とある雑誌の仕事でまた再び京都通いの日々。
ある日、大宮通下立売下ルの「拾得(じっとく)」を訪れる。
日本のブルースやロック、フォークに少しでも興味のある人なら誰でもその名を知っている、
関西ライブシーン最古にして、数々の伝説の舞台となった酒蔵ライブハウス。
オープンは1973年2月。来年35周年を迎える。
考えてみれば、僕のライブハウスデビューもここだった。
18年前。マンボ松本たちとやっていた、楽しかったけど、いま思えば勢いだけのR&Bバンドだったなあ。
ブレイクダウンやウエストロードブルースバンド、South to Southにローラーコースター……
といった70年代の錚々たる先達バンドの名や、
大好きだったローザ・ルクセンブルグの故・どんと氏がスタッフとして働いていた当時の話を
オーナーのテリーさんにうかがいながら心中密かな感傷に浸っていたら、
その肩越しのCDラックで1枚のCDが燦然と光を放っている、ように見えた。
中村よおさんの「20年後の神戸で逢いたい」。おお!灘人の足跡発見、である。
そりゃそうだよなあ。よおさんは、僕が「伝説」でしか知らない時代の空気に全身を浸してきた人だ。
その語り部であり、その時代への思いを歌に託すシンガーだ。
少し前、やっぱり「拾得」の歴史を取材して「Rocks Off」という雑誌に書かれたらしい。
「拾得には音楽の神様が棲んでいます。あそこで演奏していると神様が降りてくる」とブログには書いておられた。
憂歌団ほかで数知れずこのステージを踏んだであろう島田和夫さんにしても、天野SHOさんにしてもそうだけど、
こういう「先輩」たちが同じ灘区という街にいて、どうかすると隣り合って酒を飲めてしまう有難さを思う。
同時に、灘区に縁があるわけでもなかった自分が、今そうした場にいることの不思議を思う。
それにしても「拾得」は変わらない。
もともと酒蔵だっただけに、音や空気が時間とともにふくよかに醸成されているのだろう。
テリーさんという名杜氏の手によって。
その数日後。京都への道すがら、坪内祐三さんの「大阪おもい」という本を手に取り、
電車の中で読んでいたら、よおさんの神戸居酒屋巡回記「肴のある旅」のことを書いておられた。
「ここ10年ぐらいで出会った居酒屋エッセイ集のベスト1だと思う」
チンタのトイレに貼ってあるポスターにある賛辞の原文はこれだったか。なんかうれしくなる。
京都に通うたび、なぜだか灘が見えてくる今日この頃である。
●今日の灘ノオト:Mustang Sally / Wilson Pickett
初めて「拾得」に出た時にやったよなあ、このR&Bスタンダード。鋼の喉を持つ凶悪シャウター
ウィルソン・ピケットは長い間、僕の三本指に入るアイドルだった。ずいぶんマネをしたもんだ。


1月17日
