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2008年4月30日(水曜日)

ブルース灘内革命

カテゴリー: - MJ @ 12時45分00秒

近々、「灘文化堂」に入荷予定の1冊の本。
『ロバート・ジョンソン ブルース歌詞集』
本もCDも売れない時代、ましてやブルースと名の付く音楽など、
コマーシャリズムの極北に追いやられたこのご時勢に、
こういう本が出たこと自体うれしいが、
それが灘の出版社から、ということになれば
アフロアメリカン系ルーツミュージックの灘内革命的普及を目指す
「灘ノオト」としては、食いつかぬワケにはいかない。
昨秋の水道筋ミュージックストリートに協賛してくださって以来、
お話を聞きたいとずっと思っていた「万象堂」をようやく訪ねることができた。
 
灘北通で40年あまりの印刷会社を母体とし、
音楽・美術書、絵本などを手掛ける新しい出版社だが、
「自分がほんとに好きな本だけしか出しません」
という青年社長のココロイキが頼もしい。
その「ほんとに好きな」もののひとつが、ブルースなのである。
しかも、相当にディープで、よりプリミティブな戦前スタイルの。

「ロバート・ジョンソンの訳詞集なんてよく出したねって言われますよ(笑)。
理由はいろいろありますけど(※注)、ひと言でいうなら『好きだから』に尽きますよね。
サンハウス、それからロバート・Jr・ロックウッドあたりも大好きです。
テキサス系だと、やっぱりライトニン・ホプキンス。最高ですね」
──ですよねえ。僕は、シカゴものやモダンブルースを中心に聴いてきましたけど、
   ロバジョンやロックウッド、ライトニンには、やっぱりシビれますもん。

「学生のころ、女の子とドライブ中にサニーボーイ・ウィリアムソンを流して、
止めてくれって言われたり(笑)。トム・ウェイツでもダメだったですねえ」
──あらら、トム・ウェイツもNGでしたか。うーん、カッコいいすけど、
   80年代(?)のドライブデートには、たしかに微妙ですかねえ。

「僕はギター弾くんですけど、やっぱり好きなのは戦前の弾き語りスタイル。
ロバート・ペットウェイにトミー・マクレナン、あと、ランブリン・トーマスとか。
寝る時とかに聴きますよ。といっても寝つきがいいから、すぐ眠っちゃうんですけど(笑)」
──はあ、戦前の。えと、ロバート……ペット…何ですか?

「あ、ゴスペルがお好きなんですか。僕はゴスペルだと、スピリット・オブ・メンフィス・カルテット。
初めて聴いたときは衝撃でしたね。あの掛け合いのすさまじさといったら。
何年か前にコンプリート盤が出ましたよね。ドキュメントとかヤズーとかいったレーベルはご存知でしょう」
──あの…えーと、あの……。

いや、もうサイコーである。
続々出てくる戦前ブルースマンの名前は「誰それ?」のオンパレード。
分からなすぎて頭がクラクラするのが逆にうれしい。
ほんまに好きな人の、ほんまに好きな話というのは、聞いてるだけで楽しくなってくるのだ。
お歳をうかがえば、僕とさほど変わらない社長いわく、
「入口はビートルズですよ」
あ、そうなんですか。だったら一緒ですね。
いわれてみれば、1970年ごろのジョン・レノンみたいな丸眼鏡を掛けておられる。
「万人共通」といっていい入口から、アメリカ深南部、ミシシッピ・デルタにたどり着き、
その美しき泥沼に深く深く足を取られた男が、ここ灘にいる。
ブルースの灘内革命的普及は、静かに、ふつふつと進行しているのかもしれない。

(注)……そのあたりの興味深い理由については、リンク先の「編集後記」で書いておられますが、
後日、「灘文化堂」でも詳報するつもりです。

●今日の灘ノオト:Revolution 1/ the Beatles

  ビートルズ後期におけるジョン・レノンのシンプルなブルース回帰志向が表れたトラック。とはいっても、
  寝転がって歌を録ったり、セッションの断片を前衛的な「NO.9」に流用したり、「革命」も試みているが。


2008年4月23日(水曜日)

Joyが宿る場所

カテゴリー: - MJ @ 14時00分00秒

「シャッターを下ろしてからはじめるお店をします」
なるほど秀逸なコピーだと、はじめて聞いた時に思った。
営業形態を的確に表現しつつ、
ふだんとは違う特別な愉しみが店の奥に待っていそうな、
ちょっと秘密めいた感じも匂わせる。
水道筋のど真ん中にある繁盛店、うどんの[な也]が、
月2回のライヴハウス営業を始めてちょうど3年が経った。
そのキャッチコピーから受けた印象どおり、
夜の顔である[Closing Time Club NA-YA]は、
新しい音楽や人との豊かな出会いをいくつも僕にくれた。
よい音に浸って胸躍らせる悦びや、ぐっと込み上げるような気持ちを、
酒に溶かし込んで何杯も何杯も飲み干してきた。
出演者としても、オーディエンスとしても。
 
「うどん屋でライヴ」という一風変わった組み合わせばかりが語られがちだが、
純粋にライヴハウスとして見ても、相当に充実したハコである。
機材も、音響も、出演者も、企画や演出も、木の空間の雰囲気も、ライヴ時限定メニューも。
販促目的や「おしゃれ」な演出として、あるいは、「カッセーカ」だか「まちおこし」だかの道具として、
ライヴに“場所貸し”するイベントならいくらでもあるけれど、ここは違う。
「本業はうどん屋ですけど、趣味でライヴもやってまして……」
というような、ハンパなエクスキューズは一切ない。
音楽の持つ力を伝えたい、音楽を感じる悦びを提供したいという一途な想いが、
空間の隅々まで溢れているのだ。
本気の想いは伝播する。
だから、[NA-YA]のお客さんはいつも心の底から楽しそうだし、
一度出演したミュージシャンは、また出たいと思う。
   
すべては人なのだと思う。
この店のスタッフには何かとお世話になっているが、
とりわけ大将の岡ちゃんは、僕にとって大恩人だ。
僕のやっている拙い歌盤レビューHP(現在は長期放置中)に目を留めてくれて
「あのHPでやってるようなことをライヴでやれへんか。タイトルもそのまま『Singer’s Delight』で」
と、嬉しすぎて天にも昇るような提案を岡ちゃんがしてくれなかったら、
自分にとって「音楽をプレイすること」はフェイドアウトしていたかもしれないし、
灘や水道筋という街と、これほどまで関わることもなかっただろうと思う。
水道筋ミュージックストリートにしても、精神的支柱たる岡ちゃんがいたからこそ実現したのだし、
小さくても着実に、これからも続いていく予感があるのだ。
音楽や街が「ただただ好きだ」という強くまっすぐな気持ち。
いろんな想いや要望を受け止めて、かたちにしていく包容力と実行力。
ミュージシャンにもお客さんにも心地よく過ごしてほしいという徹底したサービス精神。
岡ちゃん自身が歌い手で、神戸マスクワイアの一員だからであろうか、
いまこうして書きながら思い浮かんだ大好きな歌がある。
「Center of My Joy」
リチャード・スモールウッドが書き、多くの人に歌い継がれているゴスペル・バラード。
そう、[NA-YA]という場所は、水道筋に宿る「Joy」の揺るぎない中心なのだ。

ライヴハウス仕様になった店をはじめて体験したのは、3年前のコケラ落としで、
川上盾さんと会津の牧師仲間である片岡謁也さんとの「J.C.Brothers」だった。
あさって25日(金)に、その盾さんが続けているシリーズ「ありがとう川上盾です」の第6弾がある。
ゲストのデュオ「nao-shin」も見モノの、ラジオの公開録音風ライヴである。
シャッターは下ろしていても、[Closing Time Club NA-YA]は
音楽と街を愛するすべての人に開かれている。

●今日の灘ノオト:Center of My Joy / Ruben Studdard

  TVのアイドルスカウト番組出身、「テディベア」の愛称を持つ実力派R&Bシンガーが
  クワイアをバックに、スケールデカく歌う。巨漢のルックスがどことなく岡ちゃんに…。


2008年4月16日(水曜日)

大人の酒場

カテゴリー: - MJ @ 14時00分00秒

駄菓子屋模型店が子供たちにとって欠かせないように、
大人の男にとって、安酒場は街の必需スポットである。
立ち飲みが、レトロでキッチュな、ある種「粋」な文化として認知されるずっと以前から、
灘の浜手の酒徒が、ごく当たり前の日常のひとコマとして通い続ける店の一つに
新在家の[ぐいぐい酒場 樫本]がある。
酒屋併設の本格店。初めて行ったのは10年近く前になるだろうか。
ドラマーの島田和夫さんとピアノ弾き井山あきのりさんのユニット「ブギウギ・ピアノ・ナイト」のライヴに
大西ユカリちゃんとともに出演させていただくことになり、ある日の昼間、
いまもあるのかどうか、六甲道勤労市民センターのスタジオでリハをした。
その帰り、「島やんが好きな巨大立ち飲みに連れて行ってくれるて」と
ユカリちゃんがうれしそうに言い、「巨大立ち飲みてナニ?」といぶかりながらついて行った。
 
そこは、ほんとうに巨大立ち飲みだった。
店の隅に「U」の字カウンターがあり、その背後にガランと大きな空間が広がっている。
装飾的な要素はほぼ何もない無骨なハコで、喩えていうなら、
香港の人たちが毎朝通う飲茶楼のようなホールの立ち飲みだった。
「ガランと」と書いたが、それは空間の取り方の話であって、
まだ日も暮れきらぬうちだというのに、店内は人いきれとざわめきでむせ返るほどだった。
たしかまだ20代で、ディープな立ち飲み経験などなかった俺は、その光景に内心圧倒された。
ステンレス製の、テーブルというより、ただの「台」を4人で囲むと、
注文を取りに来た「お姉さん」に、島田さんが手短に伝える。
ほどなく瓶ビール2本と、湯豆腐が4皿運ばれてきた。
「この豆腐を目当てに来てるんや」みたいなことを島田さんが言っていたような気がする。
喧騒のせいもあって、あとはどんな話をしたか、あまり覚えていない。
ただ、ふだん通い慣れていたバーとも居酒屋ともパブとも違う、
自分にとって明らかな「異文化」に、知らなかった街のひだを見る気がした。
憂歌団の歌に描かれるような大人の酒場の空気を体感し、感応した。

その[樫本]が今月でいったん閉め、なくなりはしないが、縮小する方向だと聞いた。
あの雰囲気をもう一度見ておこうと、何年かぶりに訪ねてみた。
午後4時前。まだ客はまばらで、アイドルタイムの眠たげな空気が漂うなか、
2人のお姉さんだけが、てきぱきと忙しそうに立ち働いている。
ポットから、大きめのコップになみなみと注がれる燗酒。コップは、西郷にある「福徳長」の銘入りだ。
アテはもちろん湯豆腐。槽に泳ぐ豆腐が手際よく掬われ、たっぷりの鰹節とネギの化粧を施されて出てくる。
聞くところによると、もう閉店した豆腐屋が、この店の名物のためだけに特別に豆腐を作り続けているらしい。
   
徐々に増え始めた常連客たちは、カウンターに陣取るやいなや、口々に改装の話を始める。
俺もお姉さんに少し話を聞いてみる。
「私らも引退するし、どんな感じになるか詳しくは知らんけど、だいぶん狭うするんやて。椅子も置いて。
この店?もう40年からになるわ。広なったんは、20年ぐらい前からちょっとずつ…」
残念やけどしゃあないわ、というようなサバサバした口ぶりだった。
カウンターに着いたのは初めてだったので、いままで気付かなかったが、
壁には1995年1月17日午前5時46分で止まったままの柱時計があった。
1杯で切り上げる。酒が280円、湯豆腐が150円で、しめて430円。
コップを干し、まだ明るい戸外へ出ると、[樫本]の真向かいに
近々オープン予定のおしゃれな「TACHINOMI」ができていた。
 

●今日の灘ノオト:はんか街のはんぱ女 / 憂歌団

  憂歌団1stに収録のジャグバンド調ブルース。[樫本]の店内のような酒場の賑わいが挿入される。
  「ハヤ君、お酒」と叫んでいるのは島田さんらしい。続けて花岡さんが「天王寺てエエとこやのう」と。


2008年4月9日(水曜日)

灘の四月

カテゴリー: - MJ @ 10時00分00秒

 April in Paris (パリの四月)
 Chestnuts in blossom (栗の花が咲き)
 Holiday tables under the trees (樹々の下には休日のテーブル)
 April in Paris (パリの四月)
 This is a feeling (この気持ち)
 No one can ever reprise (誰もほかでは味わえない)

「パリの四月」は1932年、
ミュージカル『Walk a Little Faster』のために書かれた美しいバラード。
スウィンギーで豪快なアレンジを施したカウント・ベイシー楽団をはじめ、
多くのジャズメンたちがこぞって取り上げ、大スタンダード曲となった。
短い描写に、春がかぐわしく立ち上る。
作詞者のエドガー・イップ・ハーバーグは当時パリに行ったことがなく、
パリに詳しいヴァーノン・デュークが書いた曲に合わせて、
見知らぬ街を想像しながら歌詞を綴ったのだという。
僕も行ったことはないが、代わりに「灘の四月」を散策してみた。
   
王子公園で夜桜の通り抜けがあった日の昼間。
青谷川沿いには、早くから場所取りのシートが。
パリの「栗の花」に代わるものは、やっぱり満開の桜なのだろうけど、
傍らに、どこかひっそりした風情でツバキが咲いていた。
豪勢な桜がなければ十分に主役を張れるだろうに。
この時季には、登山練習用の岩場が「休日のテーブル」になる。
岩から岩へ跳び回っていた子供たちが、
何か合図でもあったのか、示し合わせたように花びらを拾い集める。

 I never knew the charm of spring (いままで春の魅力を知らなかった)
 Never met it face to face (出会ったこともなかった)
 I never knew my heart could sing (私の心が歌えるなんて知らなかった)
 Never missed a warm embrace (温かな抱擁を求めることも)
 Till April in paris (パリの四月を知るまでは)
 Who can I run to? (私は、誰のもとへ行けばいい?)
 What have you done to my heart?(あなたは、私の心に何をしたの?)

平日昼間の公園を、ゆっくり目を凝らし、耳を澄ませて歩くことなどあまりないから
慣れ親しんだ風景もいちいち新鮮に、物珍しく映る。
どこかから笛の音が聞こえてきた。オカリナ? 
音の主を探すと、川面に張り出した桜と向き合って練習する人がいる。
川べりをさらに上っていくと、丸みを帯びた音が追いかけてきた。
知らず知らず「パリの四月」を口ずさむ。
   
商店街にも「四月」は溢れている。
[あかちゃ家]の桜水まんじゅうと、横に添えられた桜アイス。
甘いものや和菓子は、正直いって得意ではないけれど、この店では食べられる。
歌詞を「I never knew the taste of sweets」と変えて歌ってみるか。
春は嫌いではなかったけれど、特別好きな時季だったわけでもない。
でも今年は胸が膨らむような想いがある。
What have you done to my heart?(あなたは、私の心に何をしたの?)
 
※灘の桜ギャラリーは、更新中の「灘バカ一題」でどうぞ。

●今日の灘ノオト:April in Paris / Ella Fitzgerald & Louis Armstrong

  歌ジャズのファーストレディと伝説の巨人の余裕と寛ぎに満ちたデュエット。
  しっとりとした歌い口とトランペットの間奏。優しく肌をなでるような心地よさ。


2008年4月2日(水曜日)

タイコマン帰る

カテゴリー: - MJ @ 11時00分00秒

2月から3月にかけて、酒を飲んだ話ばかり書いていたが、
実際は諸々の事情があって、かなりセーブしていた(せざるを得なかった)。
が、先週金曜日は久々に水道筋フルコースで飲んだ。
中村よおさんとの[高田屋]に始まり、Café Manoucheのライヴを観に[な也]、
終了後上機嫌で[汽笛亭]、その帰途、あまりの賑わいについ足を踏み入れた[チンタ醉宵食堂]。
早い時間からハイペースで始めたのと、Café Manoucheの相変わらずの快演で
久々に千鳥足となった春の宵は、うれしいニュースも舞い込んだ。

クイクイ進む熱燗で既にかなりご機嫌さんになっていた
な也ライヴの幕間、ふと目を奪われたフライヤー。
5月9日(金)、やはりな也で行われる下村明彦さんのライヴ告知だった。
下村さんは言うまでもなく、灘でも精力的に活動するシンガーソングライターだが、
その共演者に「土居秀行」とある。
あれっ? 酔っ払って見間違えたかと思ったが、間違いない。
僕の学生時代の後輩で、パーカッション奏者の、あの土居だ。
水道筋ミュージックストリート(SMS)の僕のセットでもサポートしてくれた、気のいいTAIKOMAN。
誰もが知る童謡や絵かき唄を斬新に料理する「童謡サロン」や
スチールパンのバンド「Rustic pans」で全国を飛び回っているのをはじめ、
奄美の唄者、朝崎郁恵さんのバックを務めたり、
パーカッションだけのユニットやハンドドラムのソロ活動をやったり、
かつては、尺八・ギターとのユニット「沙弥音」の奉納演奏で人気を博したりと、
フォークロア的な音楽表現を追求して、素晴らしい活動を繰り広げている。
昨年末には、な也の岡ちゃんのもとにしばらく滞在していたタイ人留学生が
やはりパーカッション奏者だということもあって、「打てば響き合う」国際交流を深めていた。
小柄だが、間口の広い、パワーのある男である。
 
そうか、SMSの時に下村さんとご縁ができたか、それとも、岡ちゃんが仕込んでくれたか。
いずれにせよ、SMS出演ミュージシャンの「帰灘演奏」はうれしい。大歓迎だ。
さっそく連絡を取ってみると、
「いや、それがまったく別ルートなんですよ。知り合いのギタリストに、
その日空いてる?って誘われて、現場を訊いたら、な也だというんでビックリしたんです」
土居は垂水在住なのだが、SMSで訪れた水道筋をとても気に入ってくれて
「ええなあ、灘に住みたいッスよ」としきりに言っていた。
うんうん、やはり想いがあれば、つながるものなのだなあ。
灘の、水道筋の引力は、多くの心あるミュージシャンを街に連れてきてくれる。

●今日の灘ノオト:Heart in My Hand / the Steeles

  僕が以前やっていたコーラスグループで土居がドラムを叩いてくれていたゴスペル曲。サビの
  「Here I come again with my heart in my hand」が、土居の帰灘を歌っているようだ。


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