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2007年4月25日(水曜日)

前夜祭

カテゴリー: - MJ @ 11時00分00秒

仕事帰りの深夜、ちょっと1杯とモンクへ。
チンタでの「cassette NIGHT」を翌日(きょうですね)に控えた
ウワサのCJ(カセットジョッキー)、ファンキー・フランク氏と遭遇。
「明日頑張ってくださいね」「どんな感じでやろうかな」と
軽い挨拶を枕に、怒涛のカセット〜昭和ラジオ話へ。
「ABCヤングリクエストで録った曲をいかに編集するか」
に始まり、
「MBSヤングタウンの鶴光と角淳一はいかに名コンビだったか」
「KBS京都のつぼイノリオと越前屋俵太はいかにアナーキーだったか」
「文化放送セイ!ヤングのチンペイとばんばんはいかにエロかったか」
「オールナイトニッポン2部の山崎ハコはいかに暗かったか」
と展開。
ただ、僕はこのあたりの深夜放送黄金期には北の地にいたのでほとんど未体験の世界。
モノマネ上手のフランク氏のトークに一方的に笑わせてもらう。
と同時に、「ヤンタンを聞いていなかった関西人」という
常日ごろ痛感している青春期の損失をあらためて感じる。
「おお、それそれ!」と琴線に触れるモノマネが飛び出したのは
フランク氏の絶好調トークがFMの音楽番組に入ったころ。
「今日と明日が出会う時……クロスオーバーイレブン」
時計の針は午後11時どころか、午前2時を回っていたが。

●今日の灘ノオト:Superstar / Luther Vandross

  去って行った恋人の演奏をラジオで耳にして切なさを募らせるという歌。
  レオン・ラッセル作のメロディを、達人ルーサーの哀しくも美しい名唄で。


2007年4月22日(日曜日)

あやしい2人

カテゴリー: - MJ @ 20時00分00秒

今日も今日とてナダノさんノオトさん、ニセモノコンビが灘の酒場でよもやま話。
酔っ払うと、敬愛するいとこい先生風に……(繰り返しますが、本物は灘道中膝栗毛へ)
阪急線路沿いの中原通 
ナダノ「あのね、ボクの近所のね、ゴミのプールがメチャクチャなんですよ」
ノオト「灘にはゴミのプールちゅうなもんがあるんかいな」
ナダノ「プール…ウール…シュール…違うな…キミね、カレーライスに何かけて食べる?」
ノオト「カレーライスいうたら、ご飯にカレーかけて食うに決まっとろうが」
ナダノ「ちゃうねん、あのドロっとして、茶色くて、辛いやつ」
ノオト「あー分かった、キミの言いたいことは。つまり、あれや。カレーにはルーをかけて食べるんや」
ナダノ「それや」
ノオト「何が」
ナダノ「ゴミのルールがメチャクチャなんですよ」
ノオト「それぐらいスッと言えんか!」
ナダノ「ゴミの日前後になったら夜も昼もなく、もうこんなんなって散らかってグッチャグチャで……」
ノオト「えらいことやな」
ナダノ「グチャグチャで思い出したけど、キミとこのヨメはん元気?」
ノオト「そんなもんでうちのヨメはん思い出すな!」
ナダノ「こないだも夜にグチャグチャのゴミ捨て場を通りかかったらね、エレクトーンがほかしてあってね」
ノオト「そら懐かしい楽器やな」
ナダノ「ふと見たら、2人連れの男が歩いてくるんですわ。月の光に照らされて」
ノオト「ほう、近所の人かいな」
ナダノ「1人はドレッドヘアでサングラス、もう1人は童顔のタレ目」
ノオト「なんや、そのあやしいコンビは」
ナダノ「2人でエレクトーンの前に座って連弾始めたんですわ。しばらくしたら歌まで歌い出してね」
ノオト「夜中にえらい近所迷惑な話やわな」
ナダノ「♪エボニー、アンナイボリー、リィトゥギャザインパーフェク、ハーマニー」
ノオト「いきなり大きな声出すなちゅうねん」
ナダノ「こんな歌やったのよ」
ノオト「なんや、それは。何語や」
ナダノ「英語ですよ、イングリッシュ。ボクの得意な」
ノオト「アホ言え。ほで、その2人は何者やったんや」
ナダノ「どっかで見た顔や思て、名前訊きましてん。そしたらタレ目の童顔がね、ポール松ヶ谷」
ノオト「……なんやどっかで聞いたような。ほでドレッドの方は」
ナダノ「スティービー和田」
ノオト「ウソ言え。もうええわ」

●今日の灘ノオト:Ebony and Ivory / Paul McCartney & Stevie Wonder

  ピアノの黒鍵と白鍵になぞらえて人類の平等と協調を歌った82年の大ヒット曲。
  これを収録したポールのアルバムは傑作。当時スティーヴィーはアフロでした。


2007年4月18日(水曜日)

カセット騎士(ナイト)

カテゴリー: - MJ @ 08時00分00秒

ブルースの王様B.B.キングは1989年の来日インタビューで、
「テクノロジーはいつの時代も素晴らしいものだ」と話している。
当時64歳。既に40年以上のレコーディングキャリアを誇っていた文字通りの「王様」が、
「最近はレコーディングにも作曲にもコンピューターを使う。私はあれが大好きなんだ」などと、
嬉々として話す言葉は、保守的傾向の強いブルースファンを戸惑わせた。
常に洗練された新しいブルースを模索してきたB.B.。
発言はその柔軟性と革新性の表れともいえるのだが、ファンの側の戸惑いもまったくゆえなきものではない。
テクノロジーの進歩は一方で、かつての技術をあっという間に置き去り、遺物の山を築いていく。
たとえばカセットテープ。
B.B.は同じインタビューで「テープレコーダーも、いまやポケットに入るサイズになった」と話しているが、
それから10年も経たぬ間に、カセットテープはほぼ姿を消した。

80年代初頭に音楽を聴き始めた僕にとって「三種の神器」はカセットデッキ、レコードプレーヤー、FMチューナーだった。死に物ぐるいで貯めた2500円だか2800円だかをはたいてLPを手に入れると、必ずテープに録音して聴いた。レコードが傷むと思ったのだ。新品のレコードに一度だけ針を落とし、ジャケットをためつすがめつしながら、新鮮なサウンドに耳を凝らす。ライナーノーツに目を通し、カセットのインデックスカードに丁寧に曲名を書き写していく……それが、このうえない至福のひとときだった。「レコードの溝が擦り切れる」代わりに、カセットケースの突起が摩滅してスカスカになるのが、その盤を聴き倒したことの証となった。
もちろんエアチェックにも精出した。当時住んでいた青森には民放FMがなく、頼みの綱はNHK-FMだった。夕方の『軽音楽をあなたに』、夜の『サウンドストリート』。とりわけ日曜午後6時、石田豊アナウンサーの『リクエストコーナー』は欠かさず聴いた。余計な装飾や腹立たしいフェイドイン・アウトのないストイックな番組で、ビルボードポップチャートの40位台まで、ときにはUKチャートまでフォローしてくれた。
愛読誌『FMファン』の番組表とビルボードチャートは、毎号蛍光ペンの線でいっぱいになったものだ。
カセットはソニーのAHFやBHF、ちょっと奮発してDUAD。TDKならADとかAD-X。マクセルはなんだかデザインが好きじゃなくてあまり使わなかったなあ。
高校生になってダブルデッキを手に入れると、オリジナルテープを量産した。学校のあった北海道には民放FMがあったので音源は飛躍的に広がった。
同じころバンドをやるようになった。ネタ音源はもちろんカセット。練習や校内ライヴを録るのにも欠かせなかった。
寮の同級生にアウトローなロックンローラーがいて、なぜか僕のもとへ、よく「新曲」のデモを持ってきた。そいつは3年になる前にドロップアウトして、カセットだけが僕の手元に残った。
大学で車に乗るようになると、どっさりテープを持ち込み、車がリスニングルームになった。免許取得の翌日、トラックにコツンと追突したのは、カセットを取り替えようとしてのことだった。アホとしかいいようがない。
カーステレオの音に合わせて発声や歌の練習もした。就職してからもその習慣は続いた。
数え切れないほどテープを編集して人に配り、数え切れないほど自分たちの演奏を刻んだ。

ほら、ちょっと考えただけで、とめどなく思い出話があふれる。30〜40歳代の人ならみんな同じだろう。それほど記憶の詰まったカセットテープをどう処分すればいいのか、いや、そもそも処分してしまっていいのか。判断のつかないまま、段ボールに放り込んで眠らせてある、という人も多いはずだ。僕も人にあげたりして、ずいぶん減らしたつもりだが、それでもまだ500本はあるだろう。
だが、ついにその遺物たちが日の目を見るときが来た。
畑原市場の「スタンド・チンタ・リカーホール」で「カセット・ナイト」というイベントが開かれるというのだ。
カセットならではの秘蔵音源、恥ずかしい生録テープ、懐かしのエアチェック。インデックスのレタリングやカセットデッキまで披露し合う品評会。軽やかなDJのトークに乗って、灘の夜に響き渡るカルチャークラブにキャンディーズ、おニャン子クラブにオカンの声。
「われこそは」というネタ自慢の方はぜひご参加を。
25日午後7時、畑原市場でカセット騎士(ナイト)たちが激突する。

●今日の灘ノオト:The Thrill is Gone / B.B.King

  スタジオでは野心的な試みをするも、ライヴでは定番選曲で確実に客を喜ばすB.B.の名盤。
  僕の秘蔵テープ、87年の東京ライヴでも、この曲をはじめ代表的ナンバーで沸かせている。

  


2007年4月11日(水曜日)

阪急高架下の巻

カテゴリー: - MJ @ 10時00分00秒

今日も今日とてナダノさんノオトさん
ニセモノコンビが灘の街を神出鬼没のぶらぶらり……(本物は灘道中膝栗毛へどうぞ)

 
ナダノ「威勢のいい文言だな」
ノオト「アジビラですね」
ナダノ「あじびる?三宮の高架沿いとか河原町六角の」
ノオト「そりゃ安モンの居酒屋ビルでしょ。ここは灘」
ナダノ「姿勢唄…見ん血気…周回……歌会?」
ノオト「言い馴れない言葉ばかりで、変換ミス起こしまくりですね」
ナダノ「つまり、歌を愛する者はみんな寄っといで、という話か」
ノオト「分かってるんじゃないですか。去年日経新聞に載ってましたね」
ナダノ「イムジン河、水きよく〜♪」
ノオト」「お、『パッチギ!』観たのね。フォークだけじゃなく、ビートルズやる人もいるそうですよ」
ナダノ「山田く〜ん、座布団一枚やってください」
ノオト「それはずうとるび。しかも円楽さん、完全引退しちゃったし」
ナダノ「体力の限界!」
ノオト「そりゃ千代の富士の引退会見でしょ。団塊の世代はまだまだ元気なんです」
ナダノ「おっ、ブルースもOKなのか。They call it stormy monday…♪」
ノオト「結局自分のフィールドに持ち込みましたね」

ウタカイ(歌塊)は阪急高架下のレトロ雑貨店「鉄人マーケット」で毎月最終金曜日20時45分から。
 

●今日の灘ノオト:Knockin’ On Heaven’s Door / Bob Dylan

  「フォーク」の熱気を知らない僕は、これほどの偉人ですらロック経由で聞きかじり…の不届き者。
  UKのジ・アラームからランディ・クロフォードまでカバー多い名曲。華麗なるキムタクも歌ってたな。


2007年4月4日(水曜日)

働くパンク侍

カテゴリー: - MJ @ 08時00分31秒

夜中のメシは勢い勝負だ。
半日何も口にできなかった恨みと空腹にまかせ、
「ドリャアァ」「デヤーッ」と凶暴な気分で腹を満たしにかかる。
夜中メシモードに入ったとき、俺の精神は10代の若々しさを取り戻し、
「メタボリック?関係ねーぜ!」「中性脂肪?フ××ク・ユー!!」と阪急天神湯踏切への坂道を下る。
行く手のド派手な黄色い看板は「ばらがき」。
“創作居酒屋”から“創作GoGo居酒屋”へ、さらに“突撃酒場”へと、年々うたい文句が過激化しているが、
別にアブナい店ではなく、相当に良心的な居酒屋である。そう、キャラがちょっと濃いだけの。
中場利一の小説に、土方歳三の熱血人斬り青春時代を描いた『バラガキ』というケッサクがあるが、
バラガキとは、土方の故郷の言葉で「イバラのように鋭いトゲを持った悪童」のこと。
その名の通り、店の大将はパンク・スピリットの持ち主である。
80年代にちょっとブレイクしたビートバンド、ザ・モッズを愛していて、
「おんなじような曲ばっかりや」と嗤いながら、もう50歳を回った森山達也の雄姿を追っ掛けている。
ライヴ会場は20年来、見知った顔ばかりだという。
店に貼られた清酒のポスターの中では、ロンドンパンクの伝説、クラッシュのジョー・ストラマーが、
酒瓶をマイク代わりに吠えている。大将の手作りである。
俺も高校時代この2バンドを聞きかじったので、あの勢い一発のサウンドを懐かしく思い起こす。
 
だが、成熟したパンクスは人を斬らない。代わりに自分を痛めつける。過激なまでに働くという形で。
昼間の市場や商店街で、ガタイのいい大将の買い出し姿によく出くわす。
中の手の住宅街でチラシをポスティングして歩く姿もよく見かける。
夜中にメシが食えるぐらいだから、営業は深夜まで。
刺身をふんだんに盛った「海鮮GoGoサラダ」から「立派なエビチリソース炒め」「名古屋手羽先」
そして「ラーメン屋さんごめんなさい」の本格ラーメンまで、たらふく食わせてくれる。
月1回ペースでライヴもある。しかも基本的にノーチャージ。
さらに、先月からは昼間の宅配弁当を始めた。一折700円。大将が自分で配って歩いている。
「よう働きますなあ」半ばあきれて言うと、
「いや結構ね、明日のおかずは何にしようかって考えるの楽しいんですわ」
と、恋する女子高生か新米ママのようなことを言う。
これまた元パンクスの町田康にならえば「パンク侍」とでも称すべき、熱き男。
反骨精神溢れる元バラガキは、腹を空かせて夜中にさまよう灘区民を救う義士になったのである。
先日やはり夜中メシを食っていたら、どこかの会社の新入社員歓迎会をやっていた。
社会人の門出をこの店で祝うとは、きっと打たれ強いハングリーな社員が育つことだろう。

●今日の灘ノオト:I Fought the Law / the Clash

  パンクとは、サウンドよりもまずスピリットであり、アティチュードだ。ロンドンが燃えていた77年の
  「俺は法と闘った」という歌は、少し前ニッサンのCMで流れていた。ああ、なんという平和な時代。


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