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2007年8月29日(水曜日)

ジェネレーションZ

カテゴリー: - MJ @ 11時30分00秒

先週の金曜日。炎天酷暑、おまけに猛烈な夕立に見舞われた京都滞在から帰ったその足で、
涼を求めて向かった先は水道筋のな也。おなじみ天野SHOさんのBass&Voiceライヴがあったのだ。
スタンド・チンタリカーホールに立ち寄り、若きイケメンサックス吹き一平くんをナンパして連れて行く。
チンタのスタッフでもあるが、K-106というブラス・ファンクバンドでバリバリと活動中のミュージシャンである。

撮影・ちっち氏SHOさんのステージは相変わらず心地よい。
ベースと歌だけのシンプルにして奥行き深いサウンドもさることながら、曲の合間や背景で鳴り続く波の音がまたいい。
心洗われ、穏やかになる気がする。
おなじみのレパートリーに加え、「Superstar」とか「I’ll be There」とか、ソウルシンガー好みの曲も満喫。ドブロのアンドレ佐藤さんが加わったデュオでは、「あのギター、あんなええ音が出るんや。バリ渋いですね」と、一平くんがいたく興奮していた。
そういえば、チンタの壁にはドブロ(正確にはリゾネーターギターというのか)が掛かっていたな。

ええ意味で「いつもながら」の水道筋ライヴに、サプライズがもたらされたのは2ステージ目だった。
SHOさんに紹介されて現れたのは、巷で話題のブルースギター少女Reiちゃん。なんと14歳。
41歳じゃないですよ。平成生まれのフォーティーン。SPEEDだモーニング娘。だという世代には珍しくないかもしれないが、僕にしたら、伊藤つかさぐらいしか思いつかない。それがブルースギタリストだっていうんだから……。
撮影・ちっち氏大阪のライヴハウスなどで活動するうち、灘区在住ドラマーの島田和夫さんと知り合い、「オモロい娘がおる」とSHOさんに知らせが行ったらしい。
赤いストラトを抱えてステージに立つ小柄な少女に客席はクギ付け。
「金の切れ目が縁の切れ目」と歌う「Nobody Knows You When You’re Down and Out」とか、もともとはロック少女だという彼女の志向が表れたヘヴィな「Crossroad Blues」とか。
ベテランミュージシャンのサポートで、のびのび演奏する姿に、いや健気だなあ、とニコニコしていたら、突然アグレッシヴなフレーズでガツンと鼻頭をいかれた。
イエー、Lord have mercy.
ブルース好きな女をあなどってはいけない。

いやしかし楽しい、オモロい。笑みがこみ上げてくる(酒の効果もあろうが…)。
ベテランミュージシャン2人と渡り合うローティーンの少女。それを見つめて喜ぶ一平くんは20代、僕は30代。
客席には40代のミュージシャンも、50代の紳士も、60代と思しきご婦人もおられた。
ベビーブーマーからジェネレーションXまで。その下のY世代、さらにそれすらも下回るいわば「Z」世代まで、
そろって熱くなれるステージが水道筋にはある。素晴らしい。
少しだけReiちゃんに話を聞いたら、物腰は初々しい少女のそれであった。
豊中に住んでいて、大阪のインターナショナルスクールに在籍しているのだという。
お母さんに連れられ、ギターを背負って店を出ていく後ろ姿を見送ると、また笑みがこみ上げてきた。
 

●今日の灘ノオト:Nobody Knows You When You’re Down and Out / Louis Jordan

  「羽振りが良いころは奢りまくったもんだが、金がなくなりゃ誰も見向きもしない」と、
  世の非情と無常を歌うクラシック・ブルース。ジャンプ&ジャイヴの王様ルイの歌で。


2007年8月22日(水曜日)

水道筋の合戦

カテゴリー: - MJ @ 10時00分00秒

視聴率が落ちたといっても年末の風物詩「紅白」、欽ちゃんが司会だった70年代の「家族対抗」、
ベンチャーズブームに乗った60年代の「勝ち抜きエレキ」……。
歌や演奏の腕前を競う「合戦」モノは、ジャパニーズ音楽シーンの定番である(エレキ合戦は見たことないけど)。
ブルース界では、ゲイトマウス・ブラウンとTボーン・ウォーカーの白熱の対決に会場中が揺れたギター合戦が、
モダンブルース黎明期の輝ける伝説として語り継がれている。
その伝統の系譜に連なる新たなステージが、この灘に登場する。
「音楽魂GP」。おとだまグランプリ、と読む。中央筋の音店「カフェ・ハンドレッドタイムス」による企画だ。
格闘技好きのマスターちっち氏の意図はこうだ。ちょっと長くなるが、HPより引用する。
「音楽というものにはたくさんのジャンルがあります。フォーク・ブルース・ジャズ・カントリー・ソウル・R&B・ポップス・沖縄音楽などなど。そしてそれぞれの音楽には、それぞれの魂が宿っています。その異なるジャンルの音楽達をピックアップし、対戦させよう!という企画からこの音楽魂グランプリは生まれました。つまり、同じリング(ステージ)の上で異なるふたつの音を共鳴させるという訳です。(中略)一見異なるように見えて(いや聴こえて)実は音楽というひとつの大きな輪の中にそれぞれが存在しているだけなのです。中には辿っていくとルーツが同じようなものもあるわけです」

やる気満々の清水くんと、温かく見守るちっち氏その第1回を、僭越ながら務めさせていただくことになった。
お題は「水道筋VS板宿」。
板宿からは、以前ここで紹介した清水厚志くん(from JAMES)が出演することになり、先日顔合わせをした。
え?初回からいきなり企画意図外してるやん、ジャンル対決とちゃうやん!と思われるかもしれないが、そうでもない。要はひとつのテーマを設けて、2組の演者がそれぞれのスタイルで競演する場なのである。それぞれに盛り上がりを見せている水道筋と板宿のミュージックシーンが出会い、火花を散らすのは互いにとって良いことだと信じる。
そして、大切なのは以下の言葉だ。再びHPより。
「このイベントのサブタイトルに“決定戦”や“VS”的なニュアンスがあり、何か物々しい感じも見受けられますが、本当は<VS=&>の意味合いを持っていただきたいと思っています。それぞれの音楽を尊重しあい、それぞれの音楽がもっと身近で近しいものであるという事をみんなで再確認できたら素晴らしい事だと思っています」

というわけなので、勝敗や優劣をつけるわけでは決してない。
むしろ「オトダマはひとつだ」と実感できるピースフルな企画になればいいな、と思う。
第1回は9月15日、場所はハンドレッドタイムスなのだが、残念ながらというか、ありがたいことにというか、
予約は既に埋まってしまった。
だが、企画は第2回、第3回と続く。ふだんのライヴとはちょっと違う企画を盛り上げていくためにも、
「われこそは」という出演者、「こんな対戦が見たい」というお客さんはぜひハンドレッドタイムスへ。

●今日の灘ノオト:T-Bone Shuffle / T-Bone Walker

  「モダン・ブルースギターの父」が自らの名を冠した、タイトル通りのシャッフルナンバー。
  ゲイトマウスの闘争心に火を点けた粋なBlues’n Jazzギターと洒脱な歌を堪能できる。


2007年8月20日(月曜日)

真夏の夜のジャズ

カテゴリー: - MJ @ 10時30分00秒

いつまで続くこの暑さ。ほとんど生きる気力すら失うほどの。
六甲山のホテルで観た先日のライヴでは、マダムと紳士の上流階級な会話にすっかりアテられたわけだが、
実は高原の避暑地でジャズフェスというのは悪くない、どころか全然アリ、
いや、「夏」「避暑地」「ジャズフェス」はむしろ黄金のトライアングルといっていい。

その先鞭を付けたともいえるのが「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」だ。
米国東南部の港湾都市であり、高級リゾート地でもあるニューポートで1954年に始まった。
もちろん行ったことはないけど、「ニューポート」の地名は、ジャズ好きならあちこちで出くわす魅惑の響き。
カウント・ベイシー、デューク・エリントンのビッグバンド界両巨頭をはじめ、ガレスピーやクインシーのバンドも、
ダイナ・ワシントンにエラ・フィッツジェラルドにビリー・ホリデイ、コルトレーンやマイルスやモンクや秋吉敏子も、
それにブルースの巨頭マディ・ウォーターズも、みんなここに出演したときの演奏をライヴ盤として残している。
最も名高いのは1958年、『真夏の夜のジャズ』という映画に記録された第5回だろうか。
10数年前にビデオで観たっきりで、茫漠とした記憶しかないのだけれど、
気だるくも涼やかにも見える水辺の風景を、リゾート客たちが楚々として行き交う映像、
そんな様子と対照的なモンクやダイナやジェリー・マリガンのステージが断片的に想い出される。
ジャズフェスなのに、マイペースでロックンロールするチャック・ベリーや
ゴスペルの女帝マヘリア・ジャクソンが力強いハンドクラップの独唱で最後を締める姿も圧巻だった。

映画の白眉といわれているのが、当時全盛期を迎えていた歌姫アニタ・オデイのパフォーマンス。
さまざまな人々が口を極めて賞賛しているが、灘的には、ジャズ・マニアとして知られる元学びクミン村上春樹の一文を引いておこう。ジャズ・エッセイ『ポートレイト・イン・ジャズ』のなかで彼はこう書いている。
「……いちばん見事な例が、映画『真夏の夜のジャズ』で彼女が「スウィート・ジョージア・ブラウン」を歌う有名なシーンだろう。ジャズ・ヴォーカルにはいちばん向かない真っ昼間の野外コンサートのステージで、彼女がだらだらした聴衆の関心を徐々に自分の音楽に引きつけていく様がリアルに記録されている。緊迫感をはらんだ彼女の一本気な歌いっぷりは、ここでひとつの絶頂に達している。あるいは限定された高みかもしれない。しかし少なくともパーソナルで、人間味のある高みである。そのシーンだけで、アニタはジャズのひとつの伝説になってしまった」
クールな熱情に浮かされたような歌唱に「パーソナルで、人間味のある高み」を見るのが村上春樹らしい。
ヘロイン中毒や深刻なアルコール依存で晩年はボロボロだったというアニタは昨年11月に亡くなったが、
58年のこのパフォーマンスは彼女の生涯の名演として刻まれている。
真夏の甲子園には魔物が棲むが、真夏のフェスには気まぐれなミューズが降臨するのだ。

8月31日、9月1日の両日、摩耶山で開かれる「STELLA451・摩耶山トワイライトビアガーデン」でもジャズライヴがあるようだし、9月2日の「マウント六甲ジャズフェスティバル」なるイベントのポスターも最近よく見かける。
クミンのみなさん、歴史的名演の証人になるチャンスかもしれませんよ。

●今日の灘ノオト:Sweet Georgia Brown / Anita O’Day

  適度にハスキーで、気だるくも端正なアニタの歌声は何度も繰り返し聴きたくなる魅力を秘める。
  映画の白眉となるこの曲のスタ録版もその一例。タイコだけの歌い出し、バンド入り後も自在に。


2007年8月15日(水曜日)

行儀悪いよ

カテゴリー: - MJ @ 11時30分00秒

暑いにもホドがある。汗を拭き拭き電車に乗ったら、立ってる人がいるにもかかわらず
2人掛けシートの通路側にしれっと座り、窓側に詰める素振りも見せないおばはん。
頭の悪そうな若造がサルのように携帯に見入っているのは勝手だが、操作は音切ってやれよ、耳障りやから。
挙句に7人掛けシートの4人分強を、そのだらしない座り方と大荷物で占拠してイチャつきまくるバカップル。
足元ゴミで汚しすぎ。仲良さのアピールなのか、声デカ過ぎ。で、話の中身は空っぽ過ぎ。とどめにブサイク過ぎ。
暑さでイライラしてるのか、急速なオヤジ化の進行か、灘でもなんだか行儀の悪い輩に腹立ち通しの盆である。
天にツバする覚悟であえて書く。まあ、みなさん聞いてください。

日曜の夕べ、六甲山上のホテルでジャズライヴがあった。ちょっとした義理もあり、たまにはそんなのもいいか、と出掛けて行く。標高768.78mで聴く避暑地のジャズ。ロケーション的にそんな予感はしたのだけれど、
果たして、俺の大嫌いな「おジャズでございます」な雰囲気であった。いや、演奏がどうこう言ってるのではない。「Memories of You」「Mean to Me」「Basin Street Blues」と好きな曲もあったし、
まろみを帯びたコルネットの音や女性ボーカル、「いかにもベテランさん」な演奏は、まあそれはそれとして。
なんとも馴染めないのは、演奏の合間に繰り広げられるセンスのない(センスがあると自分では思っているのか)、客たちのサロン的会話である。
「アタクシは、社交ダンスを●●先生に、ジャズは××先生に習ってござぁますの……」
「あ、そうですか。ボカぁジャズのボーカル(ボにアクセント)はもう10数年、△△先生に習ってましてね」
「あらあ、○○さん、きょうお歌いになったら。ダンスもご披露なさったらいいのに」
「ジルバやタンゴは得意なんですけど、ジャズはねえ」
……って、なんだその会話。「上流階級のたしなみ」的ジャズ。サロン気分のお飾りとしてのジャズ。
というか、そんなもんジャズじゃねえよ。

月曜日。9月にやるライヴの打ち合わせもあって板宿の若者と水道筋で呑んだ。
一軒の酒場に連れて行くと「カッコええ店ですね。彼女と来たいです」と喜ぶ若者。「そやろ、水道筋はええやろ」と当初はご満悦だった俺だが、ここにもいた。行儀の悪い客が。
連れの若者がトイレに行きたいというので、市場の共同トイレへ案内がてら、自分も用を足そうと店を出た。
すると、さっき店にいた男が一人ついて来る。「トイレってどこですか。僕も一緒に行きます」と。
それ自体はなんの問題もない。「よくあの店に行きはるんですか」「いや、住まいは灘区内なんですけど、なかなか来られなくて」と、当たり障りのない会話をしながら連れ立って歩く。
共同トイレへ通ずる入口は狭いので、連れの若者、俺、ついて来た男、の並びで通路を進んだ……はずが、便器にたどり着いてみると、最後尾の男がいない。あれ?迷ったかな、と思って通路を引き返す。市場に戻ってみると、その男は踵を返し、店の方へ戻っていこうとしているではないか。
「どないしはったんです?トイレはええの?」背中に声を掛けると、その男、信じ難いことを口にした。
「あ、もうええです、いまそこで済ませましたから」
は…………? 何をーーーーっ!
「いまそこで」ってどういうことや。どこでしたんや。まさか市場の真ん中で立小便したんか、お前はーーーー!
「おしっこは便器に向かってこぼさないようにしましょう。終わったらよく振ってからしまいましょう」って、子供のころ習えへんかったか。
市場って何をする所か、まさか知らんわけとちゃうよなあ。お前は山すその団地に住んでスーパーで買い物してるかもしらんけど、ここで商売をし、生活してる人たちがいるってことも、ちょっと考えたら分かるよなあ。
俺かてその1人や。お前がクサいションベン撒き散らしたのは、他人様の庭なんやぞ、アホタレが!
──と、一気に激昂してしまった。男はなんかゴニョゴニョ言っていたが、どうでもええ。相手する気も起こらん。
俺とて別に、品行方正ではないし、すべての立小便を咎めるつもりもない。天にツバする、と書いたのはそういう意味もある。が、これはちょっと許し難かった。なんか水道筋という街ごと、バカにされたような気分になったのだ。
呑んでる相手が急に機嫌悪くなった板宿の若者にも、険悪な雰囲気を作ってしまった店にも悪いことをした。
でもさあ、やっぱり行儀悪いよ。ねえ、みなさんそう思いませんか。

●今日の灘ノオト:Do Right Woman,Do Right Man / William Bell

  ダン・ペン&チップス・モーマンのいぶし銀コンビの曲を、地味だがメンフィスソウルの第一人者が歌う。
  「愛してほしければ、相手にもちゃんと敬意を払いなさいよ」と。行儀悪いやつらは、みんなこの曲聴け。


2007年8月8日(水曜日)

この家売ります

カテゴリー: - MJ @ 09時00分00秒

 Our little dream castle (ささやかな僕らの夢の城)
 with every dream gone  (でも夢は跡形もなくなった)
 is lonely and silent (ぽつんと静まり返り)
 The shades are all drawn (暗い影が落ちて)
 My heart is heavy as I gaze upon (眺めていると、心が重く沈むよ)
 A cottage for sale  (売りに出したこの家を)

角の家の様子が違っているのに気づいたのは、8月に入ってまもなくだった。
古い煉瓦塀沿いに並んで通りを飾っていた、よく手入れされた鉢植えやプランターが一掃され、
がらんと静まり返った庭に蝉時雨が降り注いでいる。敷地を取り囲む不動産屋の無粋な幟旗。
「あ、手放しはったんや……」
呆然と、しばらく眺めるうち、その歌は頭の中で鳴り始めた。
「A Cottage for Sale」
空き家の姿に、恋の終わりを重ねたジャズスタンダード。1930年に書かれた。
この歌と同じぐらいの年月を目の前の洋風建築は過ごしてきたんじゃないか、と想像してみる。
 
 The lawn we were proud of (僕らの自慢だった芝生は)
 is waving in hay (枯れ草のなかで揺れている)
 A beautiful garden has withered away (あの美しかった庭も枯れ果てた)
 Where you planted roses (きみがバラを植えた場所では)
 The weeds seem to say (雑草が言ってるようだ)
 A cottage for sale (この家売ります、って)

歌のような物語があったとは思えない。家や敷地がだれの手に渡って、どうなっていくのかも知らない。
けれど、そんな感傷を呼び起こさずにいられないほど目になじんだ、ちょっと誇らしい灘の風景だった。
連なる家々とともに、落ち着いた華やぎを作っていた園芸の小径は、
naddist氏によって「摩耶ゲバゲバフラワーロード」と名付けられた。
歳月が染み込んだ下見板張りの壁。白い木枠の観音開きの窓。生い茂る緑に覆われた山小屋風のエントランス。
建築的にどんな価値があるのかは分からないし、歴史的建造物や街並み保存を訴えて運動する気概もない。
ただ、この界隈の古くからの住まい方や、人と街との間合いを無言のうちに語ってきた、
「灘中の手」らしい風景が消えゆくことを寂しく思う。無性に。

 From every single window,I see your face (窓の一つ一つにきみの顔が見える気がする)
 But when I reach the window (でも覗いてみたら)
 There’s empty space (そこは空っぽの部屋)
 The key’s in the mailbox, the same as before (鍵は郵便受けにある。いままで通りに)
 But no one is waiting for me anymore (でも僕を待つ人はもういない)
 The end of our story is there on the door (二人の終わりをドアの張り紙が語っている)
 A cottage for sale (この家売ります)

昨日の朝、解体工事が始まった。
せめて良い買い手が付いて、この建物に住んでほしいと願っていたけど、
かなわなかった。二階の窓から畳や建具がどんどん運び出され、
玄関口には取り外された木の扉や波板ガラスの戸が無造作に置かれていた。
くすんだ煉瓦塀もいずれ取り壊されるのだろうか。
ピカピカでツルツルの新築物件が建つのだろうか。
数日間うるさいぐらいに鳴き続けた蝉時雨が、この朝はなぜか止んでいた。

●今日の灘ノオト:A Cottage for Sale / Dinah Washington

  フランク・シナトラやナット・キング・コール、ビリー・エクスタインら男性歌手で有名な歌だが、
  僕の女王様ダイナの名唄を。吾妻光良氏はこの曲を枕に「物件に出物なし」へなだれ込む。


2007年8月1日(水曜日)

シニアの星

カテゴリー: - MJ @ 09時15分00秒

今日も今日とてナダノさんノオトさん、ニセモノコンビが灘を往く。
中途半端な知識で社会問題を語りつつ……(ご存知かと思いますが、本物は灘道中膝栗毛へ)

ノオト「キミね、2007年問題て知っとるか」
ナダノ「コンピューターの誤作動で、電気や水道が止まって、ミサイルがブッ放されて、世界が終わりになる……」
ノオト「そうそう、預金も引き出せなくなって、だから格差もなくなって、ボクら貧乏人はウッシッシ……て、
ちゃうわ!そら2000年問題や。だれもそんなもん覚えてへん」
ナダノ「ボク、あの時ね、職場に泊まり込んだんですよ。大山鳴動ネズミ一匹て、まさにあのことやったなあ」
ノオト「キミの思い出話はどうでもええねん。2007年、つまり今年から団塊世代の大量退職が始まって、いろんな会社がてんやわんやになるちゅう話ですよ」
ナダノ「てんやわんや……ボクとこは毎晩、店屋モンやけどね」
ノオト「そんなこと聞いてへん!ええか、大量退職ちゅうことは、続々とリタイアしたおっちゃんたちのセカンドライフが始まるということやで」
ナダノ「セカンド人生いうたら、中村勝広か土井正三やな」
ノオト「そら二塁手や!古すぎるし、おまけに、どっちも暗いし」
ナダノ「2人ともオリックスで監督したけど、あんまりお強くなかったからねえ」
ノオト「そやなくて、リタイアしたシニア世代が、昔やってた楽器をまた始めたり、そのニーズに応える教室がある、ちゅう話をしとるわけですよ」
ナダノ「灘でもよう見かけますわな。町の音楽教室」
ノオト「それや、ボクの言いたいのは。これ見てみ」
 
ナダノ「おお、水道筋のドラム&トラ喫茶マンボウさんや。阪神勝った翌日はコーヒーが割引になる」
ノオト「そやで、ライブもやっとる。見てみぃ、『シニアコース設立』て書いたはるやろ」
ナダノ「中村勝広は来るんかいな……」
ノオト「その話から離れろちゅうのに。ほれ、六甲道にはこんなんもあるわ」
 
ナダノ「フォーク、童謡、演歌……看板も風雪に耐えてる感が」
ノオト「渋いやろ。さらに渋いところで、これ」
 
ナダノ「おお、これは畑原通の。うちなだんちゅさんを輩出した赤坂通にも近いしねえ」
ノオト「そうそう。灘には琉球舞踊の教室もあるそうや。奄美や沖永良部の人も多いしな」
ナダノ「夕暮れの散歩道で聞こえてくる三線の音はええわな」
ノオト「ちょっと高尚な感じやと、こんなんもある」
 
ナダノ「へえ、チェロか。宮沢賢治やな」
ノオト「これ本屋の店先やで。どや、文化の香りがするやろ。水道筋の懐の深さに惚れ惚れするやろ」
ナダノ「キミがいちばん文化の香りから遠いな」
ノオト「やかましわ!ほで、こんだけ揃ったらバンド結成できるやろ。そこで最後に歌手や。ボーカルやでぇ」
ナダノ「MJとかいう、流通新聞みたいな名前の人かいな?」
ノオト「あいつはまだ若輩や。荷が重いわ。これや、これ見てみぃ。六甲道のレコード歌手やで」
 
ナダノ「おお!すごい。ブレとるけど、よう見たら曲名『妻の指定席』やて」
ノオト「シニアバンドの指導者ともなると、これぐらいの人生経験と懐の深さがないとあかん」
ナダノ「ほんで、シニアバンドのフロントマンともなれば相当に渋い声の持ち主でないとな。渋い声といえば……」
ノオト「渋い声といえば……?」
ナダノ「中村勝広」
ノオト「もうええって」

●今日の灘ノオト:Don’t Make Me Beg / Gerald Levert & Eddie Levert,Sr.

  オージェイズの大看板を張る親父53歳、プロデューサーとしても有能な息子29歳。95年の共演。
  ディープな熱唱で呼応しあう親子。「シニアの星」エディを置いて、ジェラルドは昨年、惜しくも他界。


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