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2007年6月27日(水曜日)

ロックな日々

カテゴリー: - MJ @ 10時45分00秒

ロックな1週間だった。
金曜日は、灘在住の気鋭のロック社会学者M氏およびその一派と邂逅。鳥徹〜モンクコースで大いに語る。
「ロックかロックじゃないか」というモノサシは正直、自分には縁遠いものになり、
昔聴いていたレコードをターンテーブルに載せる(という作業がまず面倒だ)こともほぼなくなってしまったけれど、
しかし、それはロックが嫌いになったということでは全然なく、単に別のモノサシを持つようになったという話だ。
俺にとってすべての始まりであるビートルズや、ブルース/R&Bへの道を拓いてくれたローリング・ストーンズや
高校時代の人生の指針であったRCサクセションあたりは、その別のモノサシを当ててもいまだ想いは尽きず、
しゃべれと言われれば一晩中でもしゃべる自信がある。それを自分のなかで再確認した夜でもあった。

週明けには、何かと世話になっている先輩が刊行した本を書店で手に取る。
マングローブ──テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」(西岡研介)
闘うジャーナリストとして勇名を馳せる人だが、この人、灘の生まれ育ちである。
GWに韋駄天〜チンタで呑んだが、久々の帰灘だったらしく、昔の街並みを思い出して、えらく感じ入っていた。
その時に「週刊現代でやった連載を、いま本にまとめとるんや」と言ってたのが上梓されたのだ。
巨大組織とそこに巣食う「妖怪」に挑んだ、執念の闘いの記録。この精神もまたロックだ。

そして昨晩は、仕事帰りに阪神大石駅で降り、前から気になっていた酒場にふらりと。
「7th note」という店名から音店だろうと当たりを付けてのことだが、はたして、ロックバーであった。
壁にギターが2本。カウンターの隅に飾ってあるマディ・ウォーターズのライヴ盤がうれしい。
圧倒的存在感を放つシカゴブルースのボス。ストーンズの名前はマディの曲「Rollin’ Stone」からであり、
俺が初めて買ったブルースのレコードもマディだった。
と、店内のPC画面のなかでライヴが始まった。おおっ!ストーンズ。
ロックな1週間を締めくくるのにふさわしい偶然にテンションが上がる。
数年前のツアーの映像らしい。ミックは相変わらず絞り上げられた肉体でダサかっこよく歌い踊り、豹柄コート姿のキースはもはや、ロックンロールのイメージをそのままキャラクター化したぜんまい人形のようだ。
「Satisfaction」「Let’s Spend the Night Together」「Gimme Shelter」
「Sympathy for the Devil」「It’s Only Rock’n Roll」「Miss You」……
いや、カッコいい。何千回と繰り返されてきたスタンダードの数々は、手垢の汚れが積もり積もって逆に黒光りしている。
60歳過ぎてるんやろ、この人たち。高校生のとき「自分の親父がミックやキースやったらハズかしいやろなあ」と笑っていたものだが、ここまで来ると逆に誇りに思うよ、オヤジのこと。
同年輩のマスターといろいろ灘話をしていたら、水道筋ミュージックシーンの熱気は大石にも伝わっていることが判明。これまたうれしい。
俺が60歳になったら、な也で椅子に座って、好きだったロックンロールを枯れ果てた音でやりたいなあ。

●今日の灘ノオト:Tumbling Dice / the Rolling Stones

  昨晩のライヴ映像で最もグッときた曲。このルーズな横揺れビート感こそ、
  ストーンズがストーンズたる所以。昨今の直情お子様ロックには無理やろ。


2007年6月20日(水曜日)

選曲屋志願

カテゴリー: - MJ @ 10時10分00秒

音楽好きなら皆同じだと思うが、選盤・選曲の作業というのはほんまに楽しい。
DJとか音楽バーとか評論家とか、音を紹介する仕事はいろいろあるが、
スクラッチや客あしらいや批評といったほかの要素をすべて削ぎ落とし、
いっそ「選曲屋」だけで商売にならないかと夢想するほどだ。
昔ならオムニバステープを編集して頼まれもしないのに配ったり(自分や)、
いまならi-podのプレイリストをネットで披露しちゃったりする人もいる。
中身だって、「恋するアタシの黄昏どき10曲」といったユルユルなやつから
「What’s Going On カバーヴァージョン15連発」みたいな偏執的なもの、
「耳こそはすべて──ジョージ・マーティンの仕事20選」とかの激しくコアな内容、
はたまた「ナダさんタマさんが口ずさんだ80町歌めぐり」などの灘愛溢れるものまで、
センスと気分と発想次第で何でも作れてしまうのだ。編集の喜びである。
実はいま、久々に選曲に耽溺する喜びを味わっている。
音店夜話でいずれきちんと書きたいと思っている畑原市場の「酒庫・汽笛亭」。
ずっと以前はレコードプレーヤーがあって、音楽好きのお客さんがレコードを提供していたが、
プレーヤーが壊れたいまはCDのみ。すると音源が枯渇してきた様子なので、
前々から「なんか持って来るわ」と言いながら、そのまま言いっ放しになっていた。
これではいかんと最近重い腰を上げ──選曲自体は楽しいのだが、着手までは覚悟がいるのだ──とりあえず考えたのが以下の3テーマ。
●Soul Tenors Blow Hot & Cool
 ソウルジャズ系のハードブロワーを中心とするテナーサックスもの。
●Piano & Smooth Voice 
 ピアノと歌の組み合わせはやはり王道。直球ジャズヴォーカル以外で、ええ雰囲気のもの。
●Everyone Plays Fab Four
 ソウル/R&Bやジャズ畑のビートルズカバー集。昔作って何人かに配るも見事に無反応だったことがある。
 
まあ別にこのあたりの音が好きじゃない人が耳にしても違和感ないように選曲しているつもりだけれど、
さりとて、汽笛亭のお客さんに僕の好みを無理強いしようというのでもない。
要は、自分が立ち寄った時に気分よく飲める音を酒場にストックしておこうというノリである。
こうやって遊ばせてくれる店が近所にあるというのはうれしいことだ。
それから、ライヴの選曲も急がないといけない。
水道筋のうどん屋「な也」で続けているライヴ「MJ presents Singer’s Delight」のVol.9が来月27日に迫ってきたのだ。今回は、な也最多登場のドラマー北田太一、ギターの久井コージ氏を1ステージずつフィーチュアしようという企画なので、それらしい曲を頭のなかで巡らせているところなのです。
詳細はまた告知させていただきます。ご興味ある方はぜひおいでください。

●今日の灘ノオト:Some Other Time / Frank McComb

  ボーカルスタイルも声質も、僕の心の師匠ダニー・ハサウェイに生き写しの才人。
  ピアノの手垂れぶりもサラリと見せる名バラード。コンピに入れるかどうか思案中。


2007年6月18日(月曜日)

占いのキキメ

カテゴリー: - MJ @ 09時15分00秒

土曜日。なかなか降らない梅雨。前夜、神戸新聞夕刊の隠れた人気コーナー「易八大のオラクル」を目にしたら
「いまいち冴えない。陽に当たりに行くべし」みたいなことが書いてあったので、
山の上で本でも読もうと摩耶山へ向かう。リュックサックマーケットもやってるし、ちょうどいい。
ケーブルカーもロープウェーも久しぶり。眼前に迫る急峻な緑の壁と眼下に広がる坂の町の眺望を堪能しつつ、掬星台へ。暑いぐらいの陽気。でも、山上のフリマは相変わらずまったりと、スローな空気に包まれている。
タロット占いの人がいた。勧められて占ってもらうことにする。マンツーマンの占いなんて初めてかもしれない。
多少気後れするが、いや、考えてみればブルース・R&B界には占いをモチーフにした歌は少なくない。
「女性と出会う」と予言した女占い師と最後にくっつくというオチのベニー・スペルマン「Fortune Teller」。
「悪い星の下に」の邦題で有名なアルバート・キングの代表曲「Born Under a Bad Sign」。
単に運・不運の歌なら枚挙に暇がない。リロイ・ハトソン「Lucky Fellow」、ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツ「Bad Luck」、マックスウェル「Fortunate」……と、そんなことを考えつつ、占ってもらうのは「仕事」。
会社辞めてフリーランスになって1年あまり。まあそれなりにやってるんすけど、この先どうなることやら。「自由業なんて、しょせん不自由業」という決まり文句もありますし。いやあ、どうなるんでしょう、僕。フロムエーとか買った方がいいっすか……
が、タロットの結果は強気に出た。いろいろ説明してもらったが、ひと言で言えば「安泰。破竹の勢いで、最終的にはエンペラーでしょう」と。
へ、エンペラー?皇帝?僕がですか。あ、いや、じゃあ灘にキャバレーでも開こうかな。「ミカド」みたいなやつ……とかなんとか。信じる・信じないはともかく、ええことを言われて単純に舞い上がる。
灘区占いに真剣に耳を傾けるnaddist氏続いて席に着いたnaddist氏。さすがと言おうか何と言おうか、「灘区」を占ってもらっていた。「区を占うなんて初めてです」とタロットの人。そりゃそうだろう。
しかし、これが結構、的を得て面白いのだ。
いわく「かつては秩序正しく、住みよい街だった灘区。でも、現在はそのポテンシャルを十分生かせていないようです」ごもっともな解説に、naddist氏も、見ているこっちもテンションが上がる。
「周りから見た評価もどこか地味。はっきり言って目立たない存在です」naddist氏うなずきつつも、東灘区をライバル視するいつもの挑発的言動が出始める。
「組織の中で縁の下の力持ち的に支えるタイプ。でも外からの評価とは違い、中にいる人は結構充実し楽しんで暮らしています」神戸市の中にあってこそ、ということか。naddist氏が酔うとたまに唱える灘区独立論はここで潰える。
「でも、これからは勢いを取り戻し上り調子。最終的にはサンでしょう」おお!太陽ですか。素晴らしい。naddist氏、一気に顔がほころび饒舌になる。
「ま、あれだな。着物の裏地で自己主張とか、地味だけどよく見たらネクタイピンは七宝焼きとか、そういうことだな」
分かったような分からんようなことを言って盛り上がっていた。

自分の将来と灘区の将来、双方とも明るく出たことで、足取りも軽く山を下りる。
ドニエでコーヒーを飲み、一燈園で串カツを食べ、市場で晩飯の買い物するのもちょっと思い切りがよくなる。
シマアジだけでいいのに、カンパチも買っとくか、みたいな。さらに、近所でビールをワンケース買い、吉田酒店で大黒正宗を買う。買い物が終われば銭湯だ。まだ日の高いうちに摩耶温泉へ。いやはや極楽三昧。
占いの結果がちょっと良かっただけで、気が大きくなって財布の紐が緩む。われながら単純なものだ。
しかし、もっともらしい景気予測だって、選挙結果予想だって、はたまた天気予報だって、煎じ詰めれば一般人への影響なんてそういうもんかもしれない。
これぞ占いの、いや霊峰・摩耶のキキメである。

●今日の灘ノオト:Don’t You Worry ‘Bout a Thing / Stevie Wonder

  ラテンの味付けもカッコいいスティーヴィーの有名曲。邦題「くよくよするなよ」。
  占いの効用の一つは、そんなふうに言ってくれること。素直に耳を傾けるもよし。


2007年6月13日(水曜日)

Jazz×Taxi

カテゴリー: - MJ @ 09時45分00秒

灘区の高台にある病院で、そのタクシーは客待ちをしていた。
外来もまばらになった昼下がり。細く開けた運転席の窓からトランペットの音が漏れてきた。
初期のマイルスだったか、フレディ・ハバードだったか。
もう記憶は薄れたが、若々しく張りのあるトーンだったように思う。
ハンドルに置いた初老の運転手の指が静かに動いていた。音に合わせてバルブを押し込むように。
もう片方の手には譜面。鉛筆書きだった。
後部座席に回って窓をコツコツやるとき、助手席に譜面がいくつも重ねてあるのが見えた。
ほんとうは、客など待っていなかったのかもしれない。
僕を乗せて走り出してからもずっと、車内には輝くようなトランペットの音が心地よく満ちていた。

15年近く前、初めて乗った「ジャズタクシー」。その病院に近い灘の会社の所属だった。
ちょうどいまごろの季節のこと。どうしてはるかなあ……と、ときどき思い出す。
Oさんといった。60歳過ぎに見えた。薄い色付きの眼鏡をかけた、クールな容貌。
だが、こちらがあれやこれやと問うのに応えて語ってくれるジャズ話は熱かった。
三宮にあった進駐軍の施設で演奏していた、という。イーストキャンプといったか。
当時のジャズマンは、ジョージ川口も、中村八大も、原信夫も、みんなキャンプ回りで腕を磨いたのだ。
ついでに言うなら、先ごろ亡くなった横山ノックも、神戸の米軍キャンプに出入りしていた。
Oさんもそこで鍛えられてプロのトランペッターになった。いくつかのバンドに所属し、いろんな所へ出掛けた。
一時肺を患い、ベースに転向したこともあったが、やっぱりトランペットがいとおしかった。
だからタクシーに乗るようになってからも、こうして譜面を手に、ヒマがあれば「練習」しているのだ、と。
僕がクリフォード・ブラウンのブリリアントな音が大好きだというと、
リー・モーガンの「I Remember Clifford」はとてもいい、と教えてくれた。
話の続きが聞きたくて、その後も2、3度乗ったが、それ以降出会うことはなかった。
Oさん、お元気でしょうか。
さすがにもうタクシーには乗ってないかもしれないけど、相変わらずトランペットを触ってはるんでしょうね。

やはり灘の、六甲あたりで何度か止めたタクシーは古い小さなモノラルのラジカセで、リー・モーガンの「The Sidewinder」あたりを流していた。ソウルフルなテーマに乗って、タクシーは坂道を滑り下りていった。
灘ではないけれど、ほかにも何台か神戸でジャズタクシーに乗り合わせた。よその街では見たこともないのに。
ギタリストで、非番の日はリハーサルとライヴに明け暮れていたDタクシーのMさん。「いつかニューヨークに住むんや」と夢見ていた。
一度だけ乗った個人タクシーは、豪華なオーディオを設え、トランクに満載のCDを聴かせてくれた。目的地までの途上、路肩に停めてライブラリー自慢を聞かされたっけ。
「日本のジャズ発祥の地」なんて看板を掲げて観光用の「ジャズ」を垂れ流すよりも、
こんな趣味人やカッコいい大人がたくさんいることのほうが、ずっと音楽が生きているし、街っぽい話だと思うのだ。

●今日の灘ノオト:I Remember Clifford / Lee Morgan

  25歳で事故死した天才トランペッターを追慕する美しいバラード。
  Oさんお勧めのこの演奏は名演の誉れ高い。カッコええ動画付き。




2007年6月6日(水曜日)

ブームはもう終わりだ

カテゴリー: - MJ @ 10時30分00秒

先日ふと思い出して、ここに書いたビリー・ジョエルの「Allentown」が無性に聴きたくなり、
『The Nylon Curtain』のCDを買った。1982年のリリースまもなく手にしたアルバムだが、
高校生のときにLPを売り払ってしまったので、20年ぶりぐらいの対面である。
その「Allentown」という歌、ポップで少しほろ苦い曲も素晴らしいのだけれど、歌詞がなかなか考えさせるのだ。
舞台は、米国東北部ペンシルバニア州に実在する街。
U.S.スチールという鉄鋼会社を核に戦後急速に発展した、いわゆる「ブーム・タウン」だという。
ところが繁栄は長く続かない。次々と閉鎖される工場、失業者の列、役に立たない卒業証書。
70年代初頭に訪れた街の疲弊した姿にショックを受けて書いた曲だと、ビリー・ジョエル自身が解説している。

Iron and coke,and chromium steel (鉄とコークス、そしてクロム鋼)
And we’re waiting here in Allentown (こうして僕らはアレンタウンで待っている)

But they’ve taken all the coal from the ground (でも、彼らは残らず石炭を掘り出してしまった)
And the union people crawled away (組合の連中は逃げて行ってしまった)

And it’s getting very hard to stay (この街で暮らすのはとても難しくなっていく)
And we’re living here in Allentown (でも、僕らはこのアレンタウンに住んでいる)

取り壊し直前の神戸製綱高炉の煙突。2000年ごろ、naddist氏撮影消費され尽くした街。
これを即、灘の話に読み換えるのは乱暴に過ぎることは承知している。
『華麗なる一族』の時代を思えばずいぶん寂しくなったとはいえ、灘にはまだ高炉があるし、中国の経済発展に伴って国内の鉄鋼業はいま好調らしい。「鉄冷えの街」ということでいえば、先ごろ『南部再生』で臨海部を特集した尼崎の歩んできた途のほうが、この歌の物語は真に迫っているかもしれない。
それでも、自分の暮らす街に重ねずにはいられない。
企業は採算が合わなくなったら縮小・撤退できるからいい。「役割を終えた」とか「時代の変化」といった当たり障りのない言葉を残して。工場の進出・撤退のサイクルはどんどん短くなっている。工場が来たからといって、いつまで地元が恩恵に預かれるかなど分からないし、そもそもほんとうに「波及効果」とやらがあるのかどうかも怪しい。
製造業に限った話ではない。大型商業施設のスーパーや量販店、チェーンの飲食店。莫大な金を掛けて誘致したテナントがあっさり撤退し、廃墟のような姿をさらす「再開発」の無残な失敗例を僕らはたくさん知っている。
でも、その街には残される人びとがいる。しんどいけれど、「こうして待っている」人たちが。
街は「消費」のためだけの場ではない。
需要が減ったからといって、暮らしはそう簡単にスクラップ&ビルドできないのだ。
商店街や市場を壊してマンションを建てるとか、「安全・安心」や「利便性」をタテに無用に広い道路を通すとか、
「駐車場何千台」のバカでかいショッピングセンターを造るとか、そんなものを少なくとも僕は望んでいない。
街に愛着のない企業や人口を何千、何万と増やしたところで、たいして意味はないのだから。

──などと考えていたら、先日、厚生労働省が2035年の人口推計を発表したという記事があった。
30年後。東京一極集中はますます進み、秋田や和歌山など、ひどいところでは人口が現在の7割になるという。兵庫県は現在の559万人から80万人減って479万人。
こういう数字を突き付けられると、いい加減、「人口規模が都市の格」という考えを捨て去らないと…と改めて思う。そんなことは何十年も前からあちこちで言われているのだが、どうも本質的には変わっていないように見える。
企業や行政だけを悪者にして変化を迫るだけでは事足りない。僕らだって、そんな幻想を下支えしてきたのだ。
日本全体が「ブーム・タウン」だった時代はとっくに過ぎ去ったというのに。

●今日の灘ノオト:Allentown / Billy Joel

  内容は深刻だが、アコギの軽快なストロークが良質のポップス感を醸し出す佳曲。
  勢いよく蒸気の噴き出す音、鉄を鍛える音は、未来への希望を響かせているのだ。


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