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2009年4月28日(火曜日)

ケーブルカーを愛する人へ

カテゴリー: - library @ 11時40分06秒

神戸の人がもっと自慢していいものの一つにロープウェーとケーブルカーがあると思う。
西から須磨浦ロープウェー、布引の夢風船、摩耶ケーブル、摩耶ロープウェー、六甲ケーブル、
六甲有馬ロープウェー。
実に6つもの索道、鋼索鉄道がある。
日本でこんな街は他にはないだろう。
市民と山との濃密な関係を表したものだと思う。
ロープウェーとケーブルカーはいわば神戸市民と山との「へその緒」なのだ。
しかし古くから街と山をつないでいた「へその緒」達も現在では経営が苦しいという。
5年前に大パノラマを誇った六甲有馬ロープウェー表六甲線が休止に、
そして昨年日経新聞に掲載されたショッキングなニュースに驚かれた方も多いかと思う。
まやビューライン(摩耶ケーブルと摩耶ロープウェー)の運営継続が難しいという記事。

大正14年に摩耶山天上寺の参詣客を輸送するために敷かれた摩耶ケーブルは
80年以上の歴史を誇る老舗のケーブルカー。
そして摩耶山の母「摩耶夫人(まやぶにん)」と灘クミンをつなぐ大事な「へその緒」である。
水害、戦争、水害、そして震災と大きな困難に出会い、その度に復活してきた、
灘クミンにとってはフェニックス(不死鳥)のような存在でもある。
阪神淡路大震災で被災し長期休止になった時は、さすがにもうこのまま廃止かと思われたが
平成13年、灘クミンをはじめ多くの署名で四たび息を吹き返す。
まさに神戸の街の復興のシンボルだった。

市民に愛されたケーブルといえば、サンフランシスコのケーブルカーが有名だが
今回の灘文化堂はそんなケーブルカーとサンフランシスコっ子の
愛を描いた絵本『ちいさいケーブルカーのメーベル』を紹介したい。
実際にサンフランシスコで起こった事件を元にした物語だ。




坂と海にはさまれ、神戸と似た街サンフランシスコ。
1906年のサンフランシスコ大地震の前は8つものケーブルカー会社があったという。

 メーベルはケーブルカー。
 サンフランシスコの さかみちを チンカン……チンカン
 のぼって くだって むきをかえ、
 もときた みちを また のぼります。

主人公のサンフランシスコ自慢のケーブルカー「メーベル」は働きもの。
彼女はこの街の移り変わりをじっと見つめてきた。
そして街が眠りにつく頃、
メーベルは昔話を始める。

 おぼえてる? この町が 小さくて、
 みんなが たがいに かおみしりで、
 だれも いそいだり、いらいらしたり、しなかったころのこと。
 むかしは よかったわねぇ。

サンフランシスコは大火にも見舞われた。
メーベルはそんな恐ろしいできごとはめったに思い出さなかったが
どんなに早く町が立ち直ったかを思い出したりした。
しかし町が大きくなるにつれ、ケーブルカーは忘れ去られていく。
それでもけなげに市民のためにはたらくメーブル。
メーブルは自分の町と、自分の仕事と、そして町の人が大好きだったのだ。
しかし、サンフランシスコ市会はそんなメーベルを見捨てようとする。
ある日、大型バスのビッグ・ビルにこんなことを言われる。

 きみたちは きゅうしきで じだいおくれ(中略)
 そのうえ、もうからないのが いちばん こまる。
 (市会)ぎいんさんが のぞんでいるのは スピードと はってん。
 それに やすあがりなこと。

まもなくサンフランシスコ市のケーブルカー廃止計画が市民の間で噂になる。

 「ケーブルカーがなくなる? ざんねんだな。それが はってんと いうものか」
 「さびしくなるなあ。この町から ケーブルカーが なくなったら、ほかの町と おんなじだ」

だが一人の市民が声を上げた。

 「とんでもないわ。わたしたちの町でしょう? それは わたしたちで きめましょうよ。」

そしてやがて市民の声は大きくなり、住民投票へ。
ここからのくだりは民主主義の原理や手続きなどがドラマチックに展開され、なんともアメリカ的
なバタ臭ささが漂うが、なんとかケーブルカーは残されることになる。

現在、神戸のケーブルカー、ロープウェーはかつてのメーベルと同じ状況にあるのかもしれない。
これまで灘区民はなんとか摩耶山に活気を取り戻そうと、山上ビアガーデン(ステラ702、451)や
山上市(摩耶山リュックサックマーケット)を開催してきた。
しかしそんな中での摩耶ケーブル存続困難のニュース。
このまま黙って指をくわえていてもしょうがないし、かといって声高に「廃止反対」を叫んだり
署名活動をしたりする気もさらさらない。
さらに何かクミンにできることはないか?
単に一鉄道を残すというのではなく、「へその緒」を切られることで摩耶山との関係も切れてしまう
のでは?そんな危機感もあって我々は昨年末に勝手連的なまやビューライン応援団
「摩耶ビューラインサポータースクラブ(仮)」を立ち上げた。

その第一弾プロジェクトがいよいよ4月29日から始まる。
「摩耶ケーブル駅弁製作販売」。
おそらく80余年の摩耶ケーブルの長い歴史の中でもなかったであろう「駅弁」を灘クミンの手で作り
こっそり販売する。
もちろんこの弁当でケーブルカーの存続に寄与するほど増客できるなどこれっぽっちも思っていない。
これは灘クミンの「意思表示」であり、摩耶ケーブル、ロープウェーへの「ラブレター」なのだ。

メーベルは思い出す。

 おぼえている? にちよう日の ごごは こうえんや うみべへ 出かけ、
 おやすみの日は 1日じゅう えんそくに 出かける人々を のせていった ころのこと。

摩耶ケーブル、ロープウェーもサンフランシスコ市民に愛されたメーベルのように
クミンに愛される鉄道であって欲しい。
そんな想いを込めて、僕らは駅弁を売る。


摩耶ケーブル駅弁販売

日時:4月29日(祝)
   12:00〜
場所:摩耶ロープウェー星の駅前
個数:先着限定29食
   限定品のためお一人様1個まで
企画販売:摩耶ビューラインサポーターズクラブ(仮)
製作:新家(東畑原市場)

とりあえず第一弾「春弁」販売です。
今回は摩耶山からの風景を詠んだ与謝蕪村の春の句「菜の花や月は東に日は西に」
を弁当で再現。
摩耶ケーブルの最大傾斜「29度」にこだわった、ビジュアルコンセプト。
灘の食材にこだわったテイストコンセプト。
好評であれば毎月販売予定でっす。


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