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2011年1月24日(月曜日)

その街のこども、その街のはなし(4)

カテゴリー: - library @ 16時00分45秒

水道筋を抜け、御影の山手にある美夏(佐藤江梨子)の「おばあちゃん家」を目指す二人が登る
坂道は、天神筋もしくは天神坂と呼ばれている。
坂の上に五毛天神(河内國魂神社)があることから名付けられた。
灘区は南北をまっすぐに結ぶ道が意外と少ない。
水道筋から摩耶山麓に向かって、一直線にナイフで街を切り裂いたかのような道の両側には、
中の手から山の手までの「街の断面」が露出する。
この断面を味わいながら歩くのも天神筋の楽しみ方の一つだ。

阪急電車の天神湯踏切周辺は「むかで屋コンツェルン」の施設群が占める。
勇治(森山未來)と美夏が豚まんを買うセブンイレブンは、かつては「むかでや酒店」という
酒屋だった。現在は焼鳥の「百足屋」、クリーニングの「ムカデヤ」「むかでや不動産」などに、
その不思議な屋号が受け継がれている。
コンビニを出た二人が豚まんを頬張るあたりには、震災前まで市場の入口があった。
元々昭和22年に奄美廉売市場として発足した西灘市場。
このあたりの路地の奥には南島のコミュニティが息づいていた。
水道筋という巨大集積地に隣接しながらも、山の手の固定客が多く客筋のいい市場として
知られたが、阪神淡路大震災後にマンションに建て替えられた。
「ベーカリーハウスほてい堂」の南に路地に市場の通路の痕跡がかろうじて確認できる。
市場の西入口は、摩耶商店街の小さなアーケードが残り、震災前の風情を残している貴重な空間だ。

天神筋にはもう一つ忘れてはならない道の「断面」がある。
勇治に荷物を持たされ美夏がよろめいた先、福住通と天城通の町境にある東向き一方通行の道は、
市電の終点上筒井から阪神大石、篠原手崎(灘公設市場前)に向けて市バスが走る、灘の東西を結ぶ
中の手の幹線道路だった。
少しベテランの灘クミンは2系統が走る「上のバス道」に対してこの道を「下のバス道」と呼んだ。
山手幹線を下のバス道と呼ぶ人もいるようだが、歴史的には「市電道」と呼ぶのが正しい。

二人は暗い坂道を山手方向へ歩き始める。
いつもは静かな山の手の坂道だが、1年で2日間だけ人があふれる日がある。
毎年5月2日、3日に開かれる、坂の上にある五毛天神の「春祭」では、道の両側に屋台がずらりと並ぶ。
夕闇迫るころ、屋台の間を五毛、上野、畑原、篠原のだんじりが提灯を揺らせ、喘ぎながら坂を登って
いく勇壮な道に変わる。

だんじりと同じようにぐいぐいと坂道を登って振り向くと、海が見える。
美夏の「おばあちゃん家」はもうすぐだ。(つづく)

ほぼ灘ロケ作品『その街のこども劇場版』は1月15日からいよいよ
全国で上映。日本各地の灘クミンの皆さまは是非!

劇場情報ははこちら
http://sonomachi.com/theater/index.html

神戸での上映は1月25日まで
神戸映画資料館 http://kobe-eiga.net/
1/24(月)・25(火) 19:00

『その街のこども』オフィシャルサイト
http://www.sonomachi.com/



2011年1月14日(金曜日)

その街のこども、その街のはなし(3)

カテゴリー: - library @ 11時00分21秒


『その街のこども劇場版』予告編より「水道筋商店街往路」



勇治と美夏の胸の内を表しているかのような、照明が落とされた暗い
水道筋商店街のアーケードを二人は歩く。
スクリーンで薄暗いアーケードを見ていると、震災前の水道筋にタイム
スリップしたような感覚になった。リニューアルされた現在のアー
ケードに比べると薄暗かった震災前のアーケードの暗さに近いのかも
しれない。
震災後、壊れたアーケードは新しく改装するため撤去された。
アーケードが完成した1958年(昭和33)以来、実に37年振りに水道筋
から青空が見えた。
アーケードのない水道筋を歩いた。
どこか、初めて来た場所を歩いているような気がした。


昭和40年代の水道筋商店街(写真:灘中央地区まちづくり協議会)


アーケードの東端で立ち止まる二人。
「TUBOMAN」の看板がある一角はたこ焼き屋、小鳥屋、模型屋兼
駄菓子屋が軒を連ね、連日子どもたちでぎわった。
このあたりは「6丁目のアマゾン」とともに、「その街の子どもたち」
のプレイスポットだったのだ。
木製の引き戸を開けると、猫の匂いがする、数人入ると満員になる
模型屋のショーケースには、精巧な戦車や戦艦の模型の完成品が並
べられていた。ミリタリーもの以外にも、骸骨の手が硬貨をつかむ
貯金箱や、『ドボチョン一家』のフランケンなどの、ちょっとおど
ろおどろしい物も子どもたちの羨望の的だった。
「大人になったら、あの戦車売ってもらうねん!」
そう心に誓った子ども多かったに違いない。
おそらく誰もその願いが叶わないまま、2008年に模型屋は跡形も無く
なくなった。

模型屋の南隣には、水道筋最後の映画館があった。
水道筋は中央劇場、西灘東映、西灘第一、第二、摩耶劇場、灘松竹
など6つの映画館が並ぶ、神戸東部随一の「映画の街」だったのだが、
次々と閉館し、かろうじて西灘第一、第二劇場が「西灘シネマ・西灘
劇場」として生き残った。
「西灘シネマ・西灘劇場」は2つの顔を持つ。
成人系のシネマでは「馬を愛した牧場娘」「和服妻陵辱」などの成人
映画が、後期にはアート系作品を上映するようになった西灘劇場では
「12人の怒れる男」「草ぶきの学校」など文学的タイトルが並んだ。
まさに聖と俗。ジキルとハイド、あるいはアシュラ男爵的な映画館。
買い物帰りに、灘温泉帰りに、下駄履きで立ち寄れる映画館として、
神戸市内でも貴重な存在だったが、2004年5月31日に惜しまれながら
「水道筋の映画館」は閉館した。
跡地には何事も無かったかのように瀟洒なマンションが建った。

奇しくもこのドラマのロケが行われ、森山未來と佐藤江梨子が、映画
館跡近くで足を止めたのは、西灘劇場の地霊が彼らを呼び寄せたのか
もしれない。


『その街のこども劇場版』予告編より「水道筋商店街復路」


御影山手にある「美夏のおばあちゃん家」から、東遊園地を目指す二人
は再び水道筋へ。
行きは真っ暗だったアーケードは、明るくまばゆいばかりの光のトンネル
になっていた。
勇治と美夏は何かに吹っ切れたように水道筋を駆け抜ける。
もう立ち止まったりしなかった。
画面に映った「汽笛亭」がもともと瓦せんべい屋だったことも、子ども
であふれた模型屋があったことも、そしてこの地に映画館があったこと
も忘れるように。

無数の記憶と歴史が積層する水道筋も16回目の1.17を迎える。
(つづく)

劇場版『その街のこども』のシネ・リーブル神戸での上映は終了しましたが、
1月15日(土)〜1月18日(火)まで長田区の神戸映画資料館で上映されます。
1/15(土)19:30
1/16(日)19:30
1/17(月)・18日(火) 11:00、13:00、19:00

神戸映画資料館
http://kobe-eiga.net/



2011年1月6日(木曜日)

その街のこども、その街のはなし(2)

カテゴリー: - library @ 11時00分49秒

「西灘のガード」を越えたところで勇治の足が止まる。
通りの突き当たり、JR東海道線の下には「赤トンネル」と呼ばれた
長いトンネルが明治時代から街の南北を結ぶ。
その重厚な断面は歴史的建造物と呼んでもおかしくないオーラを放つ。
実は初代の灘駅はこのあたりに開業した。
神戸港方面への貨物をさばくために貨物専用駅として初代「灘駅」
が開設されたのは1907年(明治40)。
その後、西灘村、西郷町の有志が旅客扱いを鉄道省に要望し、1917年
(大正6年)に現在の場所に旅客駅として灘駅がつくられ、元の貨物
取り扱い駅は灘駅の東なので「東灘駅」と改称された。

赤トンネルの遥か先には摩耶山がそびえ、「傷」のように見える
ケーブルカーの軌道が山腹に走る。
かつては夜になると軌道沿いに照明が灯り、ちょうど摩耶山にかけ
られたネックレスのように見えた。今は深い緑に覆われてしまった
「軍艦ホテル」の威容と合わせて、美しい摩耶山のオブジェだった。
山に向かって真っ直ぐ延びるこの道は、天上寺の参詣道だった道で、
参詣道と西国街道などの幹線との交差部には山門が設置された。

高度経済成長期になると、この道の両側にはパン屋、八百屋、下駄屋、
本屋、豆腐屋、うどん屋、たこ焼き屋など小さな商店が軒を連ねた。
ガレージを改造したゲームコーナーには、ピンボールに興じる「その
街のこども」たちの声が響いた。
通りの西には「富士温泉」もあり、灘南部の下町らしい小さなにぎわ
いを見せていた。

平成7年1月17日、「トラウマ地帯や…」と勇治がつぶやくいたこの
街角も大きく揺れる。
倒壊した家屋が街路を塞いだ。実に地域内の半数が全壊という激震地
だった。
長い赤トンネルはシェルターとなって、何人かの命を救った。
このエリアも間もなく16年目の1.17を迎える。
赤トンネルの上の広大な東灘操車場は震災後その任を解かれ、皮肉
なことにかつての灘駅発祥の地にはJRの新駅ができることになった。
駅周辺には700戸余のマンション群が建つという。
この道から望めた、摩耶山の麗峰もやがて見えなくなるのだろう。

「西灘のトラウマ地帯」を越えた勇治と美華は水道筋へと向かう。
(つづく)


その街のこども劇場版』はシネ・リーブル神戸で上映中。
神戸の上映はいよいよ明日まで!

詳細は
シネ・リーブル神戸
『その街のこども』オフィシャルサイト


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