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2008年1月30日(水曜日)

真冬の夜のソウル

カテゴリー: - MJ @ 10時00分00秒

小雪舞う底冷えの宵、水道筋の一角にソウルミュージックの灯をともした。
25日金曜日、[な也]で行ったthe twins with MJのライヴ。
おかげさまで盛況のうちに終えることができた。
遅ればせながら、ご来場いただいた方々に御礼申し上げます。
タイトル通り、ソウルフードの盛り合わせのようなライヴショー、楽しんでいただけたでしょうか。
 
爆発的なパワーをたぎらせる小竹直の真っ直ぐな歌も
溢れ出して止まらぬ小竹親の自在なスキャット(とMC)も
緩急を表情豊かに行き来するマンボ松本のオルガンプレイも
シンプルに、丁寧に、ビートを紡ぎ出す北田太一のドラムも
すべてが心の深いところに突き刺さった。熱く染み渡った。
小竹兄弟とやる時は、バランス上、僕はファルセットを多用することになるけれど、
それもまた楽しい。気持ちがいい。
the twinsとの共演はいつも爽快だ。
ブルーススタンダードの「Stormy Monday」に、♪Eagle Flies on Fridayというくだりがあるが、
まさに双頭の鷲が荒々しく、雄々しく、な也の空間を舞い飛ぶような、そんなイメージ。
「ツインズの魅力は言葉にできない」と先日書いたけれど、
それは、言葉なんかなくても彼らの音楽は誰の胸にも響く、という確信でもある。
彼らは次回、3月14日にやはりな也でやることになっている。
まだ見たことがないという人には、ぜひお勧めしたい。
 
「MJ presents Singer’s Delight」と銘打って
2005年5月から続けてきたライヴ企画も10回目を終え、ひと区切りとなった。
この企画を提案し、僕が本格的に街に足場を据えるきっかけを作ってくれた
な也という店については、音店夜話で近々書きたいと思う。
ほんまに皆さんありがとう。

●今日の灘ノオト:(What A) Wonderful World / SOLO

  the twinsとのライヴで定番のサム・クック・スタンダードを、この素晴らしき90’sのグループで。
  先達を敬愛し、影響を受けつつも、自分たちの音を。僕がSinger’s Delightで目指してきたこと。  


2008年1月25日(金曜日)

本日興行

カテゴリー: - MJ @ 12時37分26秒

MJ presents Singer’s Delightの第10弾、
本日夜、水道筋[な也]にて開演です。
演目は、the twins with MJ。
サポートにマンボ松本(key)、北田太一(ds)。
灘は朝から小雪舞う冷え込みですが、
燗酒や湯割り、温かいうどんに当夜限定ソウルフード、
そしてアツ(苦し)い歌を取り揃え、
皆さんをお待ちしております。
19時オープン、20時スタート。
お時間・ご興味ある方、どうぞよろしくお願いいたします。


2008年1月23日(水曜日)

再びの満月

カテゴリー: - MJ @ 10時50分00秒

全然ちがう話を書こうと思ってパソコンを開いたのだけれど、
沖声灘語のうちなだんちゅさんが「沖灘ノオト」と題して
『満月の夕』について書かれたのを読んで、刺激された。
昨年、当のうちなだんちゅさんや清水アツシ君とのセッションで、俺も灘で演奏した歌。
川上盾さんが、な也ライヴで弾き語るのを聞き、グッときたこともある。
理屈ではない。「うた」というものが本来的に持つ力を感じさせる歌なのである。
1月6日付神戸新聞の連載「兵庫人」で、
作者の中川敬さん自身が「普遍性を感じる曲」だと語っている。
「芸能の中にある泣き笑い」をどこか信じていなかった彼にとって、
灘区の養護学校から始めた出前ライブは鮮烈な体験だったのだ、と。
俺もかつて、その歌に出会った震災直後の想い出を書いたことがある。
3年前、震災から10年が経った年に私的な記録として綴った。
長く生硬な文章だが、以下に引き、うちなだんちゅさんへの返信としたい。
————————————————————————————————————–
(前略)
そのころ、俺は毎日のように長田の町を歩いていた。
圧倒的な非日常の風景。初めのうちは何を見てもどこか現実感が希薄だった。非日常に酔っていた、とでもいえばいいか。体験が徐々に「現実」となっていったのは、なんとか元の暮らしを取り戻そうとする人たちに接する中でのことだ。
学校や区役所の避難所。ビニールシートと廃材の「家」が並ぶテント村。
まちの再建を話し合う集会。 焚き火を囲むささやかな宴。
その日も町を行ったり来たりして、夕方、ぶらりと公園に足を踏み入れたのだと思う。

小さなステージがあって、おばちゃんたちがその前にちらほら座っていた。やがて薄暮の中、チンドン屋のような4、5人の男女が現れた。いや、手にした楽器や風体は「民族色豊かなチンドン屋」そのものだった。
三線に三板、アコーディオン、チャンゴに和太鼓、チンドンの鐘。
すぐに分かった。ソウル・フラワー・モノノケ・サミット。震災直後から被災地で何度も演奏を重ねている“楽団”。その正体はソウル・フラワー・ユニオンというロックバンドなのだが、彼らの前身であるニューエストモデルをかつて聞きかじったことのある俺は、思いがけずそのライヴに出くわしたのだ。

三線を抱えた中川敬がひと言ふた言挟みながら、矢継ぎ早に演奏するのは民謡や労働歌、戦前戦後のはやり唄。丹波篠山のデカンショ節を下敷きにした「デモクラシー節」や、三池炭鉱の闘争で歌われたという「がんばろう」で粗いダミ声を振り絞り、関東大震災の直後に作られた「復興節」では「東京の永田にゃ金がある 神戸の長田にゃ唄がある」と歌ってみせた。聴衆が沸いた。踊り始める人たちもいた。
何曲目だったか、「この被災地で生まれた歌を」と前置きして始まった曲は、静けさとやるせなさと、そこから立ち上がろうとする者への共感に満ちていた。

  風が吹く 港の方から 焼け跡を包むようにおどす風
  悲しくてすべてを笑う 乾く冬の夕
  ヤサホーヤ 焚き火を囲む 吐く息の白さが踊る
  解き放て いのちで笑え 満月の夕

武骨な歌声の描き出す世界が、そこにいるすべての者を包み込んだ。
おばちゃんたちも。小さな子供も。野良犬も。「傍観者」だった俺も。
初めて聴いたに違いない歌に合わせて唇を小さく動かしていたおばあちゃんの目から涙が溢れた、
その横顔を俺は忘れない。夜空に浮かんだあまりにも切ない満月を俺は忘れない。
被災地で聴いた最も魂のこもった「うた」だった。
                           (後略。2005・1・17)

●今日の灘ノオト:復興節 / ソウル・フラワー・モノノケ・サミット

  『満月の夕』収録盤の紹介は沖声灘語で。この唄は1923年の関東大震災直後に書かれ、
  阪神・淡路用に中川さんが詞を変えた。悲しい時も、うれしい時も、辛い時も人は歌うのだ。


2008年1月16日(水曜日)

沈黙を聞く

カテゴリー: - MJ @ 21時55分00秒

「震災と音」というと、まず蘇るのは音楽とかではなくて、
暗闇の中で聞いた、地の底深くからの低い咆哮だ。
ドーンと強烈に突き上げる縦揺れが来る直前、
鈍感な俺の眠りをも破った異様な響きについては、
あの瞬間、被災地にいただれもが口々に語っている。
13年が経とうとする今でも、内耳に深く、妙にリアルに残っていて、
何かの拍子にふと、その不吉な予兆を聞くような気になることさえある。
あの地鳴りは実際、どのぐらいの長さだったのだろうか。
前年の秋に猪名川町で群発地震が続いていた時から、
地鳴りを聞き、不安を感じていたという人たちも複数いる。
確かなことは何も分からないのに、確かに覚えている音。

一方で、長く激しい横揺れの間、俺は比較的冷静だった。
というより、「こんなことで死んだりするはずがない」と、
タカを括っていたといった方が正しい。
「自分だけは被害に遭わない」という無根拠ながら強固な自信は、
家具やテレビが倒れたり、食器やガラスが割れたり、CDや本が飛び交ったりする
破壊的な喧騒の中でも崩れなかった。
本当の怖さを知らなかったから、どこか呑気でいられた。
「これは……」と、初めて恐ろしさと不安を感じたのはむしろ、無音状態が訪れてからだ。
灘区の西端に出た。王子公園の駐車場。
避難場所といえば、そこぐらいしか思い浮かばなかった。
たくさんの人でごった返しているだろうと思ったが、予想に反して人は少なかった。
「無音」というのは文字通り音が無いのであって、まるで真空の中に放り込まれたようだった。
夜着の上にジャンパーやコートを羽織った人影が数組あって、
それぞれに言葉を交わしているようだったが、その話し声も真空に吸い込まれたかのように
こちらの耳には届いてこなかった。
遠くで車が走る音も、サイレンや非常ベルが鳴る音も、だれかが走ってくる足音も、
何ひとつ聞こえなかった。沈黙に必死で耳を凝らしたが、無理だった。
それは、誰も助けにやって来ないということを意味していた。
あの無音状態はどのぐらい続いたのだろうか。
近くに停めていた車でしばし暖を取り、カーラジオでニュースを聞いた。
そこでようやく真空状態から解き放たれた。
王子公園はやがて、自衛隊の救助活動拠点になった。
轟音とともにヘリが何機も降り立つようになった。

あれほどの無音を聞いたことは、あの日以降ない。
「静謐」や「深閑」のような趣のある言葉とは違う「沈黙の音」。
やはり耳の奥深くに刻まれ、いまだに残っているような気がする。

●今日の灘ノオト:There’s a Riot Goin’ on / Sly & the Family Stone

  素直に連想するならS&Gの「Sound of Silence」だろうが、あいにく手元になく…。
  スライのこの“曲”は、曲名のみで、演奏時間は「0分0秒」。つまり無音、という逆説。


2008年1月9日(水曜日)

Soul Food Party

カテゴリー: - MJ @ 19時40分00秒

正月休みをいただき1回お休みさせてもらいました、灘ノオト。
本年も、感動、感銘、感傷、妄想、幻想、戯言に愚痴その他を交えながら、
ラーラーラララと歌うように灘の音話を書き綴っていきたいと思いますが、
2008年初投稿はいきなり告知にて失礼します。
 
水道筋のうどん[な也]、
月に2回だけの夜の顔[Closing Time Club NA-YA]もすっかり定着したその店で、
僕がやらせてもらっているライヴ企画「MJ presents Singer’s Delight」が
今月25日(金)に10回目を迎える。
演目は「the twins with MJ」。
季節モノといった感じで、水道筋以外ではときどきやっているセットなのだが、
これを地元で、「Singer’s Delight」でやるのが宿願だった。
で、今回はここにマンボ松本(key)、北田太一(ds)という気心知れたメンツを加え、
スペシャルバージョンでお送りしようと思います。10回目だし、豪華にね。
the twinsはおそらく、水道筋登場頻度の最も高い京都のミュージシャンだと思う。
な也やハンドレッドタイムス、水道筋ミュージックストリートへの出演のほか、
小竹直、小竹親それぞれのユニットで、多くの灘クミンを唸らせ、笑わせ、ジーンとさせ、とにかく熱くさせてきた。
彼らの何がそんなにいいのかを説明しようと数時間パソコンに向かっているけれど、
いろいろと書き連ねるほどにウソくさく、陳腐になって、「そんなことじゃ伝わらん!」という気になってきたので、
もう書くことを放棄した。すいません。
音楽を言葉で語ることが空しい、と感ずるのはこんなときだ。
彼らと一緒にやると、とにかく楽しいばかりだし、自然と熱くなるし、「なんか一丁やったろう」という気分になる。
余計なことはひとつも考えず、歌うとはなんと素晴らしく、気持ちのいいことかと心底痛感する。
そう、感じりゃあいいのだ。
サム・クックも下記のアルバムで「Feel It, Don’t Fight that Feeling」と歌っているし、
『燃えよドラゴン』のブルース・リーも「Don’t Think! Feeeel」と不敵な面構えで言っていた。

な也の岡ちゃんが、今回のライヴに「Soul Food」というサブタイトルを付けてくれた。
旨いソウルミュージックで腹一杯に、という意味だそうだ。
ほんとうに、この夜限定のソウルフードがメニューに加わったりするらしい。
「アメリカ南部のビッグマザーの作るおふくろの味を水道筋の食材で再現」と、フライヤーには書いてある。
ソウルミュージックに興味がない人でも十二分に楽しんでいただける
ソウルミュージックショーにしたいと思います。いや、必ずやそうなると思います。
19時開場、20時スタート。チケットは予約・前売り1800円、当日2300円。
ご来場お待ちしております。

●今日の灘ノオト:Having a Party / Sam Cooke

  the twinsとやるときはサム・クック・ナンバーが自然と多くなる。3人とも大好きですからね。
  このエゲつないライヴ盤を初めて聴いた時のような原初の興奮が胸に湧き上がってくるのだ。


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