティある物語を重層的に展開する腕力。
どれをとっても傑作と呼ぶにふさわしい。
手塚は巷間言われるようなヒューマニストでもなければ、牧歌的な平和主義者でもない。
作品の根底にはいつだって、人間への不信と虚無感が流れている。そこに出発点がある。
だからそのメッセージは重いのだし、僕は人生の師と仰ぐのだ。

豊中に生まれ、宝塚で育った手塚は阪神間〜北摂文化圏の人であった。
裕福でモダンな家庭だったから神戸へ来ることもあっただろうが、作品に登場することはほとんどない。
そんななかで『アドルフ』は、神戸を綿密に描いた貴重な作品だ。
有馬の温泉街、風見鶏の館を模した屋敷、元町の商店街。阪神大水害や神戸大空襲は物語を大きく展開させる。
だが灘は…灘はないのか?と探して、やっと見つけたのが冒頭に掲げたシーン。
灘の旅人でも紹介された「岩屋の出口」は、1933年に三宮─岩屋間が地下に切り替わったことを踏まえている。
惜しむらくはトンネル内の描写しかないこと。これでは、灘かどうか分かりようもない。
ほかにも、あれ?と引っ掛かる場面がないではない。
幼いカウフマンが通うドイツ人学校。こ、これは曽和町の神戸ドイツ学院ではないか!
いや…違った。当時ドイツ学院は北野界隈にあり、灘へ移ったのは昭和30年代だという。
ナチスの幹部養成校への入学を嫌がって家出するカウフマン。決死の思いで六甲山を越える。もしや!
いや…これもハズレ。一軒茶屋(東灘区)とか蓬莱峡(西宮市)とかの地名は出てくるんだけど(※3)。

手塚の原風景である阪急宝塚線沿線から眺めたとき、
神戸はやはり「北野」「元町」の街だった、ということか。
でも、まあいい。
『ロストワールド』や『鉄腕アトム』はもちろん、『火の鳥』も『ブラック・ジャック』も『どろろ』も『陽だまりの樹』も
ほとんど後追いで体験した僕にとって、『アドルフ』はほぼリアルタイムで出会えた大作なのだ。
そこに灘が一瞬でも出てきたことを喜ぼう。
手塚18回目の命日を5日も過ぎて、やっとまとまった感懐である。

(※1)特別高等警察。戦前の治安維持法に基づき、いわゆる思想犯を取り締まった。
   狂気の警部を演じるのは手塚作品ではおなじみの悪役ハム・エッグ。
(※2)週刊文春1983・1・6〜1985・5・30連載。豪華版、コミックス、文庫本など
   さまざまな版型で単行本化。上掲は全集版で全5巻。
(※3)山中に入る手前の場面に「六甲みち」と刻まれた道標が登場するが、これは
   実在のもの? 流れから判断すると灘とは思えず。布引あたりかと…。


2006年12月16日(土曜日)

スローボートで中国へ

カテゴリー: - mj-soul @ 15時34分29秒

中国行きの貨物船に
なんとかあなたを
乗せたいな、
船は貸しきり、二人きり……
            ─古い唄

処女短編集『中国行きのスロウ・ボート』の扉に村上春樹はこう記した。
「古い唄」は『On a Slow Boat to China』。
若きソニー・ロリンズの名演でも知られる1948年のスタンダード・ナンバー(※1)。
村上春樹は芦屋から阪急電車に乗り、六甲からバスで神戸高校へ通ったという。
「ボタンダウンのシャツにピカピカの革靴。みんな丸刈りなのに少し伸ばした髪を横分けにしていた」(※2)
モダンな少年は、アメリカ文学とジャズと摩耶山麓の空気の洗礼を受け、やがて
寄る辺なき時代の世界文学を創造してゆくことになる。
表題作『中国行き〜』は、その彼が「生まれて初めて書いた」短編小説である(※3)。

不思議な話だ。
両の手で捕えてもなお掌の中で浮遊するような、行き場を失った感情が頼りなげにたゆたうような。
3人の中国人との出会いとすれ違いの物語。
1人目は、模擬テストの会場となった港街の中国人小学校に勤める中国人教師。
彼は、「僕」ら日本人生徒に対し、2つの国の間に必要な「尊敬」と「誇り」について説く。
2人目は、東京の大学時代にアルバイト先で知り合った女子大生。
無口で、考えようによっては美人といえなくもない彼女との始まりに「僕」は滑稽な過ちを犯す。
3人目は、喫茶店で突然声を掛けてきた百科事典のセールスマン。
かみ合わぬ会話の中、彼が高校の同級生であったことを「僕」は思い出す。
出会いにも別れにもたいした意図はない。もちろん悪意も。
なのに、どうしても埋められない距離。違和感。
その理由を「僕」は女子大生の投げやりな言葉の中に探す。
「そもそもここは私のいるべき場所じゃないのよ」
彼女たちの存在の不確かさを匂わせる。匂わせるのだが、やがて「僕」自身こう思うに至るのだ。
「おい、ここは僕のための場所でもない」
東京。「濁ったコーヒーゼリーのような薄暗闇」を心にもたらす風景。
言葉は消え、夢は崩れ、重い沈黙と無限の闇を予感させる街。「世界」は自分の中だけにしかない。
それでも…。

初の短編であるこの小説を、村上春樹は発表後に2度書き直している。
アメリカで翻訳出版された作品を”逆輸入”した短編集『象の消滅』(※4)には3稿目が収録されており、
文庫版と読み比べると大幅に手が入っているのが分かる。
だがもちろん主題は変わらない。
1970年代の東京が村上春樹にとって「自分の場所」でなかったとすれば、
1960年代の灘は彼にとってどんな場所だったろうか。

(※1)作詞・作曲者はFrank Loesser。邦題はもちろん「中国行きのスローボート」。
(※2)同級生の証言。2006・4・12付神戸新聞より。
(※3)初出は「海」1980・4月号。
(※4)「ニューヨーカー」誌などに掲載された1980〜91年の短編選集。05年、新潮社刊。

●オマケの灘ノオト
粋な小唄として、モダン・ジャズ界に限らず渋くカバーされるこの曲。灘ノオト的には、憂歌団の『SLOW BOAT TO CHINA』。木村充揮さんのいつになく涼し気な、抑えた歌い口をサポートするアンサンブル。島田和夫さん(灘区在住)の絶妙なブラッシュワークが音の景色を決定的に作っている。
♪きみを乗せ 行くSlow Boat to China 夢の国へ♪


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