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2008年4月23日(水曜日)

Joyが宿る場所

カテゴリー: - MJ @ 14時00分00秒

「シャッターを下ろしてからはじめるお店をします」
なるほど秀逸なコピーだと、はじめて聞いた時に思った。
営業形態を的確に表現しつつ、
ふだんとは違う特別な愉しみが店の奥に待っていそうな、
ちょっと秘密めいた感じも匂わせる。
水道筋のど真ん中にある繁盛店、うどんの[な也]が、
月2回のライヴハウス営業を始めてちょうど3年が経った。
そのキャッチコピーから受けた印象どおり、
夜の顔である[Closing Time Club NA-YA]は、
新しい音楽や人との豊かな出会いをいくつも僕にくれた。
よい音に浸って胸躍らせる悦びや、ぐっと込み上げるような気持ちを、
酒に溶かし込んで何杯も何杯も飲み干してきた。
出演者としても、オーディエンスとしても。
 
「うどん屋でライヴ」という一風変わった組み合わせばかりが語られがちだが、
純粋にライヴハウスとして見ても、相当に充実したハコである。
機材も、音響も、出演者も、企画や演出も、木の空間の雰囲気も、ライヴ時限定メニューも。
販促目的や「おしゃれ」な演出として、あるいは、「カッセーカ」だか「まちおこし」だかの道具として、
ライヴに“場所貸し”するイベントならいくらでもあるけれど、ここは違う。
「本業はうどん屋ですけど、趣味でライヴもやってまして……」
というような、ハンパなエクスキューズは一切ない。
音楽の持つ力を伝えたい、音楽を感じる悦びを提供したいという一途な想いが、
空間の隅々まで溢れているのだ。
本気の想いは伝播する。
だから、[NA-YA]のお客さんはいつも心の底から楽しそうだし、
一度出演したミュージシャンは、また出たいと思う。
   
すべては人なのだと思う。
この店のスタッフには何かとお世話になっているが、
とりわけ大将の岡ちゃんは、僕にとって大恩人だ。
僕のやっている拙い歌盤レビューHP(現在は長期放置中)に目を留めてくれて
「あのHPでやってるようなことをライヴでやれへんか。タイトルもそのまま『Singer’s Delight』で」
と、嬉しすぎて天にも昇るような提案を岡ちゃんがしてくれなかったら、
自分にとって「音楽をプレイすること」はフェイドアウトしていたかもしれないし、
灘や水道筋という街と、これほどまで関わることもなかっただろうと思う。
水道筋ミュージックストリートにしても、精神的支柱たる岡ちゃんがいたからこそ実現したのだし、
小さくても着実に、これからも続いていく予感があるのだ。
音楽や街が「ただただ好きだ」という強くまっすぐな気持ち。
いろんな想いや要望を受け止めて、かたちにしていく包容力と実行力。
ミュージシャンにもお客さんにも心地よく過ごしてほしいという徹底したサービス精神。
岡ちゃん自身が歌い手で、神戸マスクワイアの一員だからであろうか、
いまこうして書きながら思い浮かんだ大好きな歌がある。
「Center of My Joy」
リチャード・スモールウッドが書き、多くの人に歌い継がれているゴスペル・バラード。
そう、[NA-YA]という場所は、水道筋に宿る「Joy」の揺るぎない中心なのだ。

ライヴハウス仕様になった店をはじめて体験したのは、3年前のコケラ落としで、
川上盾さんと会津の牧師仲間である片岡謁也さんとの「J.C.Brothers」だった。
あさって25日(金)に、その盾さんが続けているシリーズ「ありがとう川上盾です」の第6弾がある。
ゲストのデュオ「nao-shin」も見モノの、ラジオの公開録音風ライヴである。
シャッターは下ろしていても、[Closing Time Club NA-YA]は
音楽と街を愛するすべての人に開かれている。

●今日の灘ノオト:Center of My Joy / Ruben Studdard

  TVのアイドルスカウト番組出身、「テディベア」の愛称を持つ実力派R&Bシンガーが
  クワイアをバックに、スケールデカく歌う。巨漢のルックスがどことなく岡ちゃんに…。


2007年9月26日(水曜日)

On the Border

カテゴリー: - MJ @ 12時00分00秒

夜の市場に灯る「やきとり」の提灯。トタン張りの壁。その前に停めた自転車。
ニコちゃんマークの引き戸を開けると、ビニールののれん越しに赤く妖しい灯が漏れる。
「スタンド・チンタ・リカーホール」。正確には「ボーダースペシャル」と続く。
もとは、いまの「モンク」の場所にあった焼鳥スタンドだった。
畑原市場に移転したときに、国境の街のちょっと怪しげな酒場のイメージを造った。
灘に音店数あれど、いや灘に限らずとも、ここほど濃密に「音楽的」な空気を漂わす店はないと思う。
ディープな音楽談義が飛び交っているとか、レアな音源に思わず「おおぅ」とのけぞるとか、
そういう一方向に収斂する音楽性ではない。多方向へ拡散し、すべてに「音楽」をまとわせてしまう空気感。
だからこそ水道筋ミュージックストリートにも欠かせない自慢のステージになる。
 
こんなことがあった。
一人でぶらっと店に寄り、カウンターで鳥のヒップか何かをアテに焼酎を飲んでいたときだ。
奥の方にいたアメリカ人と思しき客が勘定をしに出てきた。
彼は帰り支度にリュックを背負っていたが、入口付近の壁にギターがあるのに目を留めたらしい。
「コノギター、ヒキマスカ」と言って手に取ると、いきなりジャッカジャッカジャッカ……
シャッフルブルースの定番リフを弾き始めた。「おー、えーぞえーぞ、やれやれー」思って見ていたら、
俺の隣でやはり一人飲んでいたおっちゃんが胸ポケットをまさぐり始めた。
おもむろに取り出したるはブルースハープ。え、なんでそんなん持ってるの。
おっちゃん、キーを確認するとギターに絡み始める。ホワァ〜ン……
あらら。目の前にこうお膳立てが整うと、歌い手として乗っからないわけにはいかない。
焼酎を手に居住まいを正すと、俺も加わった。「Everyday,Everyday I have the blues……」
何の予告も言葉もなしに、たまたま行き交った人間同士で始まった、まさしくセッションである。
1曲終わると、アメリカ人は陽気な笑みを浮かべて去っていった。
おっちゃんはハープを胸にしまい、何ごともなかったように酒に戻った。
だから俺も焼酎をおかわりし、キャベツをかじって静かに興奮を冷ました。
 
ここでは、空気の中に音楽が溶け込んでいる。
だれかが何かのきっかけで火を点けると、空気中の「音」が一気に膨張して店に充満する。
一触即音。音楽とアートと風俗が絡み合ったサイケの時代はこんなふうだったのかなと思う。
すべては、カウンターに立つシンちゃんのセンスだ。
カントリーブルース好きでギターを弾いたりもするが、店ではディープなブルースばかりではなく、
ソウルもモダンジャズもニューオーリンズものも、ボサノヴァもラグタイムもフレンチ・ポップスみたいなのも、
独特のセンスでかけてくれる。もとは絵描きだったし、いまは自転車乗りでもある。
国境の酒場に持ち込まれる文化は、雑多で怪しく、混沌として、何よりも豊かなのだ。

その店に専属バンドが生まれた。「スタンド・チンタ・クラブバンド」。
スタッフとしてもおなじみの一平くん(サックス)や明人くん(ギター)がメンバーとなる5ピースバンド。
9月30日にそのデビューライヴがある。午後9時スタート、ノーチャージ。
それが終わると、店は改装に入る。カウンターを広げ、フードを充実させ、店名も少し変えるのだそうだ。
ちょっと寂しい気もするけど、ひとつ所に留まっていないのがこの店らしくもある。
どんな内装になるのかな。訊いてみたら「食堂車みたいなイメージですね」と。
再オープンは10月9日。
バンドを乗せて国境を往く音楽列車を、俺はいまから頭に描く。

●今日の灘ノオト:Sgt.Pepper’s Lonely Heatrs Club Band / the Beatles

  チンタの音イメージとはちょっと違うのだけど、雑多でサイケでクラブバンドで……
  というキーワードからこの曲を。『ラバーソウル』あたりの萌芽が結実した超有名盤。


2007年7月25日(水曜日)

扉の奥のソウル

カテゴリー: - MJ @ 09時15分00秒

酒はソウルバーで覚えた。
チャンジャとケジャンでマッコリを、という話ではもちろんなくて(それも好きだけど)、
ソウルミュージックが流れる酒場である。
京都にいた学生のころ、いま思えば少し背伸びをして、木屋町近くの「Up’s Club」という店に通い、
神戸に来てからは元町の「Moon-Lite」、三宮の「SugarFree」に足繁く。
大阪なら、ミナミに「Marvin」、キタに「Zip」や「Tracks」。
ずいぶん世話になった。飲み方も自分のペースもよく分からないころは、深酔いしては歌い、ゲロもよく吐いた。
ビルの屋上や駅のベンチで寝たことも一度や二度じゃない。迷惑千万な客であったろうし、何よりみっともない。
それでも、とにかくソウルやR&Bが聴きたくて、知らない音を求めて、通い詰めた。
バンドマンとの付き合いのなかでは決して名前が出て来ない、70年代のコーラスグループやちょっとブラコンぽい味のシンガーたち、Hip-HopがかったコンテンポラリーなR&B……ブラックミュージックの持つ普遍的な「歌力」にはっきり目覚めたのは、カウンターの中に立つ「先輩」たちがかけてくれるレコードによってだった。
「こんなんどう?」と勧められ、「ウオー、カッコええです!サイコーです!誰ですか、コレ」と叫ぶ、そんな会話を何百回と繰り返した。
ちょっとカッコつけて言うならば、僕は酒と一緒にソウルミュージックを吸収してきたのだ。

僕にとってそんな特別な場であるソウルバーが灘にできたと聞いたのは、昨年末、三宮「SugarFree」でのこと。
「うちのお客さんが六甲道にソウルバーを開いてん。ええ店やで」と。
JR六甲道北側の線路沿い、立ち呑みの「刀屋」をさらに西へ数十メートル行ったところ。
「....in tha door」(イン・ザ・ドア)という。野暮を承知で断っておくが、綴りはこれで合っている。
ソウルバーというのは、たいてい繁華街のちょっと外れにあって、外からは中の様子はうかがい知れず、
ドアを開けても照明は落としてあり、ブラックライトが妖しく灯っていたりする……というのがスタンダードなのだが、
この店はそういったセオリーからことごとく外れている。
外観は女性の一人客でも気軽に入れるカフェか雑貨屋のようだし、店内も明るい。
ウィスキーや焼酎もあるけど、メインはワイン。「パルマ産生ハム」「地鶏のスモーク」、さらに「モッツァレラサンドのバーニャカウダソースがけ」といった充実のフードに至っては、もはやバールと呼ぶのがふさわしい。最近は入口にテラスを造り、外飲みもできるようになっている。
 
しかし、練達のソウルバーに通った「お客さん」であり、その店主が「ええ店やで」と勧めるぐらいだから、
ある種の「濃さ」はいかんともしがたく匂う。その源は「音」、そしてそれを選ぶ「人」であることはいうまでもない。
エボニーズ、モジュレーションズ、トゥルース、チャールズ・ドレインにグレン・ジョーンズ……おそらくソウルファン以外には何のこっちゃワカラン、こういう人たちの歌を灘の酒場で聴ける日が来るとは思いもしなかった。
カウンターに立つ2人は丸刈りの大将が兄貴、無精ひげの男前が弟。3兄弟の長男と三男という構図は、水道筋の甘味処「あかちゃ家」の男性版といったところ。息の合ったコンビネーションのトークは、とりたててソウルファンでなくても充分に楽しめるだろう。
だが、僕は思うのだ。
願わくば、あなたが「....in tha door」を入ったその奥に、ソウルミュージックのめくるめく世界へ通ずる、もう1枚の扉が開かれんことを。熱く美しき魂の泥沼にハマる灘クミンが1人でも増えんことを。

 ─────< イベントのお知らせ>─────
 しげじ屋....in tha door 
 7・31(火)19:00〜22:00  
クレイジーケンひと筋の焼肉屋「しげじ屋」が一夜限り「....in tha door」に出現。噂の六甲道コラボによる真夏のファンキー・モツ鍋パーティー初開催。ビール250円、モツ鍋1杯400円。祭りや!祭りや!

●今日の灘ノオト:Close the Door / Teddy Pendergrass

  マッチョな男前がバリトンヴォイスで「ドアを閉めてこっちへおいでよ」と、
  ベッドタイムの始まりを告げるエロ歌の定番。ソウル界不滅のモチーフ。


2007年5月30日(水曜日)

青い夜、赤い灯

カテゴリー: - MJ @ 08時00分00秒

初めて買ったジャズのレコードはセロニアス・モンク『Brilliant Corners』じゃなかったか。18歳だった。
不協和音を連発し、奇妙なメロディを操り、客に向けてケツを振るケッタイなピアニストなんかに
なぜ初心者が手を出したかというと、そのころ知り合った鍵盤弾きのマンボ松本が
「ヒップなジャズならモンクだぜ」みたいなことを言ったからだ。やつもどこまで分かっていたのか知らないが、
ともかく初めてのジャズ盤に正面から向き合おうと胸を高鳴らせて針を落とした僕は
バーバァババーン、ババババババババーン、ボヨヨヨヨーン、ピロン…
という奇怪な音塊の襲撃を受け、「?????」と目を白黒させるハメになったのだった。
が、それでも初めてのジャズマンということもあって、なんとなく気になる人ではあり、
その変なアルバム(いや、ジャズ的には名盤なんですが)は聴き続けたし、
ときどき思い出したように何枚かのレコードを手にした。
「Pannonica」「Straight, No Chaser」「Round About Midnight」……それから、「Blue Monk」。
バレルハウスの片隅に響くヨレヨレのホンキートンクみたいなこの曲がとても好きだった。
青のモンク。或いは、モンクの憂鬱。

灘のモンクは、赤い。
畑原東商店街の角に立つスタンドバー。外観はバレルハウスというより、掘っ立て小屋に近い。その昔、開高健がバクダンをあおった闇市の酒場はこんなふうだったかもしれない、と思わせるほどに。
扉を開ければ、赤い灯に染まる昭和レトロな空間。天井から垂れ下がる玉のれん。ミラーボール。ダイヤル電話。壁際の古書。若いころかぶれた大江健三郎がある。サイケな装丁の『万延元年のフットボール』。
それらが渾然となって、キッチュで妖しい、無二の酒場の空気を醸す。
早い時間に行くのが気に入っている。或いは、人の波が絶えた深夜か。
先代灘温泉の遺産である番台に寄りかかり、店主のエーちゃんに酒を見つくろってもらう。
日本酒、焼酎、ハイボール、それから最近覚えたシェリー。若いのに趣味人の風格を漂わすエーちゃんを相手に酒を舐めながら、何を話すでもないのに何か言葉を交わすうち、時が過ぎてゆく。客が増えたら場所を詰め、知り合いがいたらあいさつをする。酔いが回れば、醒ましがてら市場のトイレへ歩く。

そんな酒場の時間を、ブルースとモダンジャズが流れる。
マイルスが好きで、ロリンズが好きで、B.Bが好きで……何がいちばんかと訊けば、意外と正統派の名前を並べるエーちゃんだが、グラント・グリーンのラテン盤も美空ひばりのスタンダード集もロニー・スミスのラフな東京ジャムも、持ち込んだら結構喜んでくれた。
でも、そういえばここでモンクの話をしたことがないな。店名にするほどだから思い入れがあるに違いない。
思い立って、ある日とても好きなソロピアノ盤『Thelonious Alone in San Francisco』を携えて立ち寄った。
1曲目が「Blue Monk」だ。
孤高の詩人のつぶやきのような音。独りピアノに向かう背中をまぶたに描く。
サンフランシスコで奏でられた「青のモンク」が、ほぼ50年の時を経て、灘で「赤いモンク」の空気を震わせた。

●今日の灘ノオト:Blue Monk / Thelonious Monk

  1959年、ツアーで訪れたサンフランシスコの古い集会場で録音されたソロ。
  「Ruby,My Dear」「Everything Happens to Me」も人気の“ほろ苦”盤。


2007年4月4日(水曜日)

働くパンク侍

カテゴリー: - MJ @ 08時00分31秒

夜中のメシは勢い勝負だ。
半日何も口にできなかった恨みと空腹にまかせ、
「ドリャアァ」「デヤーッ」と凶暴な気分で腹を満たしにかかる。
夜中メシモードに入ったとき、俺の精神は10代の若々しさを取り戻し、
「メタボリック?関係ねーぜ!」「中性脂肪?フ××ク・ユー!!」と阪急天神湯踏切への坂道を下る。
行く手のド派手な黄色い看板は「ばらがき」。
“創作居酒屋”から“創作GoGo居酒屋”へ、さらに“突撃酒場”へと、年々うたい文句が過激化しているが、
別にアブナい店ではなく、相当に良心的な居酒屋である。そう、キャラがちょっと濃いだけの。
中場利一の小説に、土方歳三の熱血人斬り青春時代を描いた『バラガキ』というケッサクがあるが、
バラガキとは、土方の故郷の言葉で「イバラのように鋭いトゲを持った悪童」のこと。
その名の通り、店の大将はパンク・スピリットの持ち主である。
80年代にちょっとブレイクしたビートバンド、ザ・モッズを愛していて、
「おんなじような曲ばっかりや」と嗤いながら、もう50歳を回った森山達也の雄姿を追っ掛けている。
ライヴ会場は20年来、見知った顔ばかりだという。
店に貼られた清酒のポスターの中では、ロンドンパンクの伝説、クラッシュのジョー・ストラマーが、
酒瓶をマイク代わりに吠えている。大将の手作りである。
俺も高校時代この2バンドを聞きかじったので、あの勢い一発のサウンドを懐かしく思い起こす。
 
だが、成熟したパンクスは人を斬らない。代わりに自分を痛めつける。過激なまでに働くという形で。
昼間の市場や商店街で、ガタイのいい大将の買い出し姿によく出くわす。
中の手の住宅街でチラシをポスティングして歩く姿もよく見かける。
夜中にメシが食えるぐらいだから、営業は深夜まで。
刺身をふんだんに盛った「海鮮GoGoサラダ」から「立派なエビチリソース炒め」「名古屋手羽先」
そして「ラーメン屋さんごめんなさい」の本格ラーメンまで、たらふく食わせてくれる。
月1回ペースでライヴもある。しかも基本的にノーチャージ。
さらに、先月からは昼間の宅配弁当を始めた。一折700円。大将が自分で配って歩いている。
「よう働きますなあ」半ばあきれて言うと、
「いや結構ね、明日のおかずは何にしようかって考えるの楽しいんですわ」
と、恋する女子高生か新米ママのようなことを言う。
これまた元パンクスの町田康にならえば「パンク侍」とでも称すべき、熱き男。
反骨精神溢れる元バラガキは、腹を空かせて夜中にさまよう灘区民を救う義士になったのである。
先日やはり夜中メシを食っていたら、どこかの会社の新入社員歓迎会をやっていた。
社会人の門出をこの店で祝うとは、きっと打たれ強いハングリーな社員が育つことだろう。

●今日の灘ノオト:I Fought the Law / the Clash

  パンクとは、サウンドよりもまずスピリットであり、アティチュードだ。ロンドンが燃えていた77年の
  「俺は法と闘った」という歌は、少し前ニッサンのCMで流れていた。ああ、なんという平和な時代。


2007年1月24日(水曜日)

弦と刀、或いは杉玉の誘惑

カテゴリー: - MJ @ 08時36分43秒

杉玉が俺を誘う。
軒先に吊られてまだ2年あまりなのに、もうずっと前からそこにあったような顔で。
JR六甲道駅北の高架沿い。界隈の立ち飲み激戦に火をつけた格好の「刀屋」である。
日本酒を中心に、焼酎も泡盛も灘区内屈指の品揃えを誇る本格酒場だが、
得意げに講釈やうんちくを垂れるような店ではない。
大将はあくまで寡黙に、実直に酒を注ぐ。問われたことには答え、短い会話で客の好みを的確に把握する。
職人なのだ。屋号どおり切れ味のよい。だから俺の酒はたいてい大将まかせ。それで充分心地よく酔える。
音楽も、である。
この店、本格立ち飲みの風情にして、「ギター酒場」の顔も持つ。
BGMはほぼすべてギターをフィーチュアしたサウンド。ジャズもブルースもロックも。
 
あるときは、マヌーシュ・スウィングを確立した伝説の男ジャンゴ・ラインハルト。
あるときは、円熟の域に入ったキレ芸ブルースマン、バディ・ガイ。
あるときは、盲目の超絶技巧ギタリストにしてソウルシンガーのラウル・ミドン。
あるときは、日本のロックギタリスト史に燦然と輝くチャー。
6本の弦が縦横無尽に奏でる響きをアテに飲む。
「いまのフレーズがタマらん」といっては飲み、「このオブリガードがサイコー」といってまた飲む。
いや。口に出すわけじゃない。心で感じる。
酒も音も、ほんとうは言葉などいらない。言葉を費やしても、どうせ語れることはしれている。
「旨いな」「ええな」。それだけでいい。

ギターを愛でる心と銘酒を愛でる心は通じている気がする。名刀をそこに加えてもいい。
屋号のほんとうの由来は、80年代に愛されたスズキのバイク「カタナ」からだそうだが、
そこにも共通するものがたしかにある。
名はなくとも誇り高き職人へのリスペクト。
「オレがオレが」のカリスマ・ギタリストがいたとしても、鮮やかな円月殺法の使い手がいたとしても、
それを支えるのは常に職人の仕事である。
職人は声高に語らない。職人は淡々と自分の仕事をこなす。職人は結果だけで勝負する。
その心地よさを味わいたくて、またふらりと杉玉に誘われてみる。

●今日の灘ノオト: Brother,Brother / David T. Walker

  参加アルバムは数千枚とも。「職人」を究めて唯一無二の存在となった美しき例が
  この人。先月復刻された70年代の傑作からキャロル・キングのインスト・カバーを。


2006年12月13日(水曜日)

お百度スウィートホーム

カテゴリー: - MJ @ 08時58分18秒

♪Come on,Oh baby don’t you wanna go(×2)
   Back to that same old place.Sweet home Chicago♪

大定番ブルースを口ずさみながらブギウギロードを下る。
ブギウギロードとは? 天城通から水道筋へ向かう道、灘中央筋の北側あたりをワケあってそう呼ぶ。
黒人音楽好きにはたまらんネーミングだが、実は音楽とは関係がない。「ウキウキ」気分になぜか濁点が付いて…早い話が駄洒落である。
しかし、さらに下れば本物のブルース喫茶が待っている。畑原市場の入口を過ぎてすぐ、水道筋と交差する手前。
カフェ・ハンドレッドタイムス
「×100」とロゴにある。「100倍」あるいは「100回」の意味。
その昔、ブルースマンたちが腕を磨いた米国南部のバレルハウス(安酒場)のような木目の外観。
壁には何枚かのレコジャケ。ハウリン・ウルフ、バディ・ガイ、ロバート・クレイ、ケニー・バレル、憂歌団…。
それからセミアコのギター。ライヴのポスター。過去の出演者たちのCD。さらに幕の内弁当復活を告げるチラシ。
昼どきはメシ処として、夕方まではお茶処として、夜にはオト処として。
買い物帰りのおばちゃんも、パンチパーマのおっちゃんも、昼休み満喫の課長さんも、メールに夢中のOLさんも、みな等しくブルースの肖像に囲まれる。その光景が愉快だ。
残念ながら…といおうか、ふだんのBGMはFMが多い。震災で商売替えするまでは「ブルースの流れる花屋」だったらしいのだが。
花束とブルース。ほとんど異種格闘技。

♪Well,One and one is two,Six and two is eight
   Come on baby don’t ya make me late♪

店主はちっち氏という。丸い眼鏡と、いつも後ろ前にかぶったキャップがトレードマーク。
口にするのにちと照れる、その可愛らしい名に反してブルースへの情熱抑え難く、町の花屋をブルース喫茶に
変貌させた張本人。情熱さらに止み難く、今年から月に1〜2回、夜のライヴ営業を始めた。
ラインナップはブルースばかりではない。コンテンポラリーな男性デュオ、女性Voのジャズやポップス。
「キャパ? 目一杯で20人ちょっとやろなあ」という通り、こじんまりしたアットホームライヴハウスである。
サンダル履きで、夜限定の旨いアテをつつきながら、ゆったり酒と音を楽しむ。そんな感じが似合うハコ。
それが、水道筋ミュージックストリートでは40人あまりが店に詰め掛けエラいことになった。
「ドア越しの立ち見も入れたら50人ぐらいちゃう? 途中で数えるのあきらめたわ。動かれへんねんから」
狂気の沙汰である。ちっち氏が撒き散らすブルースに町中が感染したとしか思えない。

 ♪Hidehey,Baby don’t you wanna go 
    Back to that same old place. Sweet home Chicago♪

もう一つ、個人的なつながりがある。
僕が会社勤めをしていた当時。会社を辞めようかという頃。フリーランスになった現在。
要所要所でとても世話になった先輩の、ちっち氏は同級生だったのである。この店へライヴを見に行くと、
一画に賑やかな同窓生テーブルがあったりするが、そこに集う人たちはみんな僕の先輩の友人たちだという。
つい最近知ったことだ。
へええ。ここにも縁(えにし)があった。たしかに坩堝(るつぼ)の中に僕はいる。
ブルース喫茶で、ライヴハウスで、先輩の同級生が集う店。
こうしてカフェ・ハンドレッドタイムスは、100回行ってもまた帰りたくなるスウィートホームとなる。
あの歌のように。

 ●今日の灘ノオト:Sweet Home Chicago / Robert Jr.Rockwood

   伝説のロバート・ジョンソンが原曲となるブルース界随一のスタンダード。
   先月91歳で亡くなったいぶし銀男ロックウッドを偲び、彼のバージョンを。


2006年10月15日(日曜日)

真夜中のギター

カテゴリー: - MJ @ 03時02分51秒

 ♪街のどこかに さみしがりやが一人
  今にも泣きそうに ギターを弾いている♪

畑原市場を3軒ほど飲み歩いて、ほろほろと自宅へ。午後10時半。天城通に差し掛かると、ポロンポロンとギターの音が…。界隈で一軒だけ灯のともる吉田酒店。開け放ったドアから夜風を誘い込みながら、戸口の縁台でご主人がクラシックギターを手にしている。
「まいど、です」
「あ、どーもどーも。いまお帰りですか」
「いや、ちょっとその辺で呑んでて。ええ音聞こえたもんで」
「はは、お恥ずかしい。発表会近いんで練習せなあかん思って」

吉田さんは3年ほど前から近所でクラシックギターを習っていて、その発表会が月末にあるのだそうだ。
「へえー。クラシックギターって、僕らがじゃかじゃかブルース弾くのとはワケが違うんでしょ」
とかなんとか言いながら、するりと縁台に腰掛ける。もう閉店間際だろうに嫌な顔ひとつせず、お猪口に試飲用の大黒正宗を注いでくれる吉田さん。すいません、じゃ一杯…いや、それが目当てだったわけでは断じてない。物寂しげな秋の夜、ナイロン弦の紡ぐ柔らかな音色に誘われたのである。

 ♪愛をなくして 何かを求めて
  さまよう 似たもの同士なのね♪

吉田さんも僕も、別に愛をなくしたわけでも、さまよっているわけでもない、とりあえずは。しかし、時たま息抜きにギターを弾いて遊ぶという点では似たもの同士である。吉田さんの爪弾く曲を肴に、しばし緩い時間を過ごす。
「何の曲ですか」
「これね、『アストリアス』いうんです。スペインの」
「ふーん哀愁ですなあ。指もまたよう動いて」
「もう1年ぐらい練習してますねん」

同じ曲を演奏するのでも、レベルの向上につれて細かいフレーズとか強弱の表現とか、要求される難易度が上がってくるらしい。だから1曲を1年近く抱え込むこともある。適当にコードを探して歌を載せればそれでゴキゲンという僕とはワケが違うのだ。
「ちょっと僕もやってみていいですか」
「あ、どーぞどーぞ」
「一気にズァン!とコード弾きするとこなんかは気持ちよくできそう」
「その鳴らし方がまたいろいろあるんですわ」

マネをしてちょろちょろ弾いてみるが、油断するとすぐに手クセが出て、知った曲やフレーズに持ち込もうとする自分がいる。思考と忍耐力がマヒしているのだろう。酒は人間の本性と能力の限界をあぶり出す。クラシカルな哀愁漂うスパニッシュな名曲は、数分後、シャッフルのブルースに変わっていた。それも、常套フレーズ満載の暑苦しいやつに。

  ♪ここへおいでよ 夜は冷たく長い
  黙って夜明けまで ギターを弾こうよ♪

ギターを抱いて一人悦に入る夜更けの闖入者に、それでもお店は温かかった。
レジの前に座っていた奥さん、
「そういう曲の方が聴けるわ。パパの弾くような静かなやつは眠くなって(笑)」
この懐の深さ。酔客を優しく包み込む太陽政策のごとしである。その言葉にすっかり満足して、僕はギターを置いたのだ。

吉田さんの発表会は28日に王子公園西の「Café de 佛蘭西」であるそうだ。

●今日の灘ノオト:Blue and Sentimental / Ella Fitzgerald & Joe Pass

  歌ジャズのファーストレディとギターのヴァーチュオーゾ(巨匠)、
  余裕の共演。まったりとブルージーなデュオで秋の夜長を。


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