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2007年5月30日(水曜日)

青い夜、赤い灯

カテゴリー: - MJ @ 08時00分00秒

初めて買ったジャズのレコードはセロニアス・モンク『Brilliant Corners』じゃなかったか。18歳だった。
不協和音を連発し、奇妙なメロディを操り、客に向けてケツを振るケッタイなピアニストなんかに
なぜ初心者が手を出したかというと、そのころ知り合った鍵盤弾きのマンボ松本が
「ヒップなジャズならモンクだぜ」みたいなことを言ったからだ。やつもどこまで分かっていたのか知らないが、
ともかく初めてのジャズ盤に正面から向き合おうと胸を高鳴らせて針を落とした僕は
バーバァババーン、ババババババババーン、ボヨヨヨヨーン、ピロン…
という奇怪な音塊の襲撃を受け、「?????」と目を白黒させるハメになったのだった。
が、それでも初めてのジャズマンということもあって、なんとなく気になる人ではあり、
その変なアルバム(いや、ジャズ的には名盤なんですが)は聴き続けたし、
ときどき思い出したように何枚かのレコードを手にした。
「Pannonica」「Straight, No Chaser」「Round About Midnight」……それから、「Blue Monk」。
バレルハウスの片隅に響くヨレヨレのホンキートンクみたいなこの曲がとても好きだった。
青のモンク。或いは、モンクの憂鬱。

灘のモンクは、赤い。
畑原東商店街の角に立つスタンドバー。外観はバレルハウスというより、掘っ立て小屋に近い。その昔、開高健がバクダンをあおった闇市の酒場はこんなふうだったかもしれない、と思わせるほどに。
扉を開ければ、赤い灯に染まる昭和レトロな空間。天井から垂れ下がる玉のれん。ミラーボール。ダイヤル電話。壁際の古書。若いころかぶれた大江健三郎がある。サイケな装丁の『万延元年のフットボール』。
それらが渾然となって、キッチュで妖しい、無二の酒場の空気を醸す。
早い時間に行くのが気に入っている。或いは、人の波が絶えた深夜か。
先代灘温泉の遺産である番台に寄りかかり、店主のエーちゃんに酒を見つくろってもらう。
日本酒、焼酎、ハイボール、それから最近覚えたシェリー。若いのに趣味人の風格を漂わすエーちゃんを相手に酒を舐めながら、何を話すでもないのに何か言葉を交わすうち、時が過ぎてゆく。客が増えたら場所を詰め、知り合いがいたらあいさつをする。酔いが回れば、醒ましがてら市場のトイレへ歩く。

そんな酒場の時間を、ブルースとモダンジャズが流れる。
マイルスが好きで、ロリンズが好きで、B.Bが好きで……何がいちばんかと訊けば、意外と正統派の名前を並べるエーちゃんだが、グラント・グリーンのラテン盤も美空ひばりのスタンダード集もロニー・スミスのラフな東京ジャムも、持ち込んだら結構喜んでくれた。
でも、そういえばここでモンクの話をしたことがないな。店名にするほどだから思い入れがあるに違いない。
思い立って、ある日とても好きなソロピアノ盤『Thelonious Alone in San Francisco』を携えて立ち寄った。
1曲目が「Blue Monk」だ。
孤高の詩人のつぶやきのような音。独りピアノに向かう背中をまぶたに描く。
サンフランシスコで奏でられた「青のモンク」が、ほぼ50年の時を経て、灘で「赤いモンク」の空気を震わせた。

●今日の灘ノオト:Blue Monk / Thelonious Monk

  1959年、ツアーで訪れたサンフランシスコの古い集会場で録音されたソロ。
  「Ruby,My Dear」「Everything Happens to Me」も人気の“ほろ苦”盤。


2007年5月23日(水曜日)

新開地で灘を想う

カテゴリー: - MJ @ 11時00分00秒

日曜日、成田一徹さんの個展「音の流れる街角」に行く。
新開地の駅を出たら、やけに人通りが多い。
あ、そうか。「新開地音楽祭」の日だった。
僕が目にしたのは、テキサス系ハードロックの若者トリオと
ピアノ弾き語りの女性シンガーソングライターと、ハワイアンのおっちゃんバンド。
ボートピア帰りのおっさんたちがハードロックに聞き入る。時ならぬ歓声。手拍子。シュールだ。
個展の会場だったKAVCでは、ジャズボーカルクイーン・コンテストをやっていたらしい。へえ。
 
成田さんの個展はイベント効果もあいまってにぎわっていたが、外の喧騒とは無縁な感じだった。
とりあえずあいさつをして、作品に向き合う。
ナダタマ的には灘モノが何点出ているか、であろう。
いや、成田作品のファンとしては、いつもそんな見方をしているわけじゃないですよ。
しかし、ともかく灘モノ。あった。神戸製鋼・神戸製鉄所と摩耶埠頭。
42点出ているなかで2点とはちと寂しくないか。
作品のチョイスをうかがったところ、「音が聞こえてきそうな作品を選んだんですよね。なんとなくだけどね」と。
神戸製鉄所なら、鉄冷えの街の青春を歌ったビリー・ジョエルの佳曲「Allentown」か、
あるいは、バグパイプ風ギターがちょっと流行ったビッグ・カントリーの「Steel Town」。
摩耶埠頭なら、港にたたずむ男の望郷の歌、オーティス・レディング「the Dock of the Bay」といったところか。
展示方法に工夫が凝らしてあった。
絵の一つ一つを音符に見立て、五線風の背景飾りのうえにディスプレイする。
作品名は「東灘・灘周辺」とか「元町・新開地・福原周辺」などと1コーナーごとにまとめ、コード譜風に表示。
歌詞に見立てたのが作品名。ご丁寧にコード進行まで書き添えられている。
……分からんだろうな、こんな説明じゃ。まあいい。
いや、一瞬びっくりしたのです。
「神戸製鋼・神戸製鉄所」や「摩耶埠頭」の名を歌いこんだ曲を、この個展のために作ったのかと。
だって、コードやテンポまで書いてあるんだから。
メモって家でギターで弾いてみたら、それなりに曲になっている気がした。

●今日の灘ノオト:the Dock of the Bay / Otis Redding

  オーティスが飛行機事故死の直前にレコーディングした物哀しい歌。
  死後大ヒットし、代表曲といわれるように。男の苦悩。味わい深いね。


2007年5月16日(水曜日)

R&B的都賀川逍遥

カテゴリー: - MJ @ 09時46分03秒

今日も今日とてナダノさんノオトさん、ニセモノコンビが灘を往く。
薫風の都賀川べり、R&Bの名曲をネタにしつつ……(くどいようですが、本物は灘道中膝栗毛へ)

ナダノ「♪ダウンバーイ・ザ・リバーサーイ、ダウンバーイ・ザ・リバーサーイ……」
ノオト「川べり散策やから『Down by the Riverside』って、キミもベタやな」
ナダノ「ゴスペルの名曲ですわな」
ノオト「それにしても、休日の河原は犬の散歩が多いな」
ナダノ「犬も歩けば『Walkin’ the Dog』。ルーファス・トーマス翁ですな」
ノオト「ありゃ犬が歩く歌じゃなく、そういうダンス・ステップのことやろ」
ナダノ「天気もええし。♪ユ〜ア〜マ〜イ、サンシャ〜イン……オージェイズで『Sunshine』でした」
ノオト「分からんやっちゃな。それは恋人を太陽に喩えてるんやて」
ナダノ「イチャついとるカップルも多いな。おまえら、『渚のボードウォーク』か!ドリフターズか!」
ノオト「ワケが分からん。海辺の歌やし」
ナダノ「くそ〜、わしの相手はおっさんや…」
 
ノオト「あ、トランペットの練習してはる。サックス吹いてる人もたまに見かけますわな」
ナダノ「がんばりや〜、ソロの『Blowin’ My Mind』を捧げる」
ノオト「ホーンを吹けって意味とちゃうわ」
ナダノ「お、あっちじゃ、おばちゃんがカート引いて飛び石渡っとるで」
ノオト「危なっかしいな」
ナダノ「大丈夫、大丈夫。『Woman Across the River』ってジョニー・テイラーも歌ってた」
ノオト「あれは、女川渡る〜♪じゃなくって、川向こうの女〜♪という歌や」
ナダノ「……ほな、ジミー・クリフ『Many Rivers to Cross』でどや」
ノオト「R&Bというか、レゲエのクラシックスやな」
ナダノ「♪メーニリバーズ・トゥ・クロース、フフフーン……」
ノオト「コーナン着いたで」

●今日の灘ノオト:Down by the Riverside / Mavis Staples & Lucky Peterson

  「もう戦わない」と、平和を願う歌詞も人気のトラッド・ゴスペルの定番曲。
  お好み焼き屋のおばはんのようなメイヴィスが、オルガンとのデュオで。


2007年5月13日(日曜日)

音は人なり

カテゴリー: - MJ @ 22時30分00秒

ミュージシャンは「音」ではなく「人」で聴かせるのだ──とは、
音楽をやる人間の心得を示す一種の格言としてよくいわれることだ。
しかし、これが言うは易し行うは難しなのであって、
僕のような若造が(いや全然若くはないが、ものの喩えで…)胸張ってそんなこと言っても、
「ゴタクはええからちゃんとやらんかい」といわれるのがオチである。
“格言”の真に意味するところはこういうことなのだと、小坂忠さんのライヴは見せてくれた。
5月11日、水道筋のな也。素晴らしい夜になった。

超満員の会場の隅に、われわれは陣取った。
なぎら健壱を師と仰ぎつつ、ビートル・マニアで、三線弾きでもあるnaddist氏。
ビリー・ジョエル・ファンクラブの元会員だった灘べ連(灘区ベーシスト連盟)のちゅーやんさん。
ティン・パン・アレイ系だけでなく、日本のロック・ポップス史全般に造詣が深いドラマーA門さん。
そして、僕はブラックミュージックとその影響下にある音楽ばかりを20年間偏愛してきた。
ええ歳をした、好みもさまざまな4人が揃って開演前から胸を躍らせていた。会話は弾み、酒も進む。
いや、僕らだけではない。
やや年齢層高めの(失礼!)店内には、“あの人”を間近で観られるという興奮が渦巻いていて、
そのボルテージはステージが進むほどにじりじりと、天井知らずに上がっていった。
 
忠さんは物腰柔らかなジェントルマンだった。
10代から40年間も音楽の世界にいるのに、ミュージシャン然としたふうがない。
逆に、サポートする関西チームは、ひとクセもふたクセもありそうな強烈な風貌揃い。
見た目にはミスマッチなユニットは、しかし、絶妙のアンサンブルを紡ぎ出した。
ギター2本にスティールギター、キーボード、ベースにドラムと、結構な大所帯ながら
「ミニマムなグルーヴ」とでもいうべき、心地のよいアンプラグド・サウンドで店内を満たした。
伝説のクラシックスは、いきなり洒脱にアレンジされた「機関車」が来て、
「ほうろう」へ続き、「ゆうがたラブ」で揺れた。
「He Comes with Glory」「Birthday」「夢を聞かせて」と、近年の曲も濃密な味わいだった。
「You’ve Got a Friend」「Amazing Grace」「Sailing」といったカバーも聴けた。
アンコールの「Sailing」で声を合わせながら、体が芯から熱くなっていくのを感じた。
もちろん、酒のせいだけではない。
小坂忠という「人」に酔っていた。
 
終了後サインをもらい、写真を撮っていただいた。
忠さんはどこまでも気さくな人だった。あろうことか、酒を手にわれわれの席に座られた。
伝説のシンガーが、灘で、水道筋で、僕らとテーブルを囲んでいる……
興奮と緊張と深酔いに任せてなんかいろいろしゃべった。正直あまり覚えていない。
ただ、「どんな音楽がいちばん好きだったんですか」という質問に
「レイ・チャールズだね。中学生のころラジオで『What’d I Say』を聴いてさ、
なんだこりゃ!って衝撃を受けて、それで自分も曲を書き始めたんだ」と話されたのに、
「レイ・チャールズですか!僕も好きです、大好きなんです!いやあ、やっぱサイコーっすよね、サイコー!」
と、アホみたいにテンションが上がったのを覚えている。
うれしかったのだ。ああ、この人も一介のR&B好きから始まったんだ、と思うと。
歌を、俺も歌わなきゃなあ、と思った。
興奮冷めるはずもなく、naddist氏らと汽笛亭に移動して痛飲した。
互いの携帯が何度も震えた。何度目かをやり過ごした後、ようやく腰を上げた。
ふらふらの足取りで家にたどり着いたら、柱時計が3回鳴った。

●今日の灘ノオト:I Love People / 小坂忠

  忠さんが「自作の中でいちばん好き」と話していた「モーニング」から25年ぶり、
  2001年のポップ・アルバム「People」収録のアカペラ曲。この温もりを聴け。


2007年5月9日(水曜日)

儲かりません、そこまでは

カテゴリー: - MJ @ 09時00分00秒

仕事の関係で、再び京都詣でウィークが始まった。
夜、ネタ集めと癒しを兼ねて西院のライヴ・バー「OVERGROUND」を訪ねる。
水道筋ライヴにやって来る京都の面々が根城にしている店であり、
今夏で第6回を迎える「西院ミュージックフェスティバル」の要ともいうべき場所である。
水道筋ミュージックストリートが多くを学ぶべき、いちばん近い“先輩”の歴史は、
この店の主、ゲンキ君たちの発案から始まった。
阪急西院から西へ徒歩5分「OVERGROUND」 
「いちばん近い」と書いたが、あくまで心情的な話で、規模はまるでかけ離れている。
当初10会場で始まったイベントは、いまや倍近い19会場。出演者は2日間で100組を超える。
ジャズのビッグバンドが15組も出るというから、ミュージシャンだけでも500人近くが集まる計算だ。
元・憂歌団の木村充揮さんやギタリストの石田長生さん、そして、わが灘の誇る天野SHOさんら
バリバリにプロフェッショナルのベテランミュージシャンも出演してきた。
しかも会場は、「街」が透けて見える絶妙のロケーション揃い。
神社の境内、銭湯の脱衣所、幼稚園のホール、界隈の小さな飲食店…
そんな話をゲンキ君に聞きながら、
「神社は水道筋でいえば素佐男神社か、いや、いっそ五毛天神まで上がるか。銭湯は灘温泉で決まりやな。
スナックコーナーもあるし」などと、頭のなかで置き換えてみる。
彼らのさらにすごいのは、電車の中にライヴを仕込むのである。
ところどころ路面を走りながら、のんびりと嵐山へ向かう京福電車嵐山本線、通称・嵐電(らんでん)の、
たった1両の車両にミュージシャンが乗り込み、西院〜嵐山〜西院と往復の道行きにステージを繰り広げる。
貸切ではない。普通の乗客も乗ってくる。行政や企業のヒモ付きイベントならいざ知らず、徒手空拳で始めた夕暮れの太秦広隆寺前を行く嵐電
20代の若者たちが直当たりで電鉄会社を説き伏せたことに恐れ入る。
今年は、念願だった西院車庫も会場に使えることになったそうだ。
敬意を表しつつ、またも妄想の翼を広げていく。
「灘なら摩耶ケーブルか。ちょい離れてるから、前夜祭ちゅうことで。
ついでにロープウェイにハコ乗りして掬星台で夜景ライヴ。ええ感じやろなあ…」こちらも負けじと、できもしない妄想を膨らませたくなるほど、西院フェスは小気味よく、着実に成長している。
端からはそう見える。が、しかし。
「大きくなるほどしんどいことが増えてきて…。1回目がいちばん面白かったです」とゲンキ君。
儲け話だと思って、音楽が好きでもないのに、安易に便乗しようとする輩が出てくる。
それで、「儲けが少ない」だの「もっと人を呼べるミュージシャンをブッキングしろ」だの文句を言う。
候補者難の政党が選挙に出ないかと言ってくる。逆に「売名行為だ」と妬み半分で囁かれたりもする。
なるほどねえ。
地域で「動く」ってことは、そんな状況に否応なく巻き込まれるということでもあるのだ。
基本的に無料で、ミュージシャンに対しては投げ銭制で、10数人のボランティアスタッフでやっているイベントが、そんなに儲かるワケがないというのは、考えれば分かりそうなものだ。
売名行為や出馬準備に利用するにはしんどすぎるし、そんな回りくどいことせえへんやろ。
赤字でいいとはいわないが、儲けをどうこう言う話じゃないから楽しいのだ。
だいたい、ただひたすらに音楽とミュージシャンが好きでやっていることに、
いちいち見当ハズレの視点や邪念を差し挟んでくる奴がいることが鬱陶しい。
ゲンキ君の名誉のために言っておくが、彼はあくまで「そんな話もあるんですよ」と苦笑しただけで、
激烈な批判を口にしたとか、嫌気がさしたとか言ったわけではない。
街やイベントごとに関わる人たちの間で同様の話をよく聞くので、
ここにもそんな苦労があるのかと僕が勝手に義憤を覚えているだけである。
そういう奴らに聴かせてやりたい。
初期のRCサクセション「金もうけのために生れたんじゃないぜ」。
もっとも、同じアルバムで「この世は金さ」という歌もやっちゃうのがキヨシローさんらしいんだけどね。
さ、きょうも京都で仕事、仕事。

●今日の灘ノオト:金もうけのために生れたんじゃないぜ / RCサクセション

  3人組でデビューした、ヘタウマ・ハードフォークなRCの初アルバムに収録。
  「アコースティック・パンク」とでも称すべき、キヨシローの若く荒々しい歌声。


2007年5月6日(日曜日)

わが心の…

カテゴリー: - MJ @ 15時00分00秒

連休といっても、予定は夜の呑みばかり。
昼間はごろごろ本を読んだり、だらだら仕事するフリしたり、ぶらぶら灘を歩いたり。
遅めの昼飯は王子飯店にしよか。わが愛しの大衆中華。わが心の王子や。
で、「わが心のジョージア(Georgia on My Mind)」を鼻歌に、阪急高架下へ。
肉飯と餃子にするか、ニラ玉の定食か、五目焼き飯でいくか。
ここ何回か、行くたび準備中のようで、都合1、2ヵ月食っていない。きょうこそは。
   
あ……え…?
きょうも閉まっている。シャッターに、数日前にはなかった張り紙。
「4月19日をもって閉店いたしました。長い間ありがとうございました」
……。
つ、ついにか。しばし立ち尽くす。
あっさりした文言が、飾り気のないこの店らしい。
「閉店するかも」という話はずっとくすぶっていた。その時が来た、ということだ。
思い入れのある店だった。
三宮や大阪でライヴがある時には、たいがいここで食ってから電車に乗った。
部活の高校生や作業着のおっちゃんやご隠居さん風情の人たちに混じって
メシをかきこみながら、密かに気合を入れていた。だれ知る由もない“儀式”であった。
灘を訪れるミュージシャンたちに自慢したい店でもあった。
いつぞや、水道筋ライヴの後に泥酔したツインズ兄弟を家に泊め、翌日の昼に連れて行った。
二日酔いをものともせず、肉飯の旨さとボリュームに感動していた。
またひとつ、当たり前に誇れる街の風景がなくなった。
シャッターに背を向ける。
頭のなかで「Georgia on My Mind」のボリュームを上げた。

灘の昼ごはん」に刻み損ねたなあ…などと考えながら、
ショックを隠しきれずふらふら水道筋を漂っていくと、
あ、開いてる。
さっきとは逆の驚きに出会った。1丁目の「Café P/S」に明るい陽が射し込んでいる。
1月下旬にいったん閉めたが、5月から本格的に再オープンしたのだという。めでたい。
ただし、運営形式が少し変わった。
月〜金曜の昼間は「vivace(ヴィヴァーチェ)」というカフェである。キャッチは「朝日のように快活に」。
ジャズ・スタンダードの「朝日のようにさわやかに(Softly as in Morning Sunrise)」から、であろう。
 
夕方以降は曜日によって店主も店名も変わる。つまり、これまでの「火曜サロン」方式が拡大した形だ。
いまのところ、木曜日に「Joyful×Joyful」(これも偶然、ゴスペルの人気曲のタイトル)という店が入っているが、
ほかの曜日も順次埋めていく構想だという。週末あたりはとくに。
平たく言えば、「Café P/S」という名の“お店”はなくなる。
その代わり、スペース貸しや企画運営に専念するプロデューサー的立場に生まれ変わった、ということらしい。
いずれにしても「水道筋ミュージックストリート」の会場のひとつが復活したのはありがたい。
人が集まる“場”があるということが大事なのだから。
節操のないマンション業者に街を食い潰されぬためにも。

●今日の灘ノオト:Georgia on My Mind / Ray Charles

  1930年代に書かれたスタンダードだが、このレイ御大の歌唱により不朽の名曲となった。
  人種問題などで紆余曲折の末、ジョージア州の州歌に制定されたいわくつきの歌でもある。


2007年5月2日(水曜日)

灘で伝説に出会う

カテゴリー: - MJ @ 11時00分00秒

「どんな音楽をやるんですか」と訊かれたら、
「えと、まあソウルとかR&Bとか、あと、ゴスペルとか…」などと答えている。
微妙な遠慮を伴うのは、そこに古くて新しい問題が横たわっているからだ。
「日本人にソウルやR&Bが歌えるのか」とか、「クリスチャンでない人が歌うものをゴスペルと言えるのか」とか、
「そもそも黒人以外がブルースをやってもいいのか」とかいった話は、この何十年間繰り返し問われてきた。
J-ポップだ、J-ラップだ、ジャパニーズR&Bだとか言っている現在からは隔世の感があるが、
ほんの40年前には「日本語でロックは歌えるのか」という議論をしていた時代もあったのだ。
そういう問いの根底にある精神論的なものだけを原理主義的に突き詰めていくと、
「ロックやソウルのリズムには英語しか乗らねえのさ、ベイベー」というシェケナベビ男な発想か、
「日本人は民謡か祭囃子か読経以外は禁止でごわす。ドン!(机を叩く)」というゴリゴリ民族主義的主張か、
いずれにせよ、偏狭かつワケの分からない話になるので、
僕も含めて多くの人は、ソウルやR&B(その他の音楽も)といったものを「音楽の一スタイル」と捉え、
そのスタイルを借りたり、自分なりに解釈しながら演奏しているわけだ。
だが、僕らがそういうアプローチを当たり前のこととしてやってこられたのは、
偉大なる先達がいたおかげだということを忘れてはならない。
「日本人がソウルやブルースなんて」「日本語のロックなんて」という意見も多かった時代に、
さまざまな葛藤や煩悶や疑問を乗り越えて、新しい表現に挑んできた人たちである。

たとえば小坂忠というシンガー/ソングライター。
ジャパニーズR&Bの草分けであり、70年代には牧師となって日本初のゴスペル・レーベルを設立した。60年代には、細野晴臣(YMOでもおなじみの)や松本隆(松田聖子ほかの作詞者としてご存知の)らとエイプリルフールというバンドをやっていた。いまや「日本語ロックの確立者」という評価が定着しているはっぴいえんどの前身ともいえる伝説のバンドである。
75年のソロアルバム『HORO(ほうろう)』は、いまも語り継がれ聴き継がれる名盤。ファンキーなタイトル曲「ほうろう」や「ゆうがたラブ」、後のゴスペル的なテーマにも通じるスロー「機関車」、はっぴいえんどのカバー「ふうらい坊」…日本語でどこまで表現できるか、どこまで遊べるかに挑んだ名曲名演ぞろい。フィリーソウルのメロウなグルーヴ感や、ダークサイドのスライにも通ずるファンクネスを宿したサウンドは、日本のR&Bの原点と呼ぶにふさわしい。先述の細野、松本はもちろん、コーラスに山下達郎、吉田美奈子、大貫妙子が参加しているといったら、ブラックミュージックに興味のない人でも、そのすごさを分かってもらえるだろうか。

その伝説の人が、灘にやって来る。
5月11日(金)、水道筋のな也
ここで紹介しておきながら既にソールドアウトなのは残念だが、これは水道筋ライヴ史に刻まれるべき事件だ。
実は、僕は何年か前に「HORO」を聞きかじっただけだった。
来灘に備え、最近数枚のアルバムを貸してもらったら、これがまたいい。
コーラスを効果的に配したコンテンポラリーなゴスペルサウンド。
その歩みがそのまま伝説となってきた男は、しかし、伝説の上にあぐらをかいてはいない。
水道筋で、そんなミュージシャンに出会える幸せを思う。

●今日の灘ノオト:ボンボヤージ波止場 / 小坂忠

  ゆったりとメロウなグルーヴが心地よいサウンドはウィリアム・デヴォーンのよう。
  歌われるのは、真夜中近くの波止場の風景。「さあ、あなたと夜をひとっ飛び…」

  


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