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2008年12月5日(金曜日)

鶴甲に機関車現る

カテゴリー: - library @ 17時00分02秒

1973年、水陸両用の蒸気機関車が日本全国を旅するという画期的なTVドラマが
放映された。
「走れ!ケー100」と題されたその子ども番組はたちまち大人気となる。
モータリゼーションの波が押し寄せ、各地から蒸気機関車が消えていった
時期に「蒸気機関車にゴムタイヤをつけて道路を走らせよう」という設定は
お見事としかいいようがない。
しかもアニメではなく実写だったのだ。
なにせ蒸気機関車が神社の階段を登ったり、沖縄の海の上を走ったりと、
信じられないパフォーマンスを見せるのだ。
子どもたちがハマらないはずがない。
そして人の言葉や感情を理解し、煙突から出る煙の色や汽笛で喜怒哀楽を表す
という芸の細かさ。
単調な勧善懲悪モノに成り下がったウルトラシリーズに飽き飽きしていた
子どもたちもこのドラマには目を輝かせた。
実は私も引き戸の戸車を車輪にし、ボディを木の板で作った一人乗りの
手作り機関車「K100号」に乗って遊んでいた。ただしドラマのケー100とは
違い坂を下ることしかできなかったが。

そしてこのドラマのもう一つの魅力は、全国を行脚するロードムービー
(といっても過言ではない)だったことであろう。
鹿児島を出発したケー100は北海道にいる老機関士に会うために日本列島を
縦断する。そして北海道で折り返し、復帰間もない沖縄を目指し、また旅に
出る。
4万キロを走破し、ついに最終回の沖縄へ。
沖縄ロケ回のうち1回は、ウルトラシリーズの脚本家で沖縄出身の脚本家
上原正三作品だった。医者役でウルトラセブン灘ロケ作品の脚本を書いた
「キングジョー」こと金城哲夫氏が登場するのも見逃せない。
ハブにタイヤを噛まれたケー100は血清で命を吹き返す。
ツボを心得た演出だ。
そして感動のラストシーン。
ケー100が夕陽にきらめく海に入っていく。
汽笛を鳴らしながらニライカナイに向かって消えていくケー100。
さよなら、ケー100。

そしてケー100は灘区も訪れていた。
第9話「煙モクモクなんだ坂、こんな坂〜兵庫の巻」である。
姫路から神戸に入ったケー100は少年ケンイチの父を捜すためになんと
六甲登山口経由で六甲山に登る。
「六甲山や摩耶山はケーブルで登るもの」と思っていた灘っ子たちに
とって、六甲山を登る蒸気機関車の映像はさぞ衝撃的だっただろう。
残念ながら私はこの回を覚えていない。
ひょっとしたら見逃したのかもしれない。
しかし、何人かの灘区民から「鶴甲公園でケー100を見た」など、
鶴甲近辺での目撃情報がいくつか寄せられている。
当時のロケを覚えている方がいらっしゃいましたら、
是非情報をお寄せください。
そして誰かこのDVDボックスを買ってください。
上映会をしますので(笑)



参考サイト
「発車オーライ!走れ!ケー100」


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