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2006年10月27日(金曜日)

Singer’s Delight本日

カテゴリー: - MJ @ 11時14分02秒


歌を語るか、歌で語るか。
MJの恒例ライヴ「Singer’s Delight」第7弾は、
Closing Time Club NA-YA」(水道筋2、うどんのな也)で
今夜8時スタート。
テーマは「2 Voices featuring ウエノヒデキ」。
ハイテンション&ハイテナー王子ヒデキとのデュエットナイト。
当日チャージは2000円(1ドリンク付き)です。
どなた様もよろしくお願いいたします。

さあ、ぼちぼち動きます。


2006年10月26日(木曜日)

メイドイン地元本

カテゴリー: - MJ @ 10時38分43秒

「灘印良品」をご記憶の方も多いと思う。
3年前の春、水道筋に突如オープンし、ひと月後、風のように去って行ったセレクトショップ。
思い込んだら…というか、思いついたら猪突猛進、「ホンマにやりはったで、この人」と笑かし驚かせてくれるnaddist的オモロイベントだった。
大林製菓の手焼きおかき、平山食品のご存知プリンセスソース、サンナッツ食品の業務用ナッツ缶、神鋼鋼線のステンレスたわし、小泉製麻の麻製バッグやきんちゃく…といった灘の誇る名品珍品に加え、naddist謹製の缶バッジやステッカー、テディベアなどなど灘人垂涎のアイテムが並び、連日飛ぶように売れたらしい。ぶらりと立ち寄って石垣島産ラー油を買ったのも懐かしい思い出。僕が尼崎に遠征して編集に携わっているフリーペーパー「南部再生」で紹介させていただいたりもした。

その南部再生のスタッフでこのたび、ちょっと似たコンセプトのムック本を作った。題して『メイドイン尼崎本(ブック)』。謳い文句は「買える、食える、笑える。プロも唸るアマの傑作商品カタログ99」。当初尼崎市内から販売が始まったが、大阪や神戸、さらに、あろうことか東京・渋谷の書店にも少しだけ並んだというから、
「アマからメジャーデビュー、ちゅうてな」
などとほざいていたオヤジギャグも、まんざら駄ボラ話ではなかったことになる。「灘―尼」ラインを行き来する身としては非常に感慨深く、「次はナダ本やな」と調子に乗ってみたりするきょうこの頃だ。

この本、そもそものきっかけは「アマ版灘印良品」ともいうべき、「メイドイン尼崎」と銘打った街のコンペである。
アマで作っているモノ、アマに行かな食べられへん味、いかにも「アマやなあ」な人やコト。そういうものを自薦他薦問わず公募し、厳正かつ遊びゴコロ溢れる審査を経て、毎年グランプリを選ぶ。過去3回のエントリー99点を一挙掲載した本を出したら面白かろうと、まあ、こういう話だった。

尼崎といえば、
阪神工業地帯の中核を担ったモノづくりの都であり(その結果、公害という負の遺産もあったわけだが)
全国から「金の卵」が集結した労働者の街であり(それに伴い商店街やディープな歓楽街も栄えたわけで)
古くは尼崎城が海辺に威容を誇った城下町であり(漁港や農村もあったのである)
人間国宝が居を構える閑静な住宅地もあり(武庫之荘住民は決してアマとは言わないが)
にもかかわらず、「ガラ悪い」とか「空気悪い」とかのイメージのみが先行する(あと、お笑いの街とかね)
まあ、良くも悪くもキャラの立った街である。

そういう街が誇る逸品珍品を集めた結果、
「工都の権化」の異名を取る湯たんぽと、漁師町の記憶が息づく天ぷら
家電製品のいぶし銀的パーツ「薄板バネ」と、甘くとろける湯葉豆腐
…などが見開きで並ぶアナーキーなゴッタ煮誌面ができた。
ほかにも、地酒ならぬ地ソースとか、アマダム(尼崎マダム)御用達スイーツとか
甲子園のバックネットとか、NYの地下鉄看板とか、鉄工所の社長が作った水虫薬とか、開発秘話も作り手の言葉もいちいち濃い品々のオンパレード。
単なるカタログやガイド本ではなく、愛と笑いを詰め込んだ「読める本」を目指した。
B5版オールカラー、72ページでたったの480円。
街好き、アマ好き、本好きのあなた、ぜひ一度手に取ってみてください。

「灘ノオト」なのに尼崎の話に脱線した挙句、音話が一切出てけえへんとはどういうこっちゃ。
そんな声が聞こえてきそうだ。
えーと。
あましんの元広報マンが歌う「タイガース音頭」も載ってます。

●今日の灘(アマ)ノオト:尼崎の夜空を見上げて / 槇原敬之

  尼崎にいとこがいて昔よく遊びに行ったという彼。ツアーでこの曲をやる時は
  アマの街やおっちゃん、おばちゃんたちの映像が流れたそうだ。なんかいいな。


2006年10月19日(木曜日)

歌い手の愉楽

カテゴリー: - MJ @ 11時48分33秒

Singer’s Delight」というのは僕がちまちまとやっている歌盤レビュー中心のホームページだが、水道筋で定期的にやっているライヴ企画のタイトルでもある。場所は2丁目、うどんの「な也」。月に2回シャッターを下ろしてから「Closing Time Club NA-YA」」というライヴハウスになるお店である。昼のうどんメニューの充実ぶりは名高いが、夜のライヴメニューも負けじと濃い。ライヴ営業を始めてまだ1年半ながら、京阪神のミュージシャンの間に「神戸にな也あり」と、その名を轟かせつつある。

僕自身はこれまでに6回やらせてもらった。内容は
第1回 Sings Ray Charles(05・5・25)
第2回 Donny Hathaway a-Live(05・8・30)
第3回 Otis Redding & Sam Cooke Memorial Review(05・12・8)
第4回 Motown Treasures(06・3・30)
第5回 年間総集編(06・4・27)
第6回 Mambo+MJ United! (06・6・15)

第4回までは、僕が10代のころソウルミュージックの美しく熱き泥沼にハマっていく過程で出会った巨人たちへの敬愛と憧憬を込めたトリビュート企画。その総集編を挟み第6回からは、過去一緒に演奏し大きな影響を受けたミュージシャンを招き、その人を介して自らのルーツを辿る企画にした。オルガン/ピアノプレーヤーのマンボ松本(大西ユカリと新世界)を迎えた前回に続き、第7弾を今月27日(金)にやる。ウエノヒデキというハイテナーシンガーをフィーチュアした男同士のデュエットナイト。「2 Voices」と銘打った。

ヒデキと出会ったのは10年前。当時僕は、ゴスペルを中心とするコーラスグループLove&Happinessを動かし始めたばかりで、その最年少メンバーとしてやつが加入した。男は僕とヒデキ、女は今や関西発の音を背負って立つ大西ユカリ、それに僕の学生時代からの歌仲間の同級生。この4人のチームを僕は最高に気に入っていた。バランスというか、声質を含めたキャラ分けが絶妙で、歌で人と絡む楽しさを心底味わった。ゆっくりでいい、5年、10年と着実に続けていきたいと願った。だが、そうはいかなかった。それぞれに忙しかったこともある。実質活動期間は3年あまりだったと思う。

Love&Happinessが消滅して、しばらく歌から遠ざかった。ときどきヒデキとセットでだれかのステージに遊びに行ったりしたが、「俺はこれでいく」というのを探しあぐねた。そのうち音楽を聴くことにも疲れるようになった。風化の兆しである。本職のミュージシャンじゃないから、いったん辞めれば早い。
いずれどっかの居酒屋でロック好きの若者相手に
「ジミヘンかあ。JBは?カーティスは?いや俺も昔は好きなクチで」
とかなんとか、場違いなクダを巻いたりするんやろか…。
あかん、それはヤバい!と焦って始めたのが冒頭のHPである。自らを音楽に縛り付けようとしたワケだ。幸いにして、そこからな也の企画が生まれた。どうにか踏みとどまったのである。

しかし、Love&Happinessというグループについては「まだまだこれからだった」「もっと思い切りやりたかった」という悔恨をずっと拭えずにいる。だからヒデキとの今回のライヴは積年の思いを清算する、いわば過去にオトシマエを付ける意味で……いや、そんな無用に力んでもしゃあないか。だいいちお客さんにはまったく関係ないこと。まあ、それぐらいの意気込みで、ということです。

「MJ presents Singer’s Delight vol.7」は10月27日19:00開場、20:00開演です。前売り・予約1500円、当日は2000円。おいしいお酒も肴もあります。歌モノ好きの方、ソウルやR&B好きの方、水道筋好きの方、うどん好きの方。どなた様もどうぞお越しください。

●今日の灘ノオト:Why We Sing / Kirk Franklin&the Family

  ゴスペルに新たな途を拓いたコンテンポラリー・クワイア。この曲をかつての
  グループでやっていた。そう、楽しいから歌うのです。自由だから歌うのです。


2006年10月15日(日曜日)

真夜中のギター

カテゴリー: - MJ @ 03時02分51秒

 ♪街のどこかに さみしがりやが一人
  今にも泣きそうに ギターを弾いている♪

畑原市場を3軒ほど飲み歩いて、ほろほろと自宅へ。午後10時半。天城通に差し掛かると、ポロンポロンとギターの音が…。界隈で一軒だけ灯のともる吉田酒店。開け放ったドアから夜風を誘い込みながら、戸口の縁台でご主人がクラシックギターを手にしている。
「まいど、です」
「あ、どーもどーも。いまお帰りですか」
「いや、ちょっとその辺で呑んでて。ええ音聞こえたもんで」
「はは、お恥ずかしい。発表会近いんで練習せなあかん思って」

吉田さんは3年ほど前から近所でクラシックギターを習っていて、その発表会が月末にあるのだそうだ。
「へえー。クラシックギターって、僕らがじゃかじゃかブルース弾くのとはワケが違うんでしょ」
とかなんとか言いながら、するりと縁台に腰掛ける。もう閉店間際だろうに嫌な顔ひとつせず、お猪口に試飲用の大黒正宗を注いでくれる吉田さん。すいません、じゃ一杯…いや、それが目当てだったわけでは断じてない。物寂しげな秋の夜、ナイロン弦の紡ぐ柔らかな音色に誘われたのである。

 ♪愛をなくして 何かを求めて
  さまよう 似たもの同士なのね♪

吉田さんも僕も、別に愛をなくしたわけでも、さまよっているわけでもない、とりあえずは。しかし、時たま息抜きにギターを弾いて遊ぶという点では似たもの同士である。吉田さんの爪弾く曲を肴に、しばし緩い時間を過ごす。
「何の曲ですか」
「これね、『アストリアス』いうんです。スペインの」
「ふーん哀愁ですなあ。指もまたよう動いて」
「もう1年ぐらい練習してますねん」

同じ曲を演奏するのでも、レベルの向上につれて細かいフレーズとか強弱の表現とか、要求される難易度が上がってくるらしい。だから1曲を1年近く抱え込むこともある。適当にコードを探して歌を載せればそれでゴキゲンという僕とはワケが違うのだ。
「ちょっと僕もやってみていいですか」
「あ、どーぞどーぞ」
「一気にズァン!とコード弾きするとこなんかは気持ちよくできそう」
「その鳴らし方がまたいろいろあるんですわ」

マネをしてちょろちょろ弾いてみるが、油断するとすぐに手クセが出て、知った曲やフレーズに持ち込もうとする自分がいる。思考と忍耐力がマヒしているのだろう。酒は人間の本性と能力の限界をあぶり出す。クラシカルな哀愁漂うスパニッシュな名曲は、数分後、シャッフルのブルースに変わっていた。それも、常套フレーズ満載の暑苦しいやつに。

  ♪ここへおいでよ 夜は冷たく長い
  黙って夜明けまで ギターを弾こうよ♪

ギターを抱いて一人悦に入る夜更けの闖入者に、それでもお店は温かかった。
レジの前に座っていた奥さん、
「そういう曲の方が聴けるわ。パパの弾くような静かなやつは眠くなって(笑)」
この懐の深さ。酔客を優しく包み込む太陽政策のごとしである。その言葉にすっかり満足して、僕はギターを置いたのだ。

吉田さんの発表会は28日に王子公園西の「Café de 佛蘭西」であるそうだ。

●今日の灘ノオト:Blue and Sentimental / Ella Fitzgerald & Joe Pass

  歌ジャズのファーストレディとギターのヴァーチュオーゾ(巨匠)、
  余裕の共演。まったりとブルージーなデュオで秋の夜長を。


2006年10月13日(金曜日)

the twins本日!

カテゴリー: - MJ @ 11時34分43秒

今晩のな也、いや「Closing Time Club NA-YA」はthe twins。

京都発、小竹直と小竹親による文字通り双子のアコースティック・デュオ。
関西を中心に熱狂的支持者多数。
ブルースとかR&Bとか中心のステージですが、
彼らにかかれば、ジャンルとかそういうことは全然関係なし。
─あ、そうか。「歌う」ってこういうことなのね。
魂撃ち抜かれます。呑まなくても酔います。鬼の目にも涙です。

きょうはちょっと無理という方、11・11(土)の「水道筋ミュージック・ストリート」でthe twins with MJ、ひとコマありますので、どうぞよろしく。


2006年10月10日(火曜日)

灘ライフ

カテゴリー: - MJ @ 01時12分13秒

指折り数えてみたら、灘歴通算11年だった。神戸在住は15年目。
なんやまだそんなもんか、大したことないな…と思うが、
それでも人生でいちばん長く住んでいる街ということになる。灘が。

大学を出て就職した会社の寮が鶴甲にあったので、とりあえず入居した。
家賃はたしか7000円か8000円か、そのぐらい。福利厚生とはいえ、とても平成日本とは思えぬ値段設定はしかし、部屋のありさまを雄弁に語っていた。
日に焼けて擦り切れた畳の4畳半。朽ちてカビ臭い流し台。隣室からはテレビの音はもちろん、押し殺した電話の声すら漏れてくる。夜はやたらと冷える。まるで、車谷長吉「赤目四十八瀧心中未遂」に出てくる、食い詰め者の吹き溜まりアパート(あんな得体の知れない人たちは出入りしないけど)。部屋にいると気が滅入った。
神大の学食にはたまに行ったが、近所にぶらっとメシを食いに行く定食屋もうどん屋もない。
会社は三宮だったが、ちょっと飲んだりして阪急六甲着が10時半を過ぎるとバスもない。
「えらいヘンピな所に住んでしもた」と後悔した。
寮には1年ほど籍を置いたが、そんなわけであまり寄り付かなかった。
不幸な灘ライフ1年目であった。

寮を引き払い、3年ほど中央区に住んだ。といっても阪急春日野道の、大日通商店街と背中合わせの古びたマンション。距離も雰囲気もきわめて灘に近い。別の街に移った気はしなかった。
……いや、違うな。
どこであれ、そもそも「街に暮らしている」意識がなかったのだ。
街とは、たまたま寝床があるだけの場所。自分の目的や関心が向かう先、たとえばレコード屋や本屋、酒場やライヴハウスや仕事先…などは、それぞれが「点」としてバラバラに頭の中に存在していた。
要は、街好きじゃなかったのである。

それが6年ほど前か、たまたま水道筋の界隈に暮らし始めてからちょっと違う感覚が芽生え始めた。
日々の「点」が、ここではつながった。「線」になり、やがて「面」になった。人も然り、店も然り、通りや風景も然り。街に暮らすってこういうことかも。おぼろげに考えたりした。
なんだろうか、これは。
意外といい酒場があったからか。市場が楽しかったからか。歳を取ったからか。一緒に歩く相方がいたからか。
そんな諸々を含め、街の空気が「肌になじんだ」としか言いようがない。地に足を着く心地よさ、というか。

そのうちに、界隈の店でライヴをやるようになった。
10代のころから人前でときどき歌っていた。30歳を挟んだ数年間、なんだかんだあってやめていたのだが、
背中を押してくれる人が何人かいた。
音楽をまたやろうという気になれたのは、街という足場があったからかもしれない、と思う。

というわけで─
10月27日に、水道筋の「な也」で続けているシリーズライヴ「MJ presents Singer’s Delight」の第7弾を、
11月11日には、その「な也」など4軒の店を使って「水道筋ミュージックストリート」というイベントをやります。それぞれの詳細は後日あらためて。

神戸に住むきっかけになった会社は半年ほど前に辞めたけれど、灘を離れようとは思わない。

●今日の灘ノオト:When You’re Smiling / Ann Sally

  サッチモ他の歌で有名なニューオーリンズ・クラシック。ほわっとユルい
  けれど、コンパクトに引き締まったアン・サリー版が「灘語り」な気分。


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