ミュージシャンは「音」ではなく「人」で聴かせるのだ──とは、
音楽をやる人間の心得を示す一種の格言としてよくいわれることだ。
しかし、これが言うは易し行うは難しなのであって、
僕のような若造が(いや全然若くはないが、ものの喩えで…)胸張ってそんなこと言っても、
「ゴタクはええからちゃんとやらんかい」といわれるのがオチである。
“格言”の真に意味するところはこういうことなのだと、小坂忠さんのライヴは見せてくれた。
5月11日、水道筋のな也。素晴らしい夜になった。
超満員の会場の隅に、われわれは陣取った。
なぎら健壱を師と仰ぎつつ、ビートル・マニアで、三線弾きでもあるnaddist氏。
ビリー・ジョエル・ファンクラブの元会員だった灘べ連(灘区ベーシスト連盟)のちゅーやんさん。
ティン・パン・アレイ系だけでなく、日本のロック・ポップス史全般に造詣が深いドラマーA門さん。
そして、僕はブラックミュージックとその影響下にある音楽ばかりを20年間偏愛してきた。
ええ歳をした、好みもさまざまな4人が揃って開演前から胸を躍らせていた。会話は弾み、酒も進む。
いや、僕らだけではない。
やや年齢層高めの(失礼!)店内には、“あの人”を間近で観られるという興奮が渦巻いていて、
そのボルテージはステージが進むほどにじりじりと、天井知らずに上がっていった。
忠さんは物腰柔らかなジェントルマンだった。
10代から40年間も音楽の世界にいるのに、ミュージシャン然としたふうがない。
逆に、サポートする関西チームは、ひとクセもふたクセもありそうな強烈な風貌揃い。
見た目にはミスマッチなユニットは、しかし、絶妙のアンサンブルを紡ぎ出した。
ギター2本にスティールギター、キーボード、ベースにドラムと、結構な大所帯ながら
「ミニマムなグルーヴ」とでもいうべき、心地のよいアンプラグド・サウンドで店内を満たした。
伝説のクラシックスは、いきなり洒脱にアレンジされた「機関車」が来て、
「ほうろう」へ続き、「ゆうがたラブ」で揺れた。
「He Comes with Glory」「Birthday」「夢を聞かせて」と、近年の曲も濃密な味わいだった。
「You’ve Got a Friend」「Amazing Grace」「Sailing」といったカバーも聴けた。
アンコールの「Sailing」で声を合わせながら、体が芯から熱くなっていくのを感じた。
もちろん、酒のせいだけではない。
小坂忠という「人」に酔っていた。
終了後サインをもらい、写真を撮っていただいた。
忠さんはどこまでも気さくな人だった。あろうことか、酒を手にわれわれの席に座られた。
伝説のシンガーが、灘で、水道筋で、僕らとテーブルを囲んでいる……
興奮と緊張と深酔いに任せてなんかいろいろしゃべった。正直あまり覚えていない。
ただ、「どんな音楽がいちばん好きだったんですか」という質問に
「レイ・チャールズだね。中学生のころラジオで『What’d I Say』を聴いてさ、
なんだこりゃ!って衝撃を受けて、それで自分も曲を書き始めたんだ」と話されたのに、
「レイ・チャールズですか!僕も好きです、大好きなんです!いやあ、やっぱサイコーっすよね、サイコー!」
と、アホみたいにテンションが上がったのを覚えている。
うれしかったのだ。ああ、この人も一介のR&B好きから始まったんだ、と思うと。
歌を、俺も歌わなきゃなあ、と思った。
興奮冷めるはずもなく、naddist氏らと汽笛亭に移動して痛飲した。
互いの携帯が何度も震えた。何度目かをやり過ごした後、ようやく腰を上げた。
ふらふらの足取りで家にたどり着いたら、柱時計が3回鳴った。
●今日の灘ノオト:I Love People / 小坂忠
忠さんが「自作の中でいちばん好き」と話していた「モーニング」から25年ぶり、
2001年のポップ・アルバム「People」収録のアカペラ曲。この温もりを聴け。


1月17日

小坂忠さんが灘で歌ったのは36年ぶりでした。
36年前、神戸大学の学生会館で忠さんの歌を初めて聴いた僕はその数日後、現在のな也さんの数100m西にあったマヤレコードで「ありがとう」を買ったのでした。
Comment by 中村よお — 2007年5月14日(月曜日) @ 14時52分17秒
おおっ!さすがウォーキングディクショナリー。
よおさん、貴重な灘話をありがとうございます。
36年前というと、忠さんもデビューからまだ間がないですよね。
いまとはだいぶん違う趣だったんでしょうか。
Comment by MJ — 2007年5月14日(月曜日) @ 19時02分32秒
中村よおさんが水道筋でライブをされるらしいのですが、
いつ、何処なんでしょう? 勉強不足でスミマセン。
灘イベント情報にでないのかなあ…
教えていただきたいのですが….
Comment by rann — 2007年5月16日(水曜日) @ 01時21分54秒
畑原市場のチンタや水道筋1のCafe P/Sなどでも演られていますが、
いちばん近い水道筋ライヴは今月20日(日)19時半から、
水道筋6のbanana fishじゃないでしょうか。↓(ご本人のブログ)
http://jocr.txt-nifty.com/toorinuke/
よおさん、間違っていましたらご指摘ください。
Comment by MJ — 2007年5月16日(水曜日) @ 08時27分34秒
MJさん、ありがとうございます。
それで合うてます。(笑)
rannさん、みなさん、ぜひいいらしてください。
2のMJさんへの返答。
その頃の小坂忠さんはエイプリルフール、フローラル(モンキーズの前座をやった)時代の(現在はやってはる)R&B唱法を封印して、アルバム『ありがとう』や『もっともっと』で聴かれるジェームス・テイラーを自分流に消化して構築した音楽をやっておられました。神戸大学ではアコギ弾き語りでした。翌年、忠さんは伝説のバンド小坂忠とフォージョーハーフを結成。このメンバーに松任谷正隆さんもいたのでした。
Comment by 中村よお — 2007年5月16日(水曜日) @ 19時08分00秒
MJさん、ナイスなレポ、ありがとうございます。
確かに熱くなりました。我を忘れました。
私がヤられたのは、カバーの2曲目(タイトル忘れました・・・)。
グッときちまいました。
忠さん(そう呼ばせていただいても、いいような気がする・・・ので)の歌は、
ホント、尻上がりに良くなってきましたね。
上品な町医者か大学教授のごとき風貌で、
でも、時々ニヤッと笑われる表情が、
昔の粋なミュージシャン感を醸し出したりして・・・。
少し前に、とある音楽評を読んで、
もっともっと宗教色の強い方かと、勝手に思い込んでいたのですが、
全く私の勘違い、とてもかっこいい大人のミュージシャンであられました。
「音は人なり」まさに、その通りと思います。
評論だけ読み、浅薄に理解していたつもりの自分を反省しました。
そしてそんな私も、忠さんの歌は優しく包み、盛り上げていって下さいました。
感謝感謝であります。
Comment by A門 — 2007年5月17日(木曜日) @ 18時35分50秒
よおさん
「和製ジェームス・テイラー」と呼ばれていた、というのはどっかで読みました。
そのあたりの時代もまた聴いてみたいですね。
A門さん
>少し前に、とある音楽評を読んで、
>もっともっと宗教色の強い方かと、
僕の友人(結局来なかった)も同じようなことを言っていました。
一時のブームで、ずいぶんゴスペルの裾野が広がったとはいえ、
日本語でというと、説教臭いというか抹香臭いイメージがどうしてもあるようです。
向こうじゃsecularとgospelの壁を行き来しているシンガーはたくさんいるんですけどね。
リトル・リチャード、ソロモン・バーク、アル・グリーンー…忠さんの好きなレイ・チャールズも、
聖職にこそ就いてないけど、まさに「壁」を壊した人でした。
Comment by MJ — 2007年5月18日(金曜日) @ 10時45分24秒
ここを読んでると、あの日のアツいステージがよみがえってきますね。
時には語りかけるように、時には訴えかけるように、いろんな
メッセージが伝わってきた気がします。
ライブ後のひと時も楽しかったですね!
しかし、な也さんでもけっこう飲んだ気がしましたが、あのあと
さらに痛飲とは・・・恐れ入りました(汗)
Comment by ちゅーやん — 2007年5月18日(金曜日) @ 13時36分28秒
MJさん
そういえばブルースブラザースの映画で、
神父役をやったJBは、凄かったですね!
パート2をまだ見ていないのも、思い出しました(^^)。
ちゅーやんさん
私は1杯で轟沈、自滅し、
途中棄権退場しました・・・
もう歳でおますです。
Comment by Anonymous — 2007年5月18日(金曜日) @ 23時34分24秒
すいません。
名前書くの忘れてました。
先ほどのは、私、A門のコメントです。
失礼しました。
Comment by A門 — 2007年5月18日(金曜日) @ 23時37分39秒
>ちゅーやんさん、A門さん
興奮冷めやらずで、ついつい…。
帰り道はまっすぐ歩けなかったですけどねw
Comment by MJ — 2007年5月19日(土曜日) @ 09時34分26秒